魔法使いユユイの生存確認

返り桜

第1話 ユユイの受難

 魔法学園の中央にある闘技場──そこでは全生徒と教師が観客席に集まり、最終決戦の開始を待ちわびていた。

 

 闘技場の選手入場口では、ショートヘアに前髪をまっすぐに切りそろえた少女ユユイが同じように開始を待つ。


 その出番を待ちながら感慨にふけっていた。


 三年という長い訓練を経て、ようやく最終選別の舞台に立つことができた。

 長かった……本当に。

 

 ユユイは公爵の家に生まれた貴族の血統だったが、父が魔界に旅立ち命を落としたことで、運命が大きく変わってしまった。

 母親の再婚を機に居場所がなくなると、ついには公爵の身分さえ奪われ、学園の寮に押しやられた。

 

 公爵家での豪華な暮らしはできなくなり、暮らしは庶民の生活に――。

 無駄な出費を抑えるために、好きなものは買えず、お嬢様のようにちやほやしてくれるメイドも雇えない。

 ユユイにとって辛い寮生活だった。


 その苦しさ、辛さをぶつけるとき……!

 そして、父の仇である魔王を必ず討つ!


 闘技場に入場すると、対面にはローブを羽織った背の高い男が立っていた。


 女性と思えるような白い肌で、端正な顔立ちは美術家が作り上げた彫像のようだ。そしてサファイアブルーの瞳が目立っていた。

 彼も最終選別まで勝ち抜いてきた、魔法学園の実力者――かつて勇者にお供した賢者の息子で、三年前、魔法学園の門をくぐる前から噂になるほどだ。


 ユユイが闘技場の中央に進むと、周りからブーイングが起こる。


「シノキス様を傷つけるんじゃないわよ!」

「辞退しなさい! シノキス様に勝てるわけないんだから!」


 ほとんどが女性で、その金切声の音量に思わず教師たちも耳を塞ぐ。


 シノキスは生い立ちも顔立ちも完璧で人気者だ。

 一方のユユイは、勘当された庶民の地位であり、さらに彼女自身が女性としての美しさに無関心で、地味な顔立ちだった。


「君を倒すために、あらゆる戦術魔法を考えたよ」


 互いに同じ学園で何度か戦っている相手だった。


「私に勝てると思っているの?」

「勝ったことはあるからね」

「あれはたまたまでしょ」

「でも、なぜ勝てたのかを分析して、答えを導いたんだ……」


 シノキスは長杖ロッドを回して、火の魔法を詠唱し始める。


「ちょっと! まだ開始の合図がないでしょ!」


 遅れて開始の花火が鳴った。

 ユユイがシノキスの杖の三分の一ほどの、短杖ワンドを構えるころ、すでにシノキスから火の大玉が発射されていた。


 長杖ロッドの攻撃魔法は、一発の魔力が高い。その分、時間がかかり、連射力に劣っている。そのことはユユイも知っていた。


「こんな魔法、避けちゃえば意味ないでしょ」


 右に避けると、火の玉もユユイの動きに合わせて移動する。

 生徒たちが驚きの声をあげた。


「火の魔法と、操りの魔法じゃないか……?」

「魔法を同時に唱えたんだ!」

「でもどうやって?」


 シノキスは長杖ロッドの両端から別の魔法を唱えていた。


「君は自分の力を過大評価しすぎなんだよ。僕は、この同時魔法を、君のために一年間も訓練してきたんだ。……絶対に、賢者の名に恥じないよう、首席の座を取る!」


 燃え盛る火の玉がユユイに襲い掛かる。

 審判を担う教師が慌てふためいた。この魔法の威力だと生死に関わる。


「ユユイ! 負けを認めるか?」


 とうとう闘技場の隅にまで追いつめられてしまったユユイに、審判員は何度も尋ねた。


「負けを認めるわけ、ないでしょ……!」


 短杖ワンドから水の魔法を発射させるが、巨大な火の玉はびくともしない。


「はっはっはっ! そんな弱い攻撃魔法じゃあ、どうしようもないよ」


 何度も連射をするユユイ。迫る火の玉の速度は変わらないように見えたが、ほんのわずかに炎の勢いが弱まるのをユユイは見逃さなかった。


「じゃあ、しょうがない……アレを使うしかないか」

「ん?」


 袖下からもう一本の短杖ワンドを取り出した。

 片手に一本ずつ持って、水の魔法を交互に連射する。

 観客がみな目を丸くした。


「ええっ? 杖って2本同時に使えるの⁉」

「は……速い!」

「水の魔法が速すぎて、線みたいになってる!」


 火の玉はユユイから遠ざかり、やがて消滅した。


「な……っ賢者が使っていた必殺技だぞ……?」


 シノキスは操りの魔法をやめて、もう一度、火の魔法に集中しようとした。

 その瞬間、ユユイの水の魔法が飛んできて長杖ロッドに当たる。

 地面を転がる長杖ロッド

 ユユイはその長杖ロッドを踏んで、短杖ワンドをシノキスに突き付けた。


「あんたは私を一年分析したんでしょうけど、私は魔王を三年分析してるのよ」


 シノキスは視線を地面に落とした。

 魔法学園の首席卒業生がユユイに決定した瞬間だった。


***


 ラインハルト城の広間には、勇者の一行が王の前に並んでいた。

 魔法学園の首席卒業生として、ユユイもそこに肩を並べていた。


 ついに、私が魔王討伐に……!

 お父様、必ず仇を討ちます!


「勇者とその仲間達よ。我が国を我が民をモンスターからどうか守ってほしい。そのためにも、必ず魔王を討ってくれ……!」

「我が国王! 必ず我らが宿願を果たします!」


 勇者の一声に、側近の者たちは奮い立ち、声を上げる。


「勇者様!」

「宿願を果たしてください!」


 その声はどんどん広がり、広間を囲う兵士や、城門から顔をのぞかせる民にも広がっていく。


 自然と勇者たちの前に道ができて、花道をゆっくりと歩いた。


「必ず、必ず魔王を討ってください!」

「ああ、その声を胸に刻む」

「我が国に平和を!」

「その望みを叶えよう」


 勇者も兵士たちと会話しながら、広場を歩いて城門を出ると、さらに民の声が四方八方から飛び交う。

 ユユイも手を振りながら、思わず笑顔になった。胸を張り、ラインハルト国民の声援を浴びる。


「ユユイ様、これを持って行ってください!」


 突然、三人の町娘から声を掛けられると、小瓶を渡された。


「これは……」

「肌が白くなる魔法の薬です」

「え……あ、はあ……」

「過酷な訓練で、肌がこんがりしてらっしゃるので」

「……」


 焼けたんじゃなくて、持って生まれた色黒ですがね……。


「ありがとう。いただいていきます」


 旅の荷物にしかならないものだが、寮生活では手に入らなかったシロモノなので、お祭り騒ぎにのっかって受け取った。


 と、そのとき――勇者の足元にぼろぼろの服を着た旅人が転がり込んだ。


「ゆ、勇者様! ま、魔王が」

「ああ、魔王を必ずたお――」

「いえ! 魔王が封印されました!」

「ん? んん?? そうだな、魔王を封印してたお――」

「いえ! もう、魔王は封印されたのです!」

「ん? んんんん??」


 勇者は困り顔をして振り返ると、王の側近が目を丸くして驚いた。


「なっ! も……もしや、アンジェリカではないか?」

「はっ! 第29勇者師団のアンジェリカです」


 男と思える風貌の旅人は女性だった。顔が煤だらけで、衣服も男物だったからだ。


「どういうことだ?」


 かつてない混乱に勇者は頭を悩ませる。

 ユユイも頭を抱えた。


 私たちは第34勇者師団だから、五年前の勇者師団ということ?


 すると、側近に呼び出された王がよろよろと城門前まで歩いてきた。


「とうとう、この日が……まさか、私の代で魔王封印の報せを受けれるとは……!」


 何やら涙を流しているな。

 そして側近も、アンジェリカという奴も。


 ユユイと勇者たちは呆然と王の感情の昂ぶりを見上げる。


「民よ……! いましがた、喜びの報せが入った。ラインハルト王国に脅威を与え続けていた憎き魔王が、封印されたのだ!!」


 オオッ! と歓声が今までの倍になり、王城全体が歓喜に溢れた。


 涙を流す者、歓喜の音楽を奏でる者、花びらを集めて宙に撒く者。

 その傍らで、いましがた職も責務も、生きる目的さえも失いつつある勇者たちがいた。そして、ユユイもその一人であった。

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