第七章 最終決戦〈3〉
「バ……カな……クワイエンのアンチマジックが……効かぬだと……」
「当然でしょう。これだけの膨大な魔力量なら、魔装のアンチマジックなど中和してしまいます。アドリアーナにアンチマジックが効かないのと同じように」
なんだこれ……ペイルの天威で、俺の中から何かが吸われている……
「ペイル、アンタ気付いていたのね……」
「気付いていた? いいえ、すべて当初からの予定通りです」
「……チッ、まいったわね。アタシとした事がマヌケだったわ。アンタ達の狙いが、まさか初めからダーリンだったなんて……」
「ええ、そうです。我の狙いは初めから唯一つ。来栖杏の中に流れる汝の膨大な魔力のみ。ただそれだけが狙いでした」
なんだ……何言ってるんだ……
「来栖杏の心臓は本来、十歳が限界でした。しかし、彼の運が良かったのは、アドリアーナ、汝の前で倒れた事、そして汝に気に入られた事でした。汝は来栖杏を生かす為、己の魔力すべてを来栖杏の中に流し込み、心臓を動かして魂を呼び戻した。今、彼の心臓を動かしているのは、汝の魔力によるもの。その影響により、来栖杏は汝と魔力で繋がる事となり、汝がそばに居る時だけ勇者とやらの力も使える。そうでしょう?」
「どうやら、なめていたのは、アタシの方だったみたいね……」
「ええ、その通りです。我らとて疲弊した魂のまま汝を捕らえられるとは思っていませんでした。しかし、この大軍団がこちらに出てしまっては、魂の回復を待たずに動かざるえない。だから汝らの動向はあらかじめ天威によって、すべて調べさせてもらいました」
そうか……気づくべきだった。俺はペイルに名乗っていなかったのに、ペイルは俺やリイネ、西城や小倉の名前まで知っていた……
「もちろん、初めから汝を正攻法で拘束できるとも思っていませんでした。先程はガラにもない事をしていましたが、どうせ蘇生の算段などついているのだろうとも思っていましたよ。ミース=キュアが近くに居るのならば尚更です。我らが汝といったい何百年戦ってきたとお思いですか? 汝の狡猾さ、生き汚なさなどは百も承知しているのですよ」
「ハンッ! 大きなお世話よ!」
「ただし、来栖杏の中に流れる汝の魔力を吸い上げるだけでは、汝を捕らえる事は難しい。だから、汝の攻勢を耐え忍び、ただこのチャンスのみを待っていたのです。汝が大きな魔法を使って魔力を低下させ、かつ勝利を確信して油断するこの瞬間をね」
「さすがは天の御使いさまだわ。バカバカしいくらい我慢強いことね」
「まだ憎まれ口を叩く気力がありますか。しかし、この状況はどうするつもりです? 魔力吸引の天威によって来栖杏と繋がっている今、魔力は我の方が上なのですよ。いつものように拘束を解く事も出来ないでしょう?」
と、ペイルはリイネにゆっくりと近付いてゆく。
「確かに電脳空間があのような空間であったのは誤算でしたが、しかし、嬉しい誤算もあるのですよ。まさかこんな所に、真の災いの子がいようとは。アドリアーナを捕らえるだけでなく、真の災いの子まで捕らえる事が出来るとは、まさに僥倖!」
だ……ダメだ……もう、心臓が……
「アンちゃん! アンちゃん! イヤ! イヤなのぉぉぉッ!」
「逃げろ…………リイネ………………」
「さて、そろそろ吸い上げが終わる頃です。災いの子を捕らえた後は、一人ずつ浄化してさしあげましょう。今の我なら、アドリアーナも浄化できるでしょうしね」
もう……ダメ……………………
――『我が友よッ…!』
そうだ、まだだッ!
「盟約に従い来たれ、我が盟友よッ!」
目の前には巨大なドラゴン、盟約の竜が俺を守るように現れる。
『天族ども! ボクの大事な友を殺させやしない!』
盟約の竜がペイルに向かって竜の咆吼を浴びせる。咆吼は、周りの建物を吹き飛ばしペイルに直撃。だが――
「だから言ったでしょう? 汝らの事はすべて調べたと」
ペイルは、その凄まじい威力を放つ咆吼を片手を上げて受け止めると、いとも簡単にはね除け、逆に天威の衝撃波を盟約の竜に放った。
悲鳴を上げ、崩れ落ちる盟約の竜。
「来栖杏、汝に竜種が付いている事など承知しているのですよ」
――だが!
「なっ! 来栖杏から天威が外れている!」
ペイルが天威を向けていた相手は――
「バカな!
「来たれ光よ! 我が手にッ! 聖剣シャイニングブリンガー!」
俺は、ペイルの懐に飛び込んで横薙ぎの一閃を放つ。
咄嗟に飛び退くペイル。
しかし、手応えはあった。
「おのれ……」
見れば、ペイルは俺達と距離を取り、片膝を付いていた。
俺は、大きな体を横たえている盟約の竜に近付いた。
「ごめんよ、君をオトリになんて使って。でも、おかけで
『気にしないで我が友よ。ボクは大丈夫。竜種は頑丈だからね』
「よかっ……た……」
くそっ……もう心臓が……
「アンちゃん! 薬なの! 発作を止める薬はどこにあるのなの!」
「ムダよ、リイネ……」
「アドリーちゃん……」
「ダーリンの心臓はね、もうすでに止まっている状態なの。薬なんて効きやしない。心臓を動かす魔力量が足らなくなって、こうなっているんだから。いずれ止まる……」
「じゃあ、じゃあ、どうすればいいのなの!」
「簡単よ。アタシがもう一度、ありったけの魔力をダーリンに流し込めばいいだけ」
「待てアドリー! そんな事をしたら其方の体が!」
「ダーリンが死ぬよりはマシよ!」
ダメだ……もう意識が………………
「ダーリン、今助けてあげる……」
……ふと目を開けると、俺はアドリーにキスをされていた。
ゆっくりと唇を離すアドリー。
「どう、具合は?」
「ウソみたいだ。もう何ともない……」
泣くことを押し殺すように、無言でリイネが俺の腰に抱きつく。
「よかった。ダーリン……」
そうアドリーも笑みを浮かべる。しかし、その顔色は、まるで衰弱した病人のよう……
「愚かですねアドリー。すべて吸い上げる事は叶いませんでしたが、これで我の魔力は圧倒的となったなわけですから」
そう言いながら立ち上がるペイル。すでに俺が斬った傷は治っている……
「天威など使わせん!」
シルヴィがいち早く動く。
「魔剣技――虚影雷鳴斬ッ!」
同時にミースも動く。
「魔蟲召喚――群蟲嵐舞・千紫万紅」
二人の攻撃は一瞬だった。虚影雷鳴斬によってペイルの体は切り刻まれ、召喚された群生蟲がペイルの切り刻まれた体を喰い尽くす。
――だが。
「ムダですよ、シルヴィアン=パン、ミース=キュア」
切り刻まれ、喰い尽くされたのが幻だったかのように、ペイルの体は元に戻っていた。
「チィ……! 吸い上げた魔力によって魂が回復してしまったか。厄介だな」
「いいや、それ以上、だ。わたしの群生蟲、を逆に喰ってる……」
再び口だけのバケモノへと変化したペイルは、襲いかかってきた群生蟲に対し口を広げ、すべて飲み込んだのだった。
そして、叫んだ。
「我が名は
「な、なんだこれッ…!」
透明なゼリー状の物体がペイル目がけて集まり始める。
「ふん、毎度の如く融合する気ね」
アドリーが吐き捨てるように呟く。
瞬く間にペイルの体は巨大化してゆく。その姿は、口だけのバケモノではなく、口ばかりがいくつもあるバケモノへと変わっていった。
体中には、張り付けたような無数の口。
その体から伸びるのは何本もの触手。
その触手にも、その先にも口が張り付き、言葉にならない雄叫びを発している。
背中の翼にすら口が張り付き、それはもう単なる醜悪なバケモノだった。
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