Days14 さやかな

 わたしは映像作品があまり得意ではない。大きな音や目まぐるしく動く画面が苦手だからだ。

 どうも神経が過敏なところがあって、特に聞き慣れない音が耳に入ってくるのが嫌だった。意識のすべてがそちらに向かっていき、集中力が四散するどころか、パニックを起こして叫びたくなる。実際にはもう何年もそんな状態に陥ったことはないのだけれど、そういう子供だった頃のことを思い出して不安になってしまう。


 対する彼は映画が好きで、映画館で一日に三本見ることもあるらしい。お互い休日に何をしているかなんて細かく把握しているわけではないので、後から聞いてびっくりすることがある。彼はわたしが映像作品を好まないことを知っているから、わたしを映画には誘わない。わたしたちには映画デートというものはない。でも、そこのところを束縛するのは違うと思うので、行きたいなら行ってきなさい、とだけ言って他には何も言わない。


 彼が映像作品を好んでいるのも子供の頃からの刷り込みだ。わたしたちが子供の頃にはDVDのレンタルというサービスを提供しているお店があって、彼の兄が一度にまとめて十枚ぐらい借りてきては弟妹に見せていたらしいのだ。

 彼の家はあまりにも貧しくて、サブスクという固定費にお金を払うのに抵抗があったのだそうだ。本当に貧しいと、一ヵ月980円のアニメドラマ見放題より、十枚1100円のDVDを一週間レンタルするほうがいい、と思い込んでしまう。それが、彼の兄の思想だった。とても貧しいというのは、そういうことを言う。


 時が流れて、彼の家にもアマプラが導入され、芸能人になった彼の兄が出てくる映画を好きな時に見られるようになった。でも、めったに動画を見ないわたしにはよくわからないのだけど、世の中には動画配信サイトがたくさんあって、我が家で契約しているネットフリックスというやつでないと見られない作品もあるらしい。彼がそれをどうしても見たいと言うので、今日はわたしの家のリビングでネットフリックス制作オリジナルドラマなるものを見ることになった。自宅で見る分にはわたしも安心だ、好きな時に止めたり立ち上がったりできるし、音量も調節できる。


 お父さんは仕事、お母さんは日舞の教室で留守にしているので、二人でソファに並んで座ってテレビ画面を見つめる。65インチの我が家のテレビ、彼は大きいと大喜びなのだけど、それこそお兄さんに買ってもらいなさいよ、あなたの家は小さな甥姪が一日じゅうYouTubeの幼児向けチャンネルを流しているのだから。


 テレビ画面をつけ、部屋のライトもつけて明るくする。外はまだ日が落ちていなくてさほど暗くはないのだけど、二時間一本を見終わる頃にはさすがに暗くなっていることだろう。真っ暗な部屋で二人でいると、両親が帰ってきた時に何を言われるかわからない。


 彼が勝手知ったる顔でリモコンを操作する。


 そしてふと、わたしの顔を見る。


「雪ちゃん」


 彼の大きな手が、わたしの頬をつまむようにして触れた。


「こうしていつもと違う角度で電気が当たると、雪ちゃんのおめめが明るく透き通ってて綺麗だ。黒目にハイライトがあって、白目は赤ちゃんみたいに青い」


 わたしはびっくりしてしまった。急に何を言い出すのだろう。

 どう反応したらいいのかわからなくて固まっていると、彼は興味を失ったように顔を背け、リモコンを操作してお目当てのサムネイルを探し始めた。

 何だったんだろう、今の。





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