第24話 何もわからないまま
いつものように自分の場所でパソコンとにらめっこしていると同期がやって来きた。彼は何も言わずに私の方を見て、それでそのまま喫煙所へ向かっていき、煙草に火を付けた。その様子を見ていた私もまた彼の方を見ないまま「院生行くんだって?」と話しかけた。
「うん」
大学院に行く、行かないは割と自由というか成績で選べる部分もある。ある程度の成績が有ればそのまま院へ行くし、無ければ試験か何かを受ける必要が有る。
同時に院生に行くということはもちろん今いる院生と同じように研究室に残るということでもあるわけだけれど、それは自分の研究をそのまま続けることになるのが多分一般的。多分ね。私は院生になったことが無いのでこれは想像でしかないのだけれど。
「3人行くんだっけ」
「そうだね」
けれど、私達の代で院生に行くというのは今までの森田研と少し違っていた。
それが、森田研はあと1年。つまり来年で先生が退官になるということが決まっていたからである。この情報は先に言った通り、先生との最初のゼミで出てきたものだったので知ってはいた。だから私の代で院生になると院の2年生は先生がいなくなるため、実質的に他の研究室へ移動して卒業論文を書くことになる。
「先生いないけどいいの?」
そう聞きそうになった。後に入る研究室はどこなの?とか場所も変わるんでしょ?とかそういうのを聞きたかったのだけれど口を閉じることにした。
院生に残るという選択肢は私の中では無かった。もちろん就職先が決まっているからということもあるのだけれどそれ以上に何というかこの研究生活を続けたくはない。という意志が私の中にあったからでもある。
「研究、勉強をこの先もねぇ」
早く社会に出てみたかったというのも実はあってその理由が、ここまでの人生でバイトという物を全く経験したことが無かったからでもある。全く無いのかと言われるとそうでもない。単発的なお手伝いみたいなのはしたことが有る。部活に所属していたため毎年大学で行われる健康診断の手伝いとかそういうのでお金を貰ったことはあるにせよ、外でバイトをするという経験が無かった。
そんなのもあって院生に残る彼らに抱いた感想は「すごいな、残るんだ」というのが素直な気持ち。
それともう一つあってそれがあれだけ毎日来ていたイガさんが来年、来なくなるということだった。イガさんは来年、千葉に移住をして本格的に自分のことを進めるとのこと。これは今までのような形をとった「森田塾」の開催が出来なくなるということを示している。
結果的にこの後入ってくる12期生はイガさんが関わる森田塾を受けることが無いという話でもあるのだけれど「それって何か問題でも?」そう聞かれたら、いや・・・別に問題は無いけど・・・。
というのが私の回答ではあるが、院生の回答は違ったわけで。
「森田塾が有るから、森田研の今のスタイルがあるんだよ」
これねぇ・・・これはあれなんです。私が卒業しないとわからないことだったんです。というのも当たり前の話、他の研究室の研究の進め方とかやり方とかそういうのを知らないので比べることが出来なかったので、森田研の在り方が違ったのを理解できなかったのです。
話を戻して、とりあえず森田塾に関してはやらないという方向性ではなく、イガさんがいなくても出来るようにするというのが森田研の院生としての意見が強かった。意見が強かった。というよりかは何というか必要性?を感じていたのだろう。私にはあんまり分からなかったけれど。
それともちろん「環境論文」のこともある。
ここまでの情報をとりあえず整理すると
・森田研究室はあと1年
・イガさんは来年もう居ない
・森田塾にイガさんが来ないので別の形にする必要が有る
・環境論文を書くこと
・10月にはもう新3年生(12期生)の研究室見学が始まり、後半には所属が決まる
・11月、森田塾が開催されていたが・・・それをどうするか。
こういう感じになる。
それで話を変えて今度は研究の方に目をやると、まとまった実験結果、検証結果などが出始めてくると先生は各班に対してそれぞれ「学外での発表」を行っていくことになる。学外での発表というのは簡単に言えば外部の学会とか研究会とかそういう所に行って発表すること。
卒業研究というのは基本的に学内で発表を行うもので、言い方を変えれば学内の教授達に向けて行う。そしてその結果、研究を承認されれば卒業単位を認定してもらえて晴れて卒業単位を取得できるというものなので、学部生、つまり4年生は学外での発表が必要というわけではない。
確か卒業する為に学外での発表が必要なのは「院生」からだった気がする。
結果的に見れば11期生は全員、もちろん私も含めて学外で発表することになるのだけれど、これもまた「そういうもんなのか」と当時の私は思っていた。その違いをこれまた卒業後に感じることになる。
ここまでやっぱり何もわからない、言われたことを言われたままにやってきただけ。
「なぜやっているのか」とか「どうしてやっているのか」ということがよくわからないのは変わりない。
けれどこれらのことが色々繋がってくる私にとってのきっかけがこの後待っていた。
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