ヴェステリア王国と親衛隊【十】
グリス陛下との賭けに見事勝利した俺たちは――その後ヴェステリア城へ帰り、陛下と会談の場を持つことになった。
現在、玉座の間には沈痛な面持ちで玉座に腰掛けるグリス陛下。
城内の医務室で手当を受け、各所に包帯を巻いたクロードさん。
それから俺とリアの四人のみが集まっている。
すると先ほどから心配そうに俺の体を見ていたリアが、ポツリと口を開いた。
「ねぇ、アレン。その体……本当に大丈夫なの?」
「あぁ。どこも痛くないし、多分大丈夫だと思うぞ」
ヴェステリア城に到着してすぐに、俺とクロードさんは医務室へと運び込まれた。
彼女は最後の自爆が響いたようで、体のあちこちに打撲と裂傷があり、一週間は安静にするよう言い付けられていた。
その一方で俺は、体中のどこを探してもかすり傷一つ見つからず、何の処置も受けないまま帰された。
(確か最初の方に、いくつかの傷を負ったと思ったんだけれど……)
けど現実には、俺の体には何の傷跡もない。
(うーん……。不思議なこともあるもんだな……)
俺がそんなことを考えている間も、
「……」
「……」
陛下とクロードさんは一言も言葉を発しなかった。
玉座の間はシンと静まり返り、重苦しい空気が流れる。
このままずっと黙っていても仕方が無いので、俺から話を振ることにした。
「グリス陛下。昨日も申し上げました通り、大きな誤解が――」
「――よい、みなまで言うな」
そう言って彼は、俺の話を遮った。
相も変わらず、全く話を聞いてくれない人だった。
「ちょっと、お父さん! アレンの話をちゃんと聞いてよ! というかその前に、あの『ふざけた剣』はなんなの? しっかりと説明してほしいんだけど?」
リアは溜まった不満を一気に吐き出すように、矢継ぎ早にそう問い詰めた。
「あ、あれはだな……。その……っ」
「なに?」
凍てつくようなリアの視線を受けた陛下は、
「……ゴホン。ときにアレン=ロードルよ」
彼女の追及から逃れるために、こちらに話を振ってきた。
「な、なんでしょうか?」
国王陛下の呼びかけを無視するわけにはいかない。
俺がとりあえず返事を返すと、
「ちょっとお父さん、都合のいいときにだけアレンを利用しないでくれる?」
額に青筋を浮かべたリアは、淡々とした口調で陛下を問い詰めた。
「ま、まぁまぁ、リア。俺はもう気にしてないから落ち着いて……な?」
「アレンがそう言うなら、私は黙るけど……。アレンはいつも優し過ぎよ……」
彼女は不平を漏らしながらも、ひとまずは落ち着いてくれた。
すると、
「……認めよう」
陛下は目をつぶり、静かにポツリと呟いた。
「お前とリアの……。こ、恋人関係を認めてやろう……っ」
「「……え?」」
俺とリアは同時に顔を見合わせた。
聞き間違えでなければ、陛下は今『主従関係』ではなく『恋人関係』と言った。
「ぐっ……何度言わせるつもりだ! お前たち二人の恋人関係を認めてやろうと言っているのだ……っ!」
彼は激昂して立ち上がると、ギロリと俺を睨み付けた。
「あ、ありがとうございます……っ」
「あ、ありがと、お父さん」
ひとまずお礼を伝えた俺たちは、揃ってクロードさんの方を見た。
こちらの視線に気付いた彼女は、プイと視線を明後日の方へそらす。
(クロードさん……)
どうやら最初に陛下へ報告する際に『奴隷』という言葉は伏せ、恋人という形で伝えてくれていたようだ。
(でも、そう考えると……。この人は娘に恋人ができたというだけで、あそこまで怒り狂っていたのか……)
ちょっと過保護過ぎではないだろうか……?
一瞬そんな考えが脳裏に浮かんだが、すぐにそれは軽率な考えだと切り捨てた。
(まだ学生の俺では、娘を持つ父親の気持ちなどわかるわけがない……)
陛下のことを『過保護』と決めつけるのは、あまりに早計だ。
俺がそんなことを考えていると、
「だがな! 全てを認めたわけではない! 清く美しい交際関係を認めただけだっ! 決して、決して……肉体関係を認めたわけではないからなっ!?」
陛下はそんなとんでもないことを口にした。
「も、もちろんですよっ!」
「ちょ、ちょっとお父さん! 大きな声で何を言ってるの!?」
俺とリアは顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「……ならばよい。だが、とにかくこれだけは忘れるな、アレン=ロードル? 儂は貴様を認めたわけでもなければ、リアが恋人を作ることに納得したわけでもない!」
陛下はさらに続ける。
「当然、明日には千刃学院へと帰ってもらうつもりだ! ――クロード!」
「はっ! いつでも出立できるよう、既に専用機の準備は整っております!」
「うむ、よくやった」
クロードさんの返答に満足した陛下は、深く頷いた。
どうやら俺は、明日の朝には千刃学院へ帰されるらしい。
(……俺は今、夏休み中だよな?)
ここ数日、飛行機を乗り回して世界中を飛び回っている気がする。
(下手をすれば……。いや……これはもう断言していいだろう)
普通に学院へ通っているときよりも遥かにハードな毎日を送っていると。
(あぁ……。早く夏休みが終わらないかな……)
そんな普通の学生と真逆のことを考えながら、俺はリアと一緒に玉座の間を後にしたのだった。
■
アレンとリアが立ち去り、静かになった玉座の間でグリスは大きくため息をついた。
「くそ、もっと直接的な『仕込み』をしておくべきだった……っ。覚えていろ、アレン=ロードル……っ! 次の機会は劇薬なんぞではなく、爆薬を仕込んでくれるわ……っ!」
アレンへの怒りをたぎらせる彼は、硬く握った拳を玉座に叩き付けた。
彼の荒れた様子を目にしたクロードは、腹の底から絞り出すようにして口を開いた。
「……申し訳ございません、陛下。リア様専属の親衛隊隊長を任されながらこの失態。……いかなる罰をも受ける所存でございます」
しおらしく頭を垂れるクロードを見たグリスは、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「クロードよ。あのとき、いったい
絶対的優位な状況にいたクロードが、突如<
するとクロードは「言い訳がましく聞こえるかもしれませんが……」と前置きしたうえで、はっきりと言い切った。
「あの判断に関しては――間違いなく
「ふむ……続けろ」
「もしもあそこで私が判断を誤り、アレン=ロードルに斬り掛かった場合……。私はおそらく――いえ、確実に
彼女の口から飛び出した予想外の発言にグリスは目を剥いた。
「ど、どういうことだ? わかるように説明をしろ!」
「はっ! 私の剣が彼を切り捨てんとしたあのとき、試合中は微塵も感じなかった彼の霊核が一瞬だけ表層に出てきました。白い髪の凶悪な顔をした男――今、思い出しただけでも身の毛がよだちます。
彼女の真に迫った声は、玉座の間に大きく響いた。
「ぬぅ……。お前がそこまで言い切るほどの霊核か……。私見で構わん。その『格』のほどを述べてみろ」
そう問われたクロードは、逡巡しながらも重たい口を開いた。
「……最低でも、リア様の
「そ、それは現在の封印状態と同格ということか!? それとも『覚醒した原初の龍王』と同格ということか!?」
「……覚醒した原初の龍王と同格でございます」
これにはたまらず、グリスは立ち上がって声を荒げた。
「ば、馬鹿な!? あんな小僧の中にそれほどの霊核が……っ!? クロード、お前の勘違いではないのか!?」
「陛下……大変申し上げにくいのですが、
「……っ!? ……じょ、冗談や嘘ではないのだな!?」
「はい……っ」
クロードの真剣な顔つきから、今の話が真実であると理解したグリス。
「まさか、そんなことが……っ」
彼はブツブツと何事かを呟きながら、玉座に深く座り込んだ。
「……そう言えば。あやつとリアの恋人関係をリークしたのは、確か
「はい、その通りでございます」
するとグリスは顎に手を添え、思考を巡らせた。
「なるほどな……っ。……あの小娘、
「……?」
発言の意図を理解できなかったクロードは、黙って首を傾げた。
「わざとこちらに情報を漏らして儂を誘い、アレン=ロードルという
(くそ、
「とにかく――あちらが原初の龍王クラスの手札を持っている以上、こちらも国防を強化する必要がある!」
「おっしゃる通りでございます」
「
「はっ! 先ほど受けた報告によると、ヴェステリア王国内で発見された
「首謀者である黒の組織は?」
「残念ながら、そこは既にもぬけの殻だったようでして……。製造されたはずの大量の霊晶丸、首謀者である黒の組織の行方は、全く掴めていないとのことです」
「ぬぅ……。逃げ足の速い奴め……っ」
大きく舌打ちをしたグリスは、すぐに思考を切り替えて次の命令を下す。
「……まぁよい。二人……いや、三人ほどヴェステリア城へ帰還させ、残りは引き続き黒の組織を追うようにと連絡しておけ」
「はっ、かしこまりました!」
グリスの勅命を受けたクロードは、すぐさま行動に移した。
広い玉座の間にただ一人残ったグリスは、その立派な髭を揉みながら思案にふける。
「原初の龍王クラスの霊核、か……。アレン=ロードル、あやつもしや……。いや、これは考え過ぎか……」
■
グリス陛下との会談を終え、玉座の間から退出した俺は、ようやくホッと一息をつくことができた。
「ふぅ、助かった……。クロードさんには感謝しないとな」
もしも彼女がリアとの主従関係をそのまま報告していたら……多分、もっと面倒な事態に発展していただろう。
だけど、
「うーん、お父さんにあることないこと吹き込んでいたようだし……。素直に感謝はできないわね……」
リアはあまり納得がいっていないようで、腕組みをしながら少し不満を漏らしていた。
「あはは、手厳しいな」
「さっきも言ったけど、アレンはちょっと優し過ぎよ? ……そこがいいところでもあるんだけど」
二人でそんな話をしながら、俺たちは一度城から出た。
すると、
「ね、ねぇ……アレン。お父さんは私たちのことを……こ、恋人同士だと思っているんだよね……?」
リアは恐る恐るといった様子で、確認するように問うてきた。
「さっきの話だと、そうみたいだな」
「だったら、その……『恋人らしいこと』とかしておかないとさ……? ちょっと不審に思われたりしないかな?」
「……なるほど、確かにそれはあるな」
俺が頷いたその瞬間、
「で、でしょ!?」
何故か彼女は、食い気味でそう言った。
「あ、あぁ……。でも、恋人らしいことって……なんだろう?」
あまり大っぴらに言えることではないが、俺はこれまで女性と付き合った経験が一度も無い。
というか、男女問わず同年代の友達ができたのだって、千刃学院に入ってからが初めてだ。
「じ、実は私、いい案があるんだけど……聞いてくれる?」
「あぁ、ぜひ聞かせてくれ」
すると彼女は何故か深呼吸をして、呼吸を整えた。
そして、
「そ、その……で、デートしよっか……?」
リアは頬を赤らめ、はにかみながらそう言った。
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