第四章 デビルズサーガ〈3〉

 黒雲より放たれた黒雷ティン・ドラムは、辺りの鉄骨が吹き飛ばし、地面を大きく抉る。

 が――


「ほう。余の轟雷魔法、よくぞ受けきった」


 マジックシールド。俺は、上下四方を光の壁で守られていた。ギリギリでコマンドを思い出せて助かったが、それでもこれはあくまで防御魔法だ。魔法無効化アンチマジックじゃない。したがってダメージも受ける。ゲームで言ったらHP半分は持っていかれたってところか……


「……でも、おかげで目が覚めたよ」


 この轟雷魔法。初めて目にした時は、その破壊力に泡を食ったが、同時に楽しくて仕方なかった。倒すのなんて不可能なんじゃないのかと、あのワクワクが蘇ってくる。

 だからコレを思い出せた!

 俺は、右手を前に出し、左の人差し指で下から上へとコマンドを切る。同時に現れる金色の魔法陣。


「来たれ光よ! 我が手にッ!」


 その言葉を唱えながら俺は、金色の魔法陣に手を入れ、抜き出す。同時に眩いまでの光の筋が伸びてゆき、それは剣の形を取った。


「聖剣シャイニングブリンガー!」


 デビルズサーガにおいて最強の剣、聖剣シャイニングブリンガー。

 デビルズサーガには100を超える武器防具があるが、その中に最強である【聖剣】は存在していない。なぜなら聖剣は初めから勇者の中に存在し、勇者としてのLV、スキルLV、魔法LVといった総合レベルによって強さが決まる。最終的には一番弱かった聖剣は最後には最強の武器となる。当然、俺は全てのLVがMAXだ。


「オマエが見たがっていた聖剣、出してやったぞ!」


 俺は、手の中に握られた光の剣を鎧兜に突き立てる。これならッ!


「まずはその鎧を打ち砕く!」


 俺は光の剣を構えつつ左の人差し指で下、下とコマンドを切る。


「剣技――アーマークラッシュ!」


 俺の体は自然と動き、鎧兜に凄まじい速さで突きを放つ。しかし――


「それがどうした?」

「な、なんで……」


 俺の聖剣は、奴の鎧に傷一つ付ける事が出来なかった。

 初歩の剣技ソードスキルとは言え、もちろんLVはMAXだ。装備だって最強の聖剣なのに……


「其方のその聖剣は、言わば光魔法を武器化させた物。確かに鍛錬が最高まで達している其方に取っては最強の武器であろうし、そのスキルも、ゲーム本編のボスであれば難なく鎧を貫き破壊できたであろう――だが、忘れるなよ、余は裏ボスの一人なのだぞ。余の鎧、魔装クワイエンには魔法無効化アンチマジックが施してある。これ程の物でもアドリーには効かぬが、其方の聖剣を受け止める程度であればわけはない」

「でも、俺は確かにこの聖剣でオマエを……」

「其方は重要な事を忘れているいるようだ。それが思い出せぬ時点で其方の負けだ」


 黒い鎧兜は魔剣ゴウスツを高々と振りかざす。そこにアドリーが声を上げた。


「ダーリン思い出して! あともう一つ重要な物を! 聖剣まで思い出せたならもう思い出せるでしょ!」

「そ、そんなこと言っても……」

「アドリー、其方にはすまぬがこの勝負、ここで終わりだ――」


 鎧兜の声が冷たく響く。


「――あと一歩であった事、あの世で悔いるがいい」


 もう……もうダメか……


『我が友よ、ボクを呼んで!』


 突然だった。頭の中に、そんな声が響いた。友……友………………


「――盟約に従い来たれッ! 我が盟友よッ!」


 咄嗟だった。なんでそんな言葉を叫んだのか自分でも分からない。でも、友という言葉に頭の奥から記憶を引っ張り出されたような、そんな感覚がその言葉を叫ばせた。

 そしてそれは、突然のように目の前に現れたのだった。


「ドラゴン……」


 俺の目の前には、巨大な一頭のドラゴンが俺を守るように現れたのだった。


「バカな……竜種だと…!」


 振り下ろした魔剣を、現れたドラゴンの鋭い爪で受け止められ驚愕する鎧兜。

 だが、ドラゴンはそんな事など気にする様子も無く俺に振り返り、にこやかな声を俺の頭に響かせたのだった。


『やあ、我が友よ。やっとボクを呼んでくれたね。待ちわびたよ』


 その巨大な姿からは予想もしなかったくらいに可愛らしい声……


『ん? まだボクの事をよく思い出せないって顔だね。それじゃ、この姿ならどうかな?』


 巨大なドラゴンは見る見る縮んでゆく。

 と、ドラゴンは緑色のワンピースを着た俺と同い年くらいの少女に変化した。

 だが、そこにアドリーが取り乱すように声を上げたのだった。


「ダーリン、ダメェェェッ! その女に近づいちゃ! アタシがダーリンに思い出してほしかったのは光牙の鎧! あれは光を硬質化させる力を持ってるから、それでダーリンの聖剣は魔法無効化アンチマジックにも通用する剣へと変えられるの! そいつじゃないのよォォォ!」

「まったく、相変わらずやかましいね、アドリーは。光牙の鎧なんかよりボクが出てきた方が手っ取り早いだろうに」

「うるさいッ! このトカゲ女ッ!」


 二人のそんなやり取りの中、俺はやっと一つの防具の名前を思い出した。


「ドラゴニックメイル……」

「アハッ、ようやく思い出してくれたようだね」


 表向きの最強の鎧は光牙の鎧。あれを装備する事で聖剣は完成する。だが、デビルズサーガには裏アイテムとして存在している鎧があった。それがドラゴニックメイル。竜の塔という超難関ダンジョンをクリアする事で手に入る裏アイテムで、アイテム欄のアイコンは鎧ではなく竜だったはずだ。

 ……そう、アイテムボックスの中で動いていたアレだ。


「さてと、ボクの事も思い出してくれたようだし、早速始めようか、我が友よ」


 盟約の竜である緑色のワンピースを着た少女は、俺に向かって両手を広げる……

 そうだそうだ、思い出した! 子供の頃、俺は親の前でデビルズサーガをプレイする時、ドラゴニックメイルだけは絶対に使わなかったんだ。なぜなら――


「さあおいで、我が友よ。ボクと合体しよう」


 コレ……


「ダーリンと合体したいのはアタシの方よッ!」


 まあ、あっちは放っておくか……


「じゃ、じゃあ……」


 それでも仕方なく俺は、おずおずと彼女の方へと向かい、目の前に立つ。

 と、彼女は俺に身を寄せて、何やら楽しそうにクスクスと笑うのだった。


「君たち人間は面白いね。ボクたち竜種は自ら子孫を残せるからオスメスの区別が無い。それなのに人間は勝手にボクを意識してしまうんだから」

「仕方ないだろ……そんな、女の子の姿になられたら……」

「この姿の方が軽くて動きやすいというだけだよ。でも、そう言っても君はやっぱりボクを意識してしまうんだね。顔が真っ赤だ」


 少女は、そっと俺の頬を撫でる。ドラゴンのだったとは思えない、白くて、小さくて、柔らかい少女の手の平。


「本当に面白い。いや、違うな、この感情は。これは……う~ん……あっ、こう伝えればいいんだね。我が友はカワイイね」


 少女はニコリと笑い、その細い腕を俺の首に巻き付けてきた。それからスカートをはだけさせ、露わになったフトモモを俺の脚に絡ませると、自分の頬を俺の頬に当ててくる。お互いの体はピッタリと重なり、彼女の柔らかい胸の膨らみも俺の胸元にピッタリ張り付いてきて……

 見ているだけでも恥ずかしかったのに、まさか体験する事になろうとは――

 ――ホ、ホントに恥ずかしい……

 背後のアドリーが「ムキーッ!」と、一昔前のマンガのキャラみたいな叫びを上げているが、緑色のワンピースを着た少女は気にする様子も無く、俺の耳元に囁いた。


「さあ、ボクを受け入れて……」


 このドラゴニックメイルの装着方法、どうにかならなかったのか!


「……盟約の竜、我が鎧となりて共に戦わんッ!」

「承知した」


 まるで、自分の体に絡みつく少女の体が自分の中に吸い込まれてゆくような感覚だった。

 と、次の瞬間には、俺の体にはドラゴニックメイルが装着されていた。

 フルフェイスタイプの全身鎧プレートアーマー。だが、ゴツゴツとした無骨さは無く、スマートなデザインの鎧だ。そして、何よりもピッタリと肌に吸い付くようなこの感覚が、まったく重さを感じさせなかった。

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