第8話 一週間後

 一週間が経って、次の朝を迎えた。

 ユユイはテントから出て来て辺りを見回すが、騎士団長のカインも、討伐目標のワイバーンもいない。


 ほぼ物資はなくなり、最後の朝食を準備する。

 エントデルンがたまに持ってきてくれる食料を足しても、これ以上山頂で過ごすのは厳しい。


「水の魔法で体や服を洗うのも、そろそろ限界なのよね……」


 それなりに綺麗にはなるけど、やっぱりちゃんとしたお風呂に入りたい……。

 不安なのは、本当にワイバーンが現れるのか。このまま永遠に現れなくて、ここに置き去りに……なんてことないわよね。


 シノキスも起きて来て、当番制にしていた料理の準備を始める。当番制といっても、エントデルンは大抵、食料を探しに行っているのでシノキスとユユイで回していた。

 教えた通り、料理をテキパキと作り、今ではすっかり板についてしまった。


「やっぱり、最後まで残っていたね。ギルドのゴールドクラスだよ。三人とも」


 シノキスが岩場と逆の方にある、別のパーティのテントを指さした。


 11名いた志願者は6名になっていた。

 パーティは二つ。

 一つはユユイ、そしてもう一つのパーティは冒険慣れしたベテランパーティだった。遠距離に特化した狩人ハンターと盾役の戦士、そして中距離の魔法使いと、まさに万能タイプのパーティだ。


 ふと、そのパーティの戦士がユユイたちのもとにやってくる。


「突然すまないが、そちらのリーダーと話がしたい」


 熟年といった感じの、適度に傷がある鎧を着た男は、エントデルンの姿を探しているようだ。ワイバーンの幼鳥を一撃で葬り去ったところを見ていた彼らは、エントデルンがリーダーだと思ったのだろう。


「今は食料をとりに行っているわよ」

「そうか、ならば伝えておいてほしい。俺たちのパーティは長年一緒に仕事をして、パーティ内の連携は十分にとれているんだが、混戦が苦手なんだ。戦闘の邪魔をされたくない。だから、最初にワイバーンに攻撃をヒットさせたパーティが倒れるまで、静観するというルールを守ってほしい」

「ギルドのルールだね。巻き添えで人を殺めてしまわないためのルール」


 ギルドメンバーのシノキスが補足する。


「その通りだ。ちゃんと伝えてくれ」


 そう言ってベテラン戦士は自分たちの拠点に戻っていった。


 しばらくしてエントデルンが帰ってくると、その話を伝える。


「そうか、ギルドのルールを適用するんだな」

「ほかにもルールってあるの?」


 一週間も一緒に過ごしているうちに、ユユイはエントデルンの経験談を聞くのが癖になっていた。


「そうだな、最初に目が合って互いに敵と認識し合い戦闘状態となった場合……が竜族では一般的だな。まあ、ギルドは獲物をとり合うことが多いから、今の状況ではギルドのルールがいいのかもしれん……が」

「が……?」

「あちらのほうが有利だろうな。遠距離攻撃の得意な狩人ハンターが仲間にいるからな」

「ふむふむ。空を飛んでいるワイバーンに弓矢を当てて先に手をつければ、あちらのパーティが独占して戦えるということね」

「僕たちのパーティメンバーの能力を見抜いて、ギルドのルールを持ち出したということか。……狡猾で抜け目ない」

「とはいえ、この状況ではギルドのルールを無下にはできんだろうな」

「しかしながら、仮にあちらのパーティが戦闘不能に陥れば、ワイバーンは手負いになり、僕らにとって有利になる可能性もあるからね」


 さすが姑息なシノキス。そこまで考えていなかったわ。


「いや……。どちらかといえば、ゆるぎない自信があるからこそ、ギルドのルールを適用したのだ。みればなんとなく分かる。彼らはワイバーンより強い」

「え……ということは、私達に戦うチャンスもないってこと?」

「可能性としては、ワイバーンが逃げて、再度彼らと交渉するかだ」

「おいおい……ワイバーンがまた来るまで、一週間もここで過ごすってことを言っているのか?」

「冗談じゃないわ……ちょっと私、撤回してもらうように言ってくる」


 憤慨したユユイが立ち上がると、エントデルンが手で制した。


「まあ、待て。少し準備をしてから、全員で行こう。意見が対立して、血が流れるかもしれん」

「「え……」」


 物騒なことをエントデルンが言ったその矢先、風の流れが変わった。山頂の日光を遮る何かが通り過ぎる。

 反射的にユユイたちは空を見上げた。


 青い空に映える真っ赤な鱗と、白の翼膜が上空で開く。黄色い目がユユイたちを見下ろしていた。


「グワアアッ!!」


 子を殺されて怒り狂ったワイバーンがユユイの瞳に映る。

 その圧に少し動揺したユユイは短杖ワンドを構えるのが一歩遅れた。

 長弓から放たれた矢が横から飛んできて、ワイバーンの翼膜にヒットした。


「俺たちから戦わせてもらう!!」


 さきほど来た戦士が遠くで叫び、ユユイから獲物を奪う。


「くっ!」


 杖を下げると、ユユイは悔しそうに眉間に皺を寄せる。

 遠くで長杖ロッドを掲げた魔法使いが、操りの魔法を唱え、ワイバーンを地面に拘束した。


 ベテランの戦い方は落ち着いていて、ワイバーンに勝ち目はなさそうだった。


「気にすることはない。はじめて竜属のモンスターと戦ったのだろう……?」


 肩を落としたユユイをエントデルンが励ます。


「ちょっ……あ、あれは」


 鍋番をしていたシノキスが、エントデルンの後方で騒ぎ立てた。


「ワイバーンがもう一匹!!」


 シノキスの震える声にエントデルンとユユイが振り返る。

 

 黄色い二つの瞳が迫っていた。

 ユユイが辛うじて捉えられたのは、緑の残像だけだ。象牙のような鋭い爪が胸に当たる瞬間、エントデルンが手の甲で押しやりパリィした。


「ガアッ!」


 獰猛な肉食獣の声が谷間に響いた。

 宙で身を翻し真っ黒な翼膜をワイバーンが広げた。

 緑の鱗をまとい、長い尻尾を垂らしたそれは、さきほどのワイバーンより大きく賢そうに見えた。


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