第4話

ガンジス川のほとりでの日々が真紀にとって再生のプロセスそのものであった。彼女は川の流れに耳を傾け、そのリズムに合わせて自分の心を整えていった。ある朝、タナカさんから「もっと深くこの地の文化を理解するために」と、地元の寺院で行われる特別な祈りの儀式に招かれた。


寺院は古い石造りで、長い歴史を感じさせる荘厳な雰囲気が漂っていた。入口をくぐると、香の香りが漂い、静寂の中にある神聖な空気が真紀を包み込んだ。中庭には、多くの信者たちが集まり、静かに祈りを捧げていた。儀式の中心には、大きな火が焚かれ、その周りには多くの花と供物が捧げられていた。


タナカさんは真紀を案内しながら、「ここでは、全ての痛みや悩みを火に捧げ、浄化する儀式が行われるのです。あなたも、心の中の痛みをこの火に託してみてください」と優しく言った。


儀式が始まると、高僧が深い声で経文を唱え始めた。その声は、ガンジス川の流れのように穏やかでありながら力強く、真紀の心に直接響いてきた。経文の響きが寺院の石壁に反響し、その中で真紀は自分自身の中にある様々な感情を感じ始めた。


「ここにいる全ての人々が、それぞれの痛みを抱えながらも、希望を見つけようとしている。」真紀はそう感じた。彼女の目には涙が浮かんだが、それは悲しみの涙ではなく、浄化の涙であった。


祈りが進む中で、真紀は自分の中に浮かび上がる過去の出来事に向き合った。夫との思い出、彼を失った時の痛み、その後の孤独と絶望。全ての感情が、経文の声と共に蘇り、次第に心の中で整理されていくようだった。


「私の心の中のこの痛みを、ここで手放すことができるだろうか。」真紀はそう考えながら、深く息を吸い込んだ。


祈りの儀式が終わると、高僧は静かに手を広げ、信者たちに向かって祈りを捧げるよう促した。真紀はそっと手を合わせ、自分自身の心の中で祈りを捧げた。


「この火が、私の全ての悲しみを浄化し、新たな希望をもたらしてくれますように。」


タナカさんが近づいてきて、静かに言った。「この儀式は、過去の痛みを浄化し、再生の力を与えるものです。あなたもここで新たな一歩を踏み出すことができるでしょう。」


真紀は目を閉じ、深い呼吸をしながら、心の中で夫との思い出を振り返った。彼女の中にある全ての愛と悲しみを受け入れ、そしてその全てを手放す決意を固めた。


儀式が終わった後、真紀は寺院の裏庭にある小さな池のほとりに腰を下ろした。彼女は池の静かな水面を見つめながら、自分の内面と対話を始めた。過去の出来事、夫との思い出、そして自分自身の弱さや強さについて深く考えた。


「夫の死は、私にとって避けられない現実だった。でも、その現実と向き合うことで、私は自分自身を再発見することができた。」彼女は心の中でそう呟いた。


その時、彼女の耳に宇多田ヒカルの『Deep River』の旋律が浮かんできた。その音楽は、彼女にとって癒しの象徴であり、再生の力を与えてくれるものだった。


真紀は池のほとりで静かに瞑想を続けた。その旋律は、彼女の心の中で永遠に響き続ける『Deep River』のメロディと共に、新たな人生の一歩を支えてくれるものだった。


「私は、このガンジス川のように流れ続けることができる。」真紀はそう決意し、立ち上がった。彼女は再び歩き出す準備が整ったのだ。

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