第24話 岩渕剛と越谷桃子。

新年の賑わいや特別感は過ぎ去って、日常が帰ってきた。

今、真田明奈と小田美貴とのメッセージのタイムラインには、[優一とでかけるね]、[どうぞよろしくお願いします]の応酬になっていた。


そして篤川優一は微妙な立場にいて、周りからは落胆の声が聞こえてきていた。


仕事では相変わらず甘い事は言わない。

キチンとし過ぎていて、店にはいなくてはならない存在で皆が頼りにする。


だが、こと女性関係ではだらしない。

ハッキリしない。

優柔不断な態度が散見していて、周りを落胆させている。


真田明奈の下方修正は悪い方向に働き、距離感が狂ったために当初の予定より、篤川優一が真田明奈に懐いてしまっている。

真田明奈自身も、元々なら自分の事も篤川優一の事も制御できていたのに、あの小田美貴とのメッセージで負けを痛感してから冷静さを失っていた。


そこに骨抜きになって懐いてくる篤川優一の熱量にほだされて、真田明奈も暴走していて、火とガソリンのような関係になっていた。


バイトの終わり際、店まで来て「優一、お迎えに来たよ」と声をかける真田明奈を見て、嬉しそうに「明奈」と返す篤川優一には、初めこそ「えぇ」と驚きの声も上がった。


バイト先にある、各人が見知っている断片的な情報を合わせていくと、大まかな全容は見えていた。


小田美貴に突撃した女、真田明奈が篤川優一を迎えに来る女だと判明した。

突撃した際に、何を話していたのかは篤川優一が社員の質問に答えていたが、「篤川優一と2人で過ごす年越しを認めろ」というものだった。

実際、真田明奈が12月31日に篤川優一を迎えに来ていたのは、何人もが目撃している。

その後、真田明奈が迎えに来た時に見せる篤川優一の顔つきを見れば、年越しで友達以上の仲になったのだろう。


小田美貴の立場、親がアルバイトを禁止して、長期休暇に落ち着き、年度末の成績次第でアルバイトに戻れるかどうかの瀬戸際な事は、周りにもそれはアルバイトではなく、篤川優一との仲が続けられるかどうかの瀬戸際である事はわかっている。


アルバイトを禁止されても交際を禁止するまで言う親はそういない事から、6歳差が理由で篤川優一が歓迎されていない事は、少しでも年齢が上の人間には想像がついていた。

それに、何度も休憩室で篤川優一に、親の態度について謝る小田美貴の姿は目撃されていた。


店舗内の人間たちの意見をまとめると、おおまかはこんな感じだった。

・篤川優一は小田美貴と付き合ったが、小田家からは歓迎されておらず、アルバイトが遅くなると送り届けていたが冷遇されていた。

・6歳差もあって、小田家は露骨に篤川優一を排除しようとしていた。

・上記がある中、中学時代の同級生が熱烈なアプローチを仕掛けてくれば、篤川優一がその相手と良い仲になるのも仕方ない。


だが、「仕方ない」という意見と同時に、未だに小田美貴と篤川優一が関係を解消した話は出てこない。

一連の動きを見ていても篤川優一は全て主導権や決定権を渡して、待ちの姿勢を取っている。


「小田美貴がいいと言ったから年越しを彼女でもない女性と過ごす」

「彼女でもない女性がアプローチをしてくれるから受け入れる」

「小田美貴と関係解消を篤川優一は切り出さない」


それこそ6歳年下の小田美貴にまで、主導権と決定権を渡している篤川優一のだらしなさに、バイト仲間達からは落胆の声が出ていた。



だが、篤川優一にも真田明奈にも、周りの声はあまり関係なかった。

居心地が悪くなっても、篤川優一のアルバイトは3月まで、真田明奈はこれからずっと付き合うつもりなので、2か月を過ごす同僚の声をあまり気にしていなかった。


そして店の話で言えば、高校生達が日常に戻り、働く時間が減ると、店舗運営に支障をきたす人不足で、多店舗から長期のヘルプが来ることになる。


それは他店舗で、かつての篤川優一がやっていたような、なんちゃってバイトリーダーをしていた岩渕剛という男で、岩渕剛は店長に許可も得て、土曜日限定で彼女の越谷桃子を起用した。

人不足の関係で店長や社員達は二つ返事で受け入れる。

彼女の越谷桃子はバイト未経験だが、岩渕剛は「あんなのでも手の数は2本あるんで、使ってみせますわ」と言って働かせる。


別のバイトリーダーの仕事ぶり、篤川優一に慣れたメンバーは不思議に感じるが、それでも店は綺麗に回る。


ピーク時も面白い事に、ストレートに規律があるように指示出しする篤川優一とは違う岩渕剛の指示。


「ご案内…得意な人が行く、提供は俺、ドリンクはえっと…ごめん名前覚えてない、ボブの君!桃子は皿拭き」


岩渕剛は軽く指示を出して、皆が最適を考えて、「私がご案内行くね」、「お願いします山形さん」なんて行動をして回していく。


そして彼女を店に連れ込む事も、以前の新卒社員の問題から抵抗があったが、岩渕剛はそれをまったく感じさせない。


唯一店長に許可を貰ったのは、「越谷さんって呼びたくない」だった。


岩渕剛は「ホールなら我慢するけど、中なら桃子呼びさせて」と店長にボヤき、越谷桃子には、「桃子、雑いんだから皿拭きとかでお淑やかさを極めてくれよ」と言ったくらいで、彼女扱いなんてしない。


甘やかしたり庇ったりする事もない。

だが、篤川優一がするような厳しさもなく、名前呼びをする以外は普通の話し方で仕事を仕込んでいく。


「パフェ汚っ!ゴリ子!」

「うっさい剛!頑張ってるの!なんでいい加減なアンタにパフェが綺麗に作れて、私に出来ないのよ!」


暇な時間帯に練習させてみると、こんな会話が出てきて皆で打ち解ける。


甘やかさない岩渕剛と、甘ったれない越谷桃子の関係に、皆も関わりやすくて、「桃子さん、こうやるんですよ」と男女問わずバイト達が越谷桃子を指導してくれる。

岩渕剛にも男女問わずアルバイト達が「清掃のタイミングとかどうしてます?」と質問をする。


どちらもその姿を見かけても、ヤキモチなんか妬かない。

岩渕剛は「うぅ、この店の連中は桃子原人にも優しい、神の国だ」と食洗器から戻ってきたグラスを拭きあげながらコメントをすると、ホイップクリームを握る越谷桃子は「はぁ!?私からしたら剛が人の役に立つところを見られてビックリの連続よ!」と即座に言い返し、逆の場合も面白い。


清掃のタイミングを聞かれた岩渕剛が、客の癖、店の空気感で想定を話すと、越谷桃子が「剛が…考えて…いる?」と、愕然とした表情を作って揶揄い、岩渕剛が「原人め、ようやく少しだが人間様の凄さが分かったか」と即座に言い返す。


2人はいやらしさもなく、ちょっとした漫才のように言い合っている。



そんな岩渕剛は面倒見がいい。

仕事中は厳しく、キチンと指示を出す篤川優一は、夜の退勤ギリギリになると彼女らしき女が来て、急に甘えん坊の顔で嬉しそうに帰っていく。

まあ付き合いは千差万別だと思っても、篤川優一のいない時にきこえてくる優柔不断な女たらしの一面を聞けば、人となりに感じる異質さが気になる。

気になって見ていると、就職するので3月で店を辞めていく。

話せば悪人ではない。

年上の岩渕剛を立てようとしてくるし、浮気性なのかと思えば他のバイトに色目を使う事もない。


岩渕剛から見た篤川優一を一言で言い表すと「意味が分からない」になる。

そして、岩渕剛は年長者として、面倒見の良さからも、篤川優一には辞めるなら気持ちよく、終わりよく辞めてもらいたかった。



1月3週の土曜日。

篤川優一のアルバイトは昼勤務で中継ぎに引き継いで退勤になる。

昼は中継ぎの関係や混雑具合で、延長の可能性もあるからと真田明奈には迎えの断りを入れていて、真田明奈も「遅くなったら迎えに行ってあげるよ」と言ってくれていた。


今、篤川優一がいる店は高校生バイトと深夜バイトが多く、平日や日中夕方のバイトが少ない。その為に土曜日は日中になる事が多い。

長期ヘルプの岩渕剛と越谷桃子も出勤は違っていたが、退勤は同じ時間だった。


「なあ篤川、上がったらお茶しねえ?」


突然の岩渕剛からの誘いに、面食らいながらも「はい、是非」と篤川優一は返した。

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