第70話 神剣

 それにしてもまさか漆黒の牙シュヴァルツファングの討伐で、エルフの国に行くとは思わなかったな。

 エルフと言えばファンタジー世界の憧れだ。平静を装っていたが、フィーナは思い描いていたエルフそのものだったので正直驚いた。

 それと個人的にフィーナが気になるワードを言っていたな。せっかくだから聞いてみるか。


「神樹ってどういうものか教えてもらってもいい? 初めて聞いた言葉だったからちょっと気になって」

「本来なら他国の人に教えることはしないけど、命の恩人であるユートには特別に教えてあげるわ」

「ありがとう」


 フィーナは心を少し許してくれたのかな? ちょっと嬉しいぞ。


「さっきも言ったけど、神樹は神の木と呼ばれていて風と土の属性を持っているのよ。そして何故私があなた達をここに連れて来たかと言うと、それは神樹があるからなの」

「もしかして漆黒の牙シュヴァルツファングは神樹には近寄れないとか?」

「よくわかったわね。神樹は魔素を浄化する作用があるの。だからエルフの国は漆黒の牙シュヴァルツファングに襲われたり、魔素で国が覆われたりすることはないのよ」

「すごい木だね。神樹って」

「そうね。エルフは神樹のことを崇拝しているから。だから余計に水魔法しか使えない私は除け者にされているの」


 それは厄介だな。

 何かに盲信している人の考えを変えることは相当難しい。ちょっとやそとのことで、フィーナのイメージは回復しなさそうだ。


「そして神樹には一振の神剣が刺さっていて、神に選ばれし者にしか抜けないと言われているのよ。今までどんな力自慢でも抜くことが出来ず、少なくとも五千年前から変わらずあるみたい」

「それはすごいね」


 まるでアーサー王伝説にある聖剣カリバーンみたいだな。俺は昔読んだ本のことを思い出していると視線を感じた。

 ん? リズとマシロ、ノアがこちらをジッと見ている気がする。いったい何なんだ?


「ユート様ならその神剣を抜けるのではないでしょうか」

「えっ! いやいや。無理でしょ。五千年前から誰も抜いてないんだよ」

「そのようなことはありません。女神セレスティア様は仰いました。剣を抜きなさいと」


 このお告げが本当なら剣が抜けそうな気がするけど、今リズが思いついて口にしたように見えるんだよな。


「リズリットは面白いことを言うのね。でも漆黒の牙シュヴァルツファングを倒すには本当に神剣がないとダメかもしれないわ」

「どういうこと?」

「ユートも見たでしょ? 漆黒の牙シュヴァルツファングに纏わりつく黒の法衣を」

「あれは魔素じゃなかったのか?」

「魔素をより強く具現化したものと言われていて、攻撃を防ぐ役割があるの」


 だから神聖極大セイクリッドオメガ破壊魔法ブラストが防がれたのか。やはりあれはただの魔素ではなかったということか。


「剣で斬った所で、黒の法衣に防がれるでしょうね」


 漆黒の牙シュヴァルツファングは想像以上にやばそうな魔物だな。このままだと倒すのは難しそうだ。


「何か漆黒の牙シュヴァルツファングを倒す方法はないのか?」

「それが出来たら最初から私が倒しているわ」

「だよね」

 

 ごもっともな意見を言われてしまった。こうなったら何とか黒の法衣を抜けて、直接ダメージを当てられる方法考えるしかないか。


「やっぱりユート様が神剣を抜くべきですよ」

「でも神樹の元へは長老達の許可が必要よ。王族でもその許可を出すことは出来ないわ」

「ではすぐに長老達の許可を得て下さい」

「長老達は特に人族とエルフ族の軋轢を長く見ているから難しいと思うわ」


 エルフ族に嫌われているのは仕方ないな。人族はエルフを拐ったり奴隷にしたりと酷いことをしてきたんだ。もし神剣を抜きに行くのなら、誠意を持って信頼を得るしかない。


「とりあえず食事にしましょう。助けてもらったお礼も兼ねてごちそうするわ」

「ありがとう。でもたくさん食べるから俺の方でも食材を提供するよ」

「大丈夫よ。水魔法を使って食材を凍らせているから」

「そうなの?」

「ええ。望まれていない力でも利用できるものは利用しないと」


 以外に逞しく生きているんだな。その前向きな所は好感が持てる。


「それじゃあご飯だけど⋯⋯」


 俺はフィーナに八人前作るようにお願いした。


「人間の男はたくさん食べるのね」

「この内の五人前はリズが食べる分だ」

「冗談が上手いわね。あの小さな身体でそんなに食べるはずないじゃない」


 フィーナは俺の言うことを笑って信じてくれない。だがとりあえず八人前の料理を作ってくれた。

 キノコと野菜の炒め物にスープ、そして焼いた鳥の肉に白米だ。どれも美味しそうに見える。もしかしたらエルフは菜食主義かと思っていたけど、肉が出ているから少なくともこの世界のエルフは違うようだ。


「それじゃあどうぞ。でも残したら許さないから。食べ物を無駄にするなんて万死に値するわ」


 そんなことを言ってジロリとこちらを睨んできたが、十五分後にはすぐに俺が言っていることが正しいと理解してくれた。


「嘘⋯⋯でしょ⋯⋯」


 フィーナは目の前の光景を見て、呆然としていた。

 何故なら一瞬にして五人前の料理がテーブルの上から消えていたからだ。

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