第16話 魔力の回復と適量

 身体の温まるような感覚――満たされるような感覚は、どうやら魔力が回復する感覚だったらしい。

 

 目の前の3皿のヴァイゲ。

 最も魔力輝きの薄いものを食したことで、今日消費した魔力が、ある程度回復している。


 ……こういう食べ物って、ひょっとして当たり前なのか?


 俺の知っている世界は、未だこの村の中だけ。


 この世界の常識が分からない故に、この食べ物ヴァイゲがどのような位置づけになるのか分からない。


 だけど、


 ……少なくとも、姉さんと俺にとっては大発見だ。


 姉と俺二人の魔力は、これまで時間の経過しか回復手段がなかった。


 使用した魔力が、即座に戻るようなことはなかったのだ。


 ……その上、魔力を使い過ぎると大変なことになるし・・・・・・・・・


 水の魔術を初めて扱った時がそうだ。

 寝込んだり・・・・・意識を失ったり・・・・・・・する。


 これまで、幾度となく姉と・・・・・・・俺は意識を失い・・・・・・・、父と母――特に母――に心配をかけてきたのだ。

 

 ……だけどもし。


 このヴァイで魔力が回復できるのであれば、その心配はなくなる。


 ギリギリまで使い切ってしまったとしても、このヴァイで回復することで、


 ……俺たちは魔術の実験数を、さらに増やすことができる。


 実験をしては魔力を回復し、研究が進むことで新たな魔力の運用方法魔術を見つけ、実験する。


 永久機関の完成――


「おい、クーグルン――」


 思索に沈んでいた意識が、父の声に応じるかのように浮上する。


 ……あっ、やばい。


 考えるのに夢中で、今まで何をしていたのかすっかり忘れていた。


 俺は姉のヴァイゲを食べ、美味しいと伝えたのだった。

 そしてそれは・・・問題なかった。

 

 問題は今・・・・

 父が俺の言葉の後に、ヴァイゲを食べてしまったこと。


 魔術の扱えない人間・・・・・・・・・が、魔力を回復させる食・・・・・・・・・べ物を口にしてしま・・・・・・・・・った・・ことだ。


「とーさん! だいじょう――」


「俺のヴァイより、ずっと美味えじゃねえか!

 やっぱり俺の娘は天才だなあ!」


 俺の言葉を遮る、破顔と称賛。


 父は力強く、姉を抱きしめる。

 

 それはまるで姉のヴァイが、どれだけ美味しかったかを体で表現するかのように。


「お父さん、苦しいよー!」


「あっはっはっは! 悪い悪い!」


 苦しくも嬉しそうな姉と、その言葉に抱擁を解く父。


 姉が思春期に入って、この抱擁を嫌がったら、この父はきっと泣く羽目になるのだろう。


 ……それにしても、無事でよかった。


 父を集中して見る・・・・・・・・


 姉よりもずっと小さい、だが確実に存在する白光・・・・・・・・・

 魂あるいは魔力。

 姉と俺にだけあると思っていたものは、他の人たちの中にも存在している。


 いつもよりも少し大きい気がするのは、このヴァイゲを食べた影響だろうか。


 魔術の使えない父と母。

 そんな人たちが、魔力有りのこのヴァイを食べたらどうなるのか。


 かなり心配していたのだが――


 ……どうやら杞憂で済んだようだ。


「かーさん、だいじょうぶそうだ。たべよう」


 母に魔力の薄いヴァイゲを差し出して、自身は2番目に魔力濃度の高い最も成長したヴァイゲを食べる。


 ……美味い。


 魔力の濃淡は、味の濃淡にも関わりがあるらしい。

 こちらのヴァイゲは、最初に食べたものより味が濃い。

 どちらも美味しいが、個人的にはこちらの方が好みかもしれない。


「やっぱり、魔力が濃い方が沢山回復するんだねえ」


 モグモグと、いつの間にか姉は、最も魔力の多いヴァイゲを食している。

 姉が匙を口へと運ぶごとに、その魔力はみるみる回復していく。


「ねーさん、だいじょうぶそう?」


「うん、美味しいよ! 魔力大回復!」


「ルンちゃんもどうぞ」と差し出された、最も輝く魔力濃度の高いヴァイゲを、


「薄いのでこんだけ美味いなら、こっちはもっと美味いよな!」


 横から父が食す。


「「あっ」」


 薄いヴァイゲは美味しく食べられたが、濃いものも同じとは限らない。

 

 ……徐々に濃いものを食べてもらうつもりだったのに。

 

 母もそうだが、父もどうして俺たちが大丈夫そうだからと言って、いきなり濃いものを食べようとするのか。

 二人とも、もう少し慎重に生きて欲しい。


「おい、滅茶苦茶うめえぞ⁉ 俺の娘天才過ぎじゃねえか⁉」


 まあ美味しかったのなら良かったと、そう思っていたのだが、


「いや、マジで天才だわ!

 もうクーグルンはあれだな! 天使だな!

 クーグルン最高! レッツクーグルン!」


 ……どうやら美味しいだけでは、収まらなかったようだ。


 父の顔がみるみる朱に染まっていく。


 試しに魔力を見てみると、父の白光は何倍にも膨れ上がり、煌々と燃え上がっている。

 

 ……なるほど。

 

 程よい魔力量のヴァイなら、魔術を扱えない人にも良いエネルギーになるが、過度に摂るとこうなるのか。


「クーグルン様あぁぁぁぁぁ!」


 いつも以上におかしい、父のテンション。

 座っているはずなのに、その頭は右へ左へ大きく揺れている。


「かーさん、こっちはたべないほうがいい」


 言うなればお酒に酔った状態に近い。

 魔力を過剰に摂取すると、そうなってしまうようだ。


「えっ⁉ もう食べちゃった!」


 母への制止は既に遅く、母はもう魔力の濃いヴァイゲを食べてしまっていた。


 ……まずい。


 このままでは、母が父と同じ醜態をさらすことになる。


 集中して母を見ると――


 ……あれ?


 母の白光の輝きは、ほんの少し増す程度。

 父ほどの大きな変化はない。


 それは身体的にも同様のようで、顔色もいつも通り。

 むしろ肌艶に至っては、もっと良くなっている気がする。


「へいきなの?」


「ええ平気よ! それにしてもさすがクーちゃんね! とっても美味しいわ!」


「えへへへへ」


 母は満面の笑みで、姉を撫でまわしている。


 ヴァイによる魔力の摂取――あるいは回復――にも、どうやら個人差があるらしい。


 俺も魔力の最も濃いヴァイゲを食べてみる。


 味は最も濃く、やはり魔力の回復量も圧倒的だ。


 ……これはまた検証が必要だな。


 美味しさと回復量。

 そして限度を超えると、魔力に酔う父のようになる場合もある。


 今後このヴァイは、個人個人でその適量の境界線を探していかなければならないのだろう。


 ……でも、良かった。


「ねーさん、よかったな。だいせいこうだ」


「うん! ありがとう、ルンちゃん!」


 ヴァイの様な黄金の笑顔。


 姉の初めてのヴァイ作りは、改善点も今後の課題も、諸々ありはするのだが――


 ……姉の素晴らしい笑顔が見られただけでも、大成功だと思うのだ。

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