第118話 ラブラブパンケーキセット

「いらっしゃいませ~」


 店に入るとウェイトレスさんが迎えてくれた。

 ウェイトレスさんはチェックの短いスカートで、なかなか男心を擽る格好をしている。


「お二人ですか?」

「はい。カップルで~す」


 ルルは恋人をアピールするためなのか、腕を組んできた。

 これでもう逃げることは出来ないな。

 仕方ない。ルルの設定というやつに付き合ってやるか。


「ふふ⋯⋯仲が良いですね。ではこちらにご案内致します」


 ウェイトレスさんは微笑みながら、窓側の席に案内してくれた。


「こちらがメニューになります。ご注文が決まりましたらお呼び下さい」

「あっ! 注文は決まっています。このラブラブパンケーキセットでお願いします」

「ラブラブパンケーキセットですね? 承知しました」


 最初にアピールしたせいか特にカップルかどうか問われることがなかった。

 後は食べて帰るだけだ。

 それにしてもラブラブパンケーキセットか⋯⋯俺だったら恥ずかしくて頼めないな。

 躊躇なく注文したルルを尊敬してしまう。

 いや、よく見るとルルの頬は少し紅潮していた。実は本人も少し恥ずかしいようだ。でもラブラブパンケーキセットを食べるために、演技をしているといった所か、


「楽しみですね」

「俺はルルが食べれなかったら食べるよ」

「そうですか。でもセットだからアイスティーが二人分ついてくるんですよ。それはユートさんも飲んで下さいね」

「わかった」

「絶対ですよ」

「ああ」


 アイスティーを飲むくらい問題ない。それなのに何故ルルは言質を取るような真似をするのか、この時の俺は深く考えていなかった。

 だがウェイトレスさんがラブラブパンケーキセットを持ってきた時に、その理由がわかった。


「お待たせしました。こちらがラブラブパンケーキセットになります」


 ウェイトレスさんは注文した物をテーブルに置いていく。


「デカ!」


 皿に乗ったパンケーキは通常の大きさの五倍はあり、これはリズが食べる物なんじゃないかと疑ってしまう程だ。

 だがこれ以上に驚いたの飲み物だ。

 グラスは一つしかなく、そこにストローが二本刺さっていた。


「うわあ! これ二人で吸うとハートが出来るやつですよ」

「はい。こちらの飲み物は必ず二人一緒に飲んで下さい。それがカップルの証明になりますので」

「わかりました」


 わかりましたじゃないよ! これめっちゃ恥ずかしいやつじゃん!

 知り合いに見られたら、一生ネタで言われるよ。

 だが幸いなことに、ローレリアには知り合いはほとんどいない。

 がんばれば飲めなくはないが⋯⋯


「これ、本当に飲むの?」


 俺はウェイトレスさんが去った後、小声でルルに問いかける。


「もちろんですよ。私に喉が渇いて死ねっていうんですか? 砂漠の中で水を飲むなって言っているようなものですよ」

「いや、パンケーキ食べた後にアイスティー飲まなかったくらいで死なないだろ」

「それよりパンケーキですよパンケーキ♪」

 

 もう俺の話より、パンケーキに目を奪われている。まあこれが食べたかったからこの店に入ったんだ。仕方ないか。


 ルルはさっそくナイフとフォークを取り、パンケーキを口に運んでいく。


「う~ん美味しいです。ほら、ユートさんも食べて下さい」


 目の前にパンケーキが刺さったフォークが出される。

 俺はそれを反射的に食べてしまった。


「どうですか? 美味しいですよね?」

「た、確かに旨いな。ルルが食べたがっていたのも頷ける」


 パンケーキは想像より美味しかった。だけどそれより他のことに気づいてしまった。

 思わず食べてしまったけど、これって間接キスだよな。

 そう認識すると途端に恥ずかしくなってきた。

 でもルルは別に気にしていないようだ。それなのに俺だけが気にしているのも何だかカッコ悪いな。

 ここは平常心で行こう。


「どうしました? 私との間接キスに感激しちゃいましたか?」


 不意に目が合うと、ルルは小悪魔のような笑みを浮かべてきた。


「べ、別にこれくらい大したことないね。ルルこそ顔が赤くなってないか?」

「ふ~ん⋯⋯ユートさんはこれくらいじゃ動じないと」

「当たり前だろ」

「でしたら私は喉が渇きました。アイスティーを一緒に飲みましょ」

「えっ?」


 やっぱり飲むの!

 だけど年上としての威厳を保つために、強気の発言をしてしまったので、今さら嫌だとは言えない。


「わ、わかった」

「ほら、ユートさんももっと顔を近づけて」


 ルルに促され、ストローに口を近づける。するとルルの顔が間近にあり、恥ずかしくなってきた。

 ん? でもよく見るとルルの顔も凄く赤くなってないか?

 どうやら恥ずかしいのは俺だけじゃないようだ。


「そ、それじゃあ飲みますよ」

「あ、ああ⋯⋯」


 周りは俺達のことを見ていないよな?

 こうなったら早く飲んで終わらせてしまおう。

 俺はストローに口をつけて、アイスティーを飲む。

 すると恥ずかしくて暑くなった身体を冷やしてくれる。

 そしてある程度飲んだ所で、ストローから口を離した。


 これを後何回かやらなきゃいけないのか。恥ずかしすぎる。

 俺はルルがどうなっているのか視線を送る。

 するとルルは恥ずかしいのかうつむき、俺と目を合わせてくれない。


 そんなに恥ずかしいなら、この店に来なきゃいいのに。

 けど残すのはもったいないから、とりあえず目の前のパンケーキとアイスティーは何とかしないとな。

 俺はルルに食べるよう促そうとしたが、口にすることが出来なかった。何故なら突如俺達のテーブルの席に座る者がいたからだ。

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