第72話 猫が二匹?

 巨大な猫と言っても実際は猫ではない。人間⋯⋯というかエルフだ。

 エルフの女の子はマシロの気を引きたいのか、両手を頭の上に乗せて猫耳を作りながら話しかけていた。


「ミャミャ⋯⋯こっちに来るミャ」


 えっ? 何この可愛い生き物は。猫になりきって猫語で話すなんて反則でしょ。しかも猫になっているのがフィーナだから尚更だ。

 クールに見えたフィーナが猫語を喋るなんて、ギャップがありすぎるぞ。

 もしかして外に出ていったのは、マシロを追いかけるためだったのか?

 とりあえずこの可愛い生き物をもう少し見ていたいので、話しかけるのはやめておこう。


「抱っこさせてほしいニャ」


 フィーナは必死に懇願するが、人間? 嫌いなマシロはそっぽを向いている。

 リズでさえまだ懐いていないんだ。出会ったばかりのフィーナではマシロの心を開くのは難しいだろう。


「ミャンミャンミャー♪」


 猫語で歌を歌い出したぞ。これって本当にあのフィーナなのか? 何だかフィーナの姿をした別の生き物に見えてきた。


「もしかして食事が足りなくて機嫌が悪いニャ? 家に帰れば魚があるから食べるニャ?」

「ミャ~」


 魚があると言った途端、マシロが媚びを売るような声を出し、フィーナにすり寄り始めた。

 そしてさっきのツンぶりが嘘のように、フィーナに抱っこされていた。


 魚に釣られるなんて⋯⋯チョロすぎるぞ。

 何だか今の光景を見て、知らない人でも魚をくれればついていってしまいそうに見えた。

 まるで子供だな。

 だけどこんなこと言ったらマシロは怒り狂って、俺の顔面を引っ掻いてくるだろう。

 この時の俺は、マシロのチョロい姿とフィーナの可愛い姿に目を奪われいて、完全に油断していた。

 フィーナがマシロを抱きかかえたということは、魚をあげるために家に戻るということだ。ということは⋯⋯


 フィーナがマシロを抱っこしながら踵を返す。

 すると二人を覗いていた俺と目が合ってしまった。


「あっ!」

「えっ?」


 俺達の間で時が止まる。一秒、二秒と見つめ合い、十秒程時間が経つと、フィーナは色白い顔が真っ赤になり始めた。


「え~と⋯⋯それじゃあ俺は家に戻ろうかな」


 俺は方向転換し、来た道を引き返そうとする。しかし突然肩を掴まれ、その行動は阻止されてしまった。


「いいい、いつからそこに! も、もしかして見た!?」


 フィーナが顔を真っ赤にして訪ねてきた。

 どうするべきか。

 ここは見ていないと言った方がフィーナは安心するかもしれない。でもフィーナは何となく嘘をつく奴が嫌いなように感じた。

 これからエルフと友好を深めるためにも、嘘はいけないよな。

 ここは正直に話すとしよう。


「見たと言えば見たけど⋯⋯」

「そ、そう⋯⋯ちなみにどこから見てたの?」

「両手で猫耳を作って、ミャミャ⋯⋯こっちに来るミャって所から」

「ほとんど最初からじゃない!」


 フィーナは恥ずかしいのか両手で顔を隠して座り込んでしまった。


「でも可愛かったし、全然大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないわよ!」


 可愛かったり、怒ったりと忙しそうだな。クールなフィーナはどこかに行ってしまったようだ。


「とりあえず俺は家に戻るよ」


 俺はフィーナが恥ずかしがっている内に、この場から離れようとする。

 しかし回り込まれてしまった。


「このまま行かせる訳ないでしょ」


 フィーナがジリジリとこちらに詰め寄って来る。

 まさか口封じをするつもりか。

 今のフィーナからは殺気が漏れているし、何をしてもおかしくない。


「あなたさえ何とかすれば、私の秘密は保たれるの。こうなったら壁ドンで記憶を抹消するしか」

「壁ドンはそんな恐ろしい技じゃないぞ」


 もっとこうロマンチックな技じゃないのか? それに⋯⋯


「見ていたのは俺だけじゃないから」

「えっ? どういうこと!」


 俺は思わず口を滑らしてしまった。そしてその言葉が真実であるかのようにマシロが喋ってしまう。


「早く魚を下さい。約束を違えるつもりですか?」

「えっ? えっ? 猫さんが喋った! 嘘でしょ!」


 俺は頭をかかえる。

 口を滑らした俺も悪いけど、なんでここで喋っちゃうのかなあ。食い意地が張りすぎだろ。

 もうこれは誤魔化すことは出来ないな。


「実は――」


 俺は観念して、マシロとノアの秘密をフィーナに伝えるのであった。

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