第15話 過剰変態


大衆向けの婦人服店。

早々と夏物が置かれ始めている。


「霊美ちゃん、どんな色がいい?」

「好きな色は…ピンクとか黄色なのだけど…」


これはまたポップな色。


「わかるの、私には似合わないって」

「うーん、確かに今の髪型のままだと

印象が暗めになるから、

少し短くするかゆるふわにすると

その色の服と合うかもだけど、

白い肌に黒のロングも捨てがたい…」

「…ふふ」

「笑ったぁ〜」

「いえ、私のことなのに、

私以上に考えてくれてて…」

「そりゃそうだよ、好きな人のことなんだから」

「好きな…」

「あごめん、アクセル踏みすぎちゃった」

「いえ、そういうのもっとちょうだい」

「…好き」

「…私も好き」


この流れは…。


「さ、さすがにやめとこっか」

「ええ、一々トイレに行っていたら

日が暮れてしまうわ」


改めて服を見る。


「これとかどう?」

「黄色のワンピース…少し幼気かしら」

「…正直に言うよ霊美ちゃん」

「え、ええ」

『ゴクリ』

「服って着る人が来たらなんでも似合うの。

だから霊美ちゃんなら何着ても似合うと思うの」

「そ、そう…?」


満更でもなさそうな顔。


「一旦試着してみよ?」

「そうしてみようかしら」

「あ、なら他の服も何着か持ってこ」

「そうね、なるべく違う系統の…これとこれを」


タイトなジーンズと淡い水色のワイシャツ、

レースの着いたピンクのブラウスに

黒いスカートを持ち出した。


「試着したいでーす」

「あちらをお使いくださーい」

「じゃあ…」

「うん」

『シャッ』


カーテン一枚で、二人は隔たれた。


『カサカサ』

『スッ』


衣擦れの音だけが聞こえる。

このカーテンの向こうで霊美ちゃんが…。

ハッいけないいけない。


「サイズどう?」

「まだ着れてないわ」


ということは、裸。

カーテンを握ろうとする右手と、

それを遮る左手で聖戦が勃発している。

おかしいな。

私ってこんなに変態だったっけ。


『シャ』

「ッ!」


唐突にカーテンが開いて思わず引いてしまった。


「どう?」

「おお…」


元はただの黄色いワンピースだったのに、

霊美ちゃんが着ると、

金色くらいゴージャスに見え始める。

私が言っていたことは正しかったようだ。


「すっっごくいい!清楚で…ゴージャス」

「褒めすぎよ…」

「だって本当のことなんだもん、で…買う?」

「そうね、沢山褒められたし、検討しようかしら」

「よしっ」

「何ですみれさんが喜ぶのよ」

「えへへ」

『シャッ』


また着替え始める。

この時間がもどかしく、それ故にドキドキする。

今回は衣擦れが多めで、

聖戦の趨勢が右手に寄りつつある。


『シャッ』


助かった。


「どう?」

「おほ…」


我ながら気色の悪い声を出してしまった。

先程のタイトなジーンズに

淡い水色のシャツの組み合わせ。

白い肌と細腕、長い髪が組み合わさり、普段インドアなお姉さんが頑張って外に出ているという、

健気な雰囲気が醸し出される。


「いい…ポニーテールとかにしたら、

かなり大人っぽくなる…いやもうこれは大人…」

「口調が変わってないかしら」

「ああ、失礼」


高校デビューしてオタクを封印したのに、

霊美ちゃんを前にすると

限界が来て綻びが生じてしまう。

気をつけないと。


「もうすぐ夏だから、

実用性も考えてこういうのは持っておくべきよね」

「うん、普通にそう思う」

「これも買うわね」

「そうしよ」

『シャッ』

「くっ…静まれ私の右手…」


厨二病みたいな台詞だが、

非常に切羽詰まっている。

負け…そう…。


『チラッ』

「あ」


思わず声を出してしまった。


「ッ!?どうしたのすみれさん、覗き?」

「いやあその…幽霊が」


黒いもやが、

ちょうどよく霊美ちゃんの体にかかっている。


「この…試着室に?」

「うん」

「その…着替えてからでいいかしら?」

「分かった」


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