Days29 焦がす

「苦いカラメルかかったプリン食いてえな」


 という彼の一言からまたわたしの家のキッチンでお菓子作り教室が始まった。


 我が家の冷蔵庫では卵と牛乳は常備されているが、主婦である母の許可なく勝手に使うのは申し訳ないということで、スーパーで別途調達して帰宅する。母は今日もボランティアのご老人の傾聴に行っていて留守だった。あの人は専業主婦なのに毎日何かしら用事があって日中はずっと出掛けている。


 彼が言うには、プリンを作るのは比較的簡単らしい。マグカップと大きなタッパーさえあればできるというのだ。我が家にはマグカップがたくさんあるし、料理好きの母が道具を揃えたキッチンにはたいていのものがあるので、なんとかなるだろう。


「では、今日は洗い物の節約と工程の省略を念頭に置いて、全部電子レンジでの作業ということで」

「はい」


 まずは牛乳と卵と砂糖をボウルに入れ、泡立て器で掻き混ぜる。均一なクリーム色になったら、茶こしを使って卵白のだまを取る。マグカップに注ぐ。大きなタッパーにお湯を注ぎ、プリンのたねを入れたマグカップをタッパーの中に並べて擬似的な湯煎の状態を作る。


 その間にカラメルソースを作ろう、ということになって、小鉢に砂糖と水を入れた。


 電子レンジで一分、チン。


 過熱完了の合図の音がする前に、レンジの中から、バリン、というすごい音がした。


「触るなよ」


 わたしにそう言いながら、彼がレンジの戸を開ける。


 中ではまっぷたつに割れた小鉢が無様な姿をさらしていた。


「なんでだ……なぜ耐熱容器ではない……?」

「いや、その……加熱すると割れる食器があるという認識がなくて……」

「そっか……悪かったな、俺の監督不届きだ」

「ちょっと、どうしてあんたに監督されないといけないの?」

「雪は人生におけるすべての物事について俺に確認して許可を取るようにな」

「なにその亭主関白! もう嫌い!」


 しかし結局彼が鍋つかみを使ってレンジから割れた小鉢を取り出して片づけてくれたので、わたしはあまり文句を言えなかった。本当に、わたし、この人におんぶにだっこでないと生きていけないかもしれない……。



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