episode1【聖剣と魔剣のゼレスティア】
第001話『浮遊大陸オルクス』
「……ん」
ガタンガタン──と、周期的な列車による衝撃と共に、ラース・アイゼンハルトは目を覚ます。
何か、長い夢を見ていた気がする──。
だが、あまり心地の良いものではない。
嫌な夢という訳ではないが、それでも希望に溢れた楽しい夢ではなかった。
「……ラース。起きたの」
「おはよう、セドラ。私ってどれだけ寝てたっけ」
「一時間程度、かな。まだまだ目的地は遠いし、寝てても良いよ」
「それも魅力的だけど、ちょっと外の景色を見たいかな」
“セドラ”と呼ばれた黒髪の彼女を後目に、ラースは外の景色を眺める。
此処は、“オルクス大陸”の西側。
流れゆく景色は緑を映し、大地の隙間から白い雲が見え隠れしていた。
“オルクス大陸”は、所謂浮遊大陸と呼ばれる存在であり、文字通り空に浮かんでいる。
しかし、だからといって川や海がない訳ではない。魚などの水生生物はちゃんと生息しているし、何処からか湧きだした水はそれらを通って下界へと流れ落ちて行く。
「随分と綺麗になったわね」
「“聖魔大戦”から10年。あっという間でしたね」
「戦後……とは言えないけど、休戦。色々な休戦処理に東に西に奔走したっけ」
「でも、戦争はまだ終わっていない」
「……そうね」
前の“オルクス大陸”は、こうではなかった。
硝煙と血と肉が腐敗した──戦争の匂いが辺りに充満していて、人が沢山死んでいた。
だが、オルクス大陸が崩れ始めてはいなかった。
戦争で沢山の人が死んだ。だがそれに加えて、オルクス大陸の崩落に巻き込まれて、沢山の人が死んだ。
“聖魔大戦”──正確に言えば、“第三次聖魔大戦”。
10年ほど前、世界を巻き込んだ人族と魔族の戦争があった。
名目は、“聖廉教会”による魔族の滅亡。勿論、表立って“聖廉教会”が戦争を仕掛けるのは外聞が悪いため、表向きは“聖廉教会”を国教としている国々だが、それでも数多の国がその戦争に参加した。
だが、魔族側も黙ってはいなかった。
のちに魔族の英雄として語られる、“ゼレスティア帝国”第43代総統“アルトリウス・ゼレスティア”が掲げた旗の元、彼等の反撃は始まる。
そしてその後の展開を語ると長くなるので省略をするが、最終的には終戦となったのだ。
しかし、ただでは終戦するつもりは“聖廉教会”にはなく、彼等は文字通り一つの爆弾を残していった。
──その名は“聖杯爆弾”。
魔族を殺すための新型爆弾。
それが落とされた場所は不毛の大地となり、植物の生育が事実上不可能となった。
だが、それ以上に聖杯爆弾には、魔族に対する特攻が含まれていた。ただの爆風と熱波によるものではなく、魔族を殺すための毒がそれには大量に内包されていたのだ。
さながら、毒ガス兵器と特定の人種の大量殺人を可能とした爆弾の組み合わせ。
勿論これには、中立を貫いていた国も非難の声がかなりの数が挙がったが、その後は急激に沈下していったため、まぁお察しの通りだ。
だが、魔族を殲滅するために生み出した聖杯爆弾ではあるが、一つだけ誤算があった。
オルクス大陸の崩壊。
そう、聖杯爆弾が投下されたあの日から、この大地の崩壊は始まった。
そして、それから10年ほどの時が過ぎたが今だ解決の糸口すらなく、今日もまた崩落によって誰かが死ぬ。
嗚呼、たとえ終戦になっても、今日もまた人が死ぬのだ。
「──ところで、列車が出発する前に何やら手紙をもらっていましたが、内容は確認しなくても?」
「当の本人は後からでも良いって言ってたけど、目的地にはまだ遠いし、暇つぶしがてら確認してみてもいいかもね」
「もしかしたら、依頼の類かもしれませんね」
「やめてよそれ。これから任務だっていうのに厄介ごとなんて」
そう言いつつラースは、鞄から例の手紙を取り出してみる。
ラースは、この列車が発車する前に一通の手紙を貰っていた。
手紙と言いつつも、おそらく中身は手紙の類ではないだろう。ただ便宜上、手紙と呼んだほうが楽というだけだ。
そして所謂、公的な手紙にはそれ相応の格が求められる。知人同士では適当な紙でいいかもしれないが、これが公的──それ以上となると話は変わってくる。
今回ラースが受け取ったのは、上質な紙にしたためられた上に、見覚えのある家紋が描かれた蝋によって封をされていた。
おそらく、この手紙の本当の渡し人は、彼女なのだろう。あの人を値踏みしつつも人を下に見ている様相が目に浮かぶようだ。
「えーと、なになに」
『──拝啓、いかがお過ごしでしょうか。こちらは窓から見えるソメリアの木と書類の山が見えます。さて、長話をしたいところですが、ラースさんの事ですから後になってこの手紙を開いていると思いますので、早速本題に移りたいと思います』
『今回、私がラースさんに依頼したいのは、とある指定組織の構成員の捕縛の手伝いです。彼等は連邦に対して重大な違反行為をおこなったため、帝国との協定に基づき捕縛に伺うつもりですが、如何やら彼等が逃走に使用すると思われる移動手段が、そちらのゼレスティア帝国第8番列車のようでして。そして、ちょうど同時刻に同じ列車に乗っているであろうラースさんたちに依頼する事にしました』
『
『──では、健闘を祈ります』
「──武器を捨てろっ!」
「「……」」
まさか、こんなテンプレみたいな展開が、こう現実で起きるものなのか。
争うような物音が列車の後部の方から聞こえてきて、その数秒後黒い目出し棒を被った奴等が突入してくる。
しかし、そんな非常事態にもかかわらず、幸か不幸かこの事態に対処しようとする勇気ある者が数名いた。
あぁ、それは勇気ある行いだろう。
だが──銃声が鳴り響く。
「──武器を捨てろって言ったよな」
銃口から白い煙が立ち上るだけ──。
悲鳴は搔き消され、カランと鳴り響く剣の音は、敗北を意味した。
そして蛮勇は、死によって償われる。
倒れ伏した男性の胸から、どくどくと地が流れ落ちて、傍から見ても血の気が失せていくようだ。
「(あれじゃぁ、もうすぐ死ぬわね)」
そもそも、剣が銃に勝てる訳ない。
剣で兵士一人を殺す時間があれば、銃は兵士数人を殺すことができる。
その上、剣を振りかざして迫ってくる騎士なぞ、銃にとって良い的だ。
そして、騎士を一人育て上げるのに数年は掛かる筈の訓練期間を、銃を持った兵士なら一年と掛からない。いや、ただ人を殺す程度なら数時間程度で済むだろう。
──よって、剣の時代は終わりを告げ、銃の時代となった。
実際、第三次聖魔大戦では、剣や槍を扱う騎士よりも、銃を持った兵士の方が多かったくらいだ。
今も銃ではなく剣などが採用される場面はあるものの、それは特殊な場合など。
特に戦場になる事の多い平地では、銃の圧倒的な武器としての性能は、剣や槍などの前時代的な武器を遥かに凌駕する。
『……──こちら6号車。た、助けてくれ奴等だ。連邦──』
「──ちぃっ!? 連邦保安局か! もう嗅ぎつけてきやがったのか!?」
しかしてそれは、絶対的ではない。
ラースの耳には聞こえるが、何車両か後ろで銃撃音が聞こえる。間隔の規則性とそれほど時間を掛けなかった事から、さぞ腕の良い奴等──いや彼等も“連邦保安局”と言っている事から、おそらくそうなのだろう。
確かに銃という武器は、次世代の武器と言えるもので、少量の時間で人を殺す事が出来る、まさに戦争屋にとって夢のような武器だろう。
だが、程度の低い兵士が人を殺せるのであって、そこにはちゃんと練度が存在する。
──よって、銃を手にした彼等は頂点捕食者ではなく、彼等を刈り取る者が存在する。
「(さて、どうしよっか)」
「(ラース、どうします?)」
「(どうするって……。私たちに与えられた依頼って、あくまでも足止めだから。態々此方から仕掛ける意味ないし、ただ逃げようとしたら対処すればいいし。……って、何その殺気!? 殺さないから!)」
「(邪魔、した)」
「(邪魔したって……。まだ着くまで時間あるし)」
「──おいお前! ちょっとこっちに来い!」
突然、そう告げられた──。
そして、そう告げた覆面の彼が手を伸ばした先にあったのは、今だ密かに殺気を放っているセドラの腕。
この程度の殺気に気づかない覆面の男等の鈍感さに呆れ果てればいいのか、それとも明らかに一段階殺気が増したセドラに対して戦々恐々とすればいいのだろうか。
「お前は俺たちの人質だ。下手な真似したらぶっ殺すからな!」
「いやーたすけてー」
「おい静かにしろっ!」
溜息を吐きたくなる。
流石にラースといえど、人質にされた上で静観を貫けとまでは言わない。むしろ、此処まで行ったらさっさと処理すべき事案だ。
だが、セドラの口から発せられたのは、適当なまでの命乞い。
普通の人間なら、引き金を引かれればそれで死ぬ危機的状況において、それでもセドラは何処か楽観的だ。
いやむしろ、楽しんでいると言っても過言ではないだろう。
「(──あー。セドラの悪い癖が出ちゃったなぁ。まぁ昔の私が悪いんだけど)」
仕方ないと──ラースは、立て掛けてあった剣を手に取る。
普通の剣。
何も特別でも何でもないただの鋼の剣であり、適当な鍛冶屋に行けばお安く手に入る程度の剣でしかない。
「おい! そこのお前──」
「──でも、人を殺す程度ならコレで十分」
──白銀と赤が舞う。
「……──は」
その光景を見ていた覆面の男の一人は、何が起きていたのか見ていなかった。
銀髪の
だがその瞬間、文字通り白銀と赤が舞った。
揺れる銀髪と抜き身となった刀身。そして、仲間の首から鮮血が迸る。
仲間が殺された。そう形容する事しかできない光景が、目の前には広がっていたのだ。
「──っ!? この!」
銃を構える。
標準を合わせて、引き金を引く。
それで、人は殺せるものだ。
だが引き金を引こうとしたその瞬間、既に敵は目の前にいた。
「……化け物」
「ただアンタが遅かっただけ」
鮮血が空を舞う。
ラースの振るう刀身に映るのは、死に体となった覆面の男。表情は見えないが、それでもその瞳は死んでいた。
そして、ラースが一度刀身に付いた鮮血を振り払うと、描かれるは血染めの半月。
嗚呼、その様はまるで──。
「……お前何者だ。連邦保安局と同時期に襲撃してきたが」
「ただの連邦保安局の臨時職員だけどね」
「いや、違う。俺はお前を見た事がある。あれは──」
「──すみません。どうしてもこの男の口が臭かったもので」
その瞬間、血の雨が降り注いだ──。
喧噪が咲き乱れる血の雨の下に、所謂日本刀を凪ぐセドラの姿がそこにはあった。
それが、生首となった男の最後の光景だった。
「──相変わらず速い抜刀術。もう私よりも速いんじゃないの」
「いえ、ラースにはまだ負けますから」
「どうだか。正々堂々と戦って貴女に勝てる未来が見えないのだけど」
「相変わらずの自己謙遜ですね」
銃は、剣や槍とは比べ物にならないほどの、所謂次世代の武器。
兵器としての差は、そう簡単に覆るものではなく、夢を見た騎士はただただ弾丸の雨に蹂躙されるばかり。
事実、銃は剣や槍などよりも優れた武器であると言えよう。
戦場は、剣や槍の時代を終え、銃の時代を迎えた。否定しようともそれは、紛れもない真実だ。
──しかしてそれは黄金の時代。
剣の時代を越え、銃の時代を迎えた現代において、今だ白銀の煌めきが鈍る事はない。
彼の者は、常識不条理を撥ね退ける存在にして、一騎当千にして万夫不当の逸脱者。
世界は、そんな彼彼女等を許す事はない、端から許される気もない。
理を捻じ曲げる逸脱者を、何時しか人々はこう言った。
「──英雄」
と──。
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