第82話 誰だって寂しい。

 蹴りを止められた姉が飛び退き、リッチェンと距離を取る。


「まったく……ルングがあんな卑怯な手段を取るなんて、思いもしませんでしたわ!」


「……何のことだ?」


「何のことだも何も、村の子どもを人質にするだなんて聞いてません!

 正々堂々の精神は、どこにいったんですの⁉」


 姉を止めた時の騎士然とした格好良さが嘘の様に、リッチェンは捲し立てる。 


 ……心外だ。


「リッチェン。俺は正々堂々と、ルールに反したことはしていない。

『村の子どもを盾にするのは禁止』などというルールはないからな」


「友人の頭が変ですの!」


 何故か・・・叫ぶ友人に、俯いた姉が問いかける。


「リっちゃんが参戦するのは、卑怯じゃないの?」


 先程の火勢はどこにいったのか、その声には力がない。

 幽鬼の様に、頼りなく立っている。


 ……脳裏を過ぎるのは、先程の悲しそうな顔。


 しかしそれを振り払い、


「村長! 姉と俺の勝利条件を今一度教えてくれ!」


 姉にではなく、村長へ呼びかける。


「おう⁉ えっと……勝利条件だな?

 クーグルンが『ルングを倒したら勝ち』

 ルングが『クーグルンが・・・・・・居なくても・・・・・村を守れると示す・・・・・・・・』……だな」


 ここで姉にようやく向き直る。


「聞いたか、姉さん。

 俺は『村を守れる』と示せればいいんだ。

 俺1人でなくともな・・・・・・・・・


 つまりリッチェンの参戦は、ルール違反でも卑怯でもない!」




 汚い。

 我が弟子ながら、汚い。


 姉に堂々と宣言する弟。

 卑怯と思わざるを得ませんでした。


 ……ぬけぬけと言い放つ態度の、太々しさと言ったらありませんね。


 しかしこれはおそらく、最初から勘定に入れていたのでしょう。


 勝利条件もそうですし。

 何より、リッチェンさんは参戦に躊躇いがありませんでした。


「村長ブーガ、貴方は知ってたんですか?」


「いえ……知りませんでした。

 ただ、ルングの提案した勝利条件も妙でしたし。

 リッチェンが、随分静かだなとは思っていたのですが」


 ……村を守れる。


 確かにそれに、ルング単体でという条件は入っていない。


 そもそも、村を1人で守ろうというのが、おこがましい話。


「兎にも角にも2対1。勝負は見えましたね」


 クーグは王宮魔術師の私から見ても天才。


 しかし、この戦力差を覆すのは厳しいでしょう。


 魔術はルングとほぼ互角。

 そして、体術はリッチェンさんが明確に上。


 ……勝負はあった。


 それはクーグも理解しているはずなのに、少女は叫びます。


「まだ! まだ終わってないよ!」


 身体強化魔術が再び輝き、獣の様にルングへと突っ込んでいきますが、


「クー姉、そんなので私を倒せると、本気で思っていますの?」


 立ち塞がるのは、赤毛の少女騎士。

 剣はどうやら抜かないようですが、体術の専門家スペシャリストです。


「っ⁉」


 クーグの腕を取っての、美しい投げ。

 いわゆる一本背負いが炸裂します。


 投げられた弟子は、自身の勢いのままに2人の背後へと投げられます。


 クーグは懸命に体勢を立て直そうとしますが、


「これで止めだ。『火の刃よ、焼き切れフォッゲン』『風の刃よ、断てヴィッデン』」


 ルングがそれを許しません。

 容赦のない火と風の刃。

 戦いの火蓋を切った2種類の魔術が、クーグへと迫ります。


 姉のそれとは違う、遊びの一切ない速度重視の魔術。


 ……弟相手に、中級魔術をかます姉もおかしいですが。

 

 姉相手に問答無用で止めを刺しにいく弟も、十分おかしいと個人的に思います。


 焦った少女は、防御魔術を発動させようとしますが、


「うう……『火の盾よ、受けよフォートゥン』」


 致命的な失策。

 防御に不慣れ故の選択ミス。


火の盾よ、受けよフォートゥン』では、ルングの魔術を受け切るには出力が足りません。


「うわあっ⁉」


 火の盾はルングの魔術の威力を殺しきれず、クーグはダメージを負い――


 ドサ


 地に落ち、倒れ伏します。


 それに対して、ルングとリッチェンさんは警戒を解きません。


 遠距離戦の魔術師と肉弾戦の騎士。

 布陣としては完璧でしょう。


 ……どうやら。


 ルングはクーグを打ち倒すために、徹底的に準備をしてきたようでした。




「やりましたの⁉」


「おい、リッチェン……それはフラグだ」


「ふらぐ?」と首を傾げる騎士様を置いて、攻撃を受けた姉を見つめる。


 魔術のダメージに、投げられた勢いで地面に叩きつけられたはず。


 それでも尚、どうして――


「わ、わたしはまだ、まけてない」


 ……どうして立ち上がろうとする。


「姉さん、もう勝負は終わりだ。俺の――俺たちの勝ちだ」


 ……だからもう、起き上がるな。


 これ以上、姉を攻撃したくない。


 しかし少女は、そんな願いも虚しく立ち上がる。


「まだだよ。

 まだ認めてない。

 私は負けって認めてない」


「無理をするな。もう決着はついた。

 それが分からない程、姉さんは愚か者じゃないだろう?」


 その証拠に、魔力がみるみる萎んでいく。

 言葉とは裏腹に、頭では戦況を理解しているのだ。


「……ルンちゃんは、寂しくないの?」


 ポツリ


 姉が出し抜けに問いを口にする。

 それは現況でも、現在の・・・心情にでもなく――


「リっちゃんは、寂しくないの?」


「クー姉……」


 次は並び立つリッチェンに、


「先生は、村長は、お父さんは、お母さんは、村の皆は、寂しくないの?

 私が魔術学校・・・・・・に行っても・・・・・寂しくないの・・・・・・? 平気なの?」


 少女が魔術学校に行くいなくなることへの心情を問う。


 ……そんなことを、考えていたのか。


 少女の慟哭は、勢いを増していく。


「私は、すごく寂しいよ!

 皆と離れるのが怖いよ!


 それなのに皆は、私に『魔術学校で頑張れ』って言ってくれる。

 それはとっても嬉しいけど、それ以上に思うの。

『私が居なくなっても、寂しくないのかな』って。


 私が居なくても、皆は村で楽しく暮らして。

 私のことを、忘れちゃうのかなって。

 私は1人で、寂しい思いをするのかなって!」


 ……そうだ。

 

 そうだった。

 姉の普段の落ち着いた様子から、すっかり失念してしまっているが。

 彼女はまだ子どもだ。


 年齢は現在12歳。

 前世なら、まだ小学生くらいの――子どもくらいの年。


 その年で親元を離れるなんて、怖くて当然だ。

 不安で当然だ。


 ……寂しくて当然だ。

 

 だって――


「だから、魔術学校に行かないって決めたの!

 私だけが寂しい思いして、皆に忘れられちゃうのが嫌だから!

 それなら私は大好きな魔術だってがま――」


「俺だって寂しいさ! 寂しくて仕方ない!」


 ……大人おれでも、寂しいのだから。


「っ⁉」


 姉の心の叫びを、上書きする声が響く。


 悲しみで濡れた、聞き慣れない声。

 声変わりすらしていない子どもの声であり、情けない鼻声。


 ……俺の声だ。


「姉さんと、生まれてからずっと一緒だった。

 2人で魔術で遊んで、父さんや母さんに怒られて。

 師匠やリッチェンと協力して、村長にイタズラしては怒られて。

 そんな毎日が、俺は大好きだ!」


 隣のリッチェンが口元を引き締め、溢れそうになる涙を我慢している。

 きっと俺も、似たような顔をしているのだろう。


「姉さんが大切で、大事で、大好きだ。

 そんな姉さんが、魔術学校に行くなんて、寂しいに決まってるだろうが!」


 姉は目を丸くする。


 ……ああ、情けない。


 笑顔で見送るつもりだったのに。

 こんな顔をする気はなかったのに。


 それも姉さんの前で。

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「皆だってそうだ! 子どもたちだって、寂しいに決まってる!

 父さんなんて大号泣だ。

 母さんは絶対夜中にこっそり泣く。


 村長は熊みたいな図体が、萎むくらい泣いて。

 リッチェンなんて、今でももう涙が溢れかけている。

 多分笑ってるのは、師匠くらいだ」


 でも――


「それでも、その気持ちを呑み込んで俺たちは、姉さんに言うんだよ!

『魔術学校で頑張れ』って。

 だって俺たちは知ってるから!

 姉さんが……どれほど魔術が好きか知っているから。


 だから、自分の寂しい気持ちを堪えて言うんだ。


 姉さんに楽しく生きて欲しいから。

 幸せになって欲しいから!」


 姉の瞳から、美しい真珠が零れ落ちる。


 周囲の子どもたちの声援が、静かになった俺たちへ届く。


「クー姉、大丈夫かな? ボロボロだけど」


「ルング……どうしたんだろう? リッチェン、泣いてる?」


「3人ともがんばれえ!」


「「「せーの! がんばれええぇぇぇ!」」」


 俺たちのやり取りは、どうやら聞こえていなかったらしい。


 しかしその声援に後押しされて、姉の濡れた頬が笑みを形作る。


「そっか……。

 なあんだ、皆寂しかったんだねえ……」


 幸せを噛みしめるようにそう言って、


 ドサッ


 仰向けに倒れ込む。


「……クー姉、満足しましたの?」


 リッチェンは鼻を啜りながら、力尽きた姉へ尋ねる。


「うん……スッキリしたよ!

 可愛いルンちゃんの泣き顔も見られたしね!」


 余りの恥ずかしさに顔を背ける。

 きっと今、俺の顔は朱に染まっているのだろう。


「それは……引き分けだ。こっちだって姉さんの泣き顔を見たわけだしな」


「あははは!」


 姉は久しぶりに快活に笑って、


「今回は私の負けだね! 認めるよ、ルンちゃんたちの勝ち。

 だから私……魔術学校に通って、いっぱい勉強して。

 それで次は、リベンジするんだから!」


 拳を空へと突き上げて、高らかに宣言したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る