黒白の王女と魂装【三】


 現在、


「……」


「……」


 俺はリアさんと彼女の部屋で二人っきりだった。


「……」


「……」


 ワインレッドの絨毯に座り込み、二人して黙り込んでいる。


 息苦しさを感じる沈黙が続く。


 時計の秒針が一秒また一秒と時を刻む音が、嫌に大きく聞こえた。


(……どうしてこうなった)


 互いの人権を賭けたあの決闘の結果、彼女は俺の奴隷になった。いや、なって・・・しまった・・・・


(一国の王女が、他国へ留学中にどこぞの誰とも知らぬ輩の奴隷になった。もしこれが彼女の母国にバレてみろ……。面倒くさいなんてレベルじゃない――とんでもない騒動が起きるぞ……)


 正直……もう本当に勘弁してほしい。


 どうして俺がこんな目に遭わなくてはならないんだ……。


(はぁ……)


 何度目になるかもわからないため息を心の中でつく。


 あの決闘の後、レイア先生は「奴隷はちゃんとご主人様に全てを捧げないとな!」と言って、半ば強引に俺たちをここに連れて来た。


 そして「明日にはアレンの荷物を全部こっちに運ぶ予定だから、そのつもりでな!」と言ったきり、どこかへ行ってしまった。


 本当に嵐のような人だ。


(……でも、学院の規則や世間一般の常識に照らせば、レイア先生の行動は間違っていないんだよな)


 そう。

 一見すると、彼女は好き勝手にやっているように見えるが、実際は決闘の立会人としてごく当然のことを淡々とこなしただけだ。


 そもそも『決闘』とは互いの誇りをかけた真剣勝負であり、両者が事前に定めた条件・約束は剣士として決して違えてはならない。これを破るような軟弱者は剣士ではなく、人の道を外れた畜生だ。


 これは初等部の剣術学院で最も初めに習うことであり、おそらくこの国の――いや、世界中の剣士が心に刻み込んでいることだ。


 事実、ドドリエルだってきっちりと約束は守った。


 あのプライドの高い男が頭を下げ、しっかりと俺と母さんへの暴言を撤回・謝罪した。


 それほどに決闘での約束は、重たい意味を持つのだ。


(だからこそ、今のこの状況がしんどいんだよな……)


 リアさんの性格上、俺が「奴隷契約は無かったことにしていいですよ」と言ったところで「ありがとう!」と素直に引き下がるわけがない。


 もし彼女がそんな性格ならば、あのときレイア先生に「決闘に負けた」という事実を握り潰してもらっていたはずだ。


 つまり、この奴隷契約を解除するためには、彼女が決闘で俺に勝利するしか方法は無い。


(だけど、今はそれももう難しい……)


 リアさんの攻撃パターン。

 攻撃や回避の癖。

 戦闘時の思考回路。


 そういった戦闘における大事な要点が、先の戦いで俺に露呈してしまった。


 たとえ彼女に隠し玉の一つや二つがあったとしても――苦戦はするだろうが、現状俺が負けることは考えづらい。俺にだって、隠し玉の一つや二つぐらいあるのだ。


(はぁ……。もういっそのこと、わざと負けるか……?)


 一瞬そんな馬鹿な考えが脳裏をよぎったが、俺はすぐさま首を横に振った。


 それはさすがに駄目だ。


 俺も剣士の端くれだ。


 決闘でわざと負けるなんて、そんな剣士の道から外れたことはできない。


 そんなことをすれば、母さんにもポーラさんにも顔向けできなくなる。


(……これからどうしようか)


「どうしよう」と言うものの、現状どうすることもできないのだから、正直頭を悩ませるだけ時間の無駄だ。


 ようやく「現状何をしても無駄」という結論に行き着いた俺は、リアさんに気付かれないよう部屋の中を見回す。


(……意外と可愛らしい部屋だな)


 彼女の部屋は基本色に白、アクセントにピンクで整えられた統一感のある――とても女の子らしい部屋だった。


 彼女は王族だから、もっとシャンデリアや豪奢な調度品を持ち込んでいるかと思ったけれど、そういったものは特に見当たらない。


 ごく普通の――可愛らしい女の子の部屋だ。


(それに……なんだかいいにおいがする)


 香水とも洗剤とも違う。


 もちろんむせかえるほどの強さは無く、意識を集中させるとほのかに香ってくるような優しくて自然なにおいだ。


 そうして簡単にグルリと部屋を見回したところで、少し気になるものを見つけた。


(へぇ……ぬいぐるみが好きなのか)


 ベッドの枕元には、クマとカバの可愛いぬいぐるみが置かれてあった。


(ふふっ、可愛らしいところもあるんだな)


 そうして俺が彼女の部屋を観察していると、


「は、恥ずかしいから、あまりジロジロと見ないで……ください」


 彼女は顔を少し赤らめながら、ポツリとそう言った。


 最後に敬語をつけているのは、彼女が俺の奴隷ということになっているからだろう。


「ご、ごめん……っ」


 ひとまず俺は平謝りした。


 あまり他人の――それも年頃の女の子の部屋をそうジロジロと見るべきではない。


 そんなことぐらいは、俺にもわかる。


 しかし、これは大きな成果だ。


 この部屋に来て初めて意思の疎通に――会話に成功した。


 会話熱のようなものが冷めてしまわないうちに、俺は自分から話しかけることにした。


「あの、さ……」


「な、なんでしょうか……?」


「なんというかその……敬語は、やめにしませんか?」


 正直、リアさんに敬語は全くと言っていいほど似合わない。


 これは多分、俺がつい先ほど彼女の『素』を見てしまったからだと思う。


「……ご主人様に対して、奴隷の私が敬語を使わないのはおかしいと思います。それに……私にだって剣士としての意地と誇りがあります。約束を違えることはできません」


 そう言って彼女はそっぽを向いた。


 思っていたよりも、ずっと頑固な人だった。


(そう言われてもな……。これからある程度の共同生活をする以上、こんな風にずっと敬語で喋られても息苦しい……)


 正直なところ、俺は別に彼女のことが嫌いではない。


 むしろいい友人として仲良くやっていけたらいいな、と思っているぐらいだ。


 確かに口は悪く、人に良く見られようと猫をかぶるところもあるけれど――今のように決闘の約束をしっかりと守り、剣士としての矜持きょうじも持ち合わせている。


 いろいろとあって今はあまり関係が良好とは言えないが……今後は仲良くしていきたい。


(それに……彼女は魂装も使えるしな)


 魂装を発現するコツのようなものとか、ちょっと聞いてみたいという思いもあった。


(彼女と仲良くなるためにも、まずは敬語をやめてもらう必要があるな)


 言葉は行動や関係を形作る。


 彼女が敬語を使い続けているうちは、どこか他人行儀な感じがして仲良くなることは難しい。


 しかし逆に、敬語さえ取り払ってしまえば、意外とすぐに距離は縮まってくれると思う。


 敬語が無くなってタメ口になれば、それに行動や考え方も引っ張られて対等に接してくれるようになるかもしれない。


(この頑固で強情なリアさんから、敬語をやめさせるには……アレしかない、か)


 少しだけ強引な手法になってしまうが、今回ばかりは仕方ない。


 俺は彼女の目を真っ直ぐ見て、少し強めの語調でこう言った。


「そうだな……。じゃあこれは命令・・だ。今後、俺に対して敬語を使うことを禁止する」


「そ、それは卑怯じゃないですか……っ!?」


 彼女がこうして反論することは予想の範囲内だ。

 だから、俺は事前に準備していた回答を口にする。


「奴隷の嫌がることを無理やりさせるのも、主人の権利の一つじゃないか?」


 少し屁理屈ではあるが、筋は通っている。


 すると、


「……わかりまし……ゴホン。――わかったわ。でも、本当にいいのね? 命令の撤回はできないんだからね?」


 リアさんは念を押して確認してきた。


「あぁ、それでお願いするよ」


 彼女には敬語は似合わない。


 やはり今のように砕けた口調の方がいい。


「だったら、アレンも敬語使うのやめなさいよ。……なんか気持ち悪いじゃない」


 彼女は少しだけ頬を赤くしながらそう言った。


「そうか? だったら、遠慮なくそうさせてもらうよ」


 俺もあまり敬語が得意では無い。


 王女であるリアが許してくれるのならば、お言葉に甘えさせてもらおう。


 とにかく無事に敬語を無くせたところで、ちょっとした話を振ってみることにした。


「それにしても……入学早々とんでもないことになったな」


「ふん、いったい誰のせいなのかしら……?」


「それは……微妙なところじゃないか? 確かに見てしまった俺も悪いけど、男子更衣室で着替えていたリアにも落ち度はあると思うぞ」


「……え、何を言っているの? あたしはちゃんと女子更衣室で着替えてたわよ?」


「……は? いや、そんなわけはない。あそこは間違いなく、男子更衣室だったぞ」


「う、うそ!? でも、あたしも入る前にちゃんと確認したわよ!?」


 いや、俺が入った段階では、あそこに男子更衣室の掛札が掛かっていたのは間違いない。


 彼女の……その、アレを見てしまった後、俺はしっかりあそこが男子更衣室であることを確認した。この記憶に間違いはない。


 すると何かに気付いたのか、リアがハッと口を開いた。


「もしかして……レイアの仕業?」


「……あり得るな」


 よくよく考えてみれば、あのときレイア先生の登場はあまりにタイミングが良すぎた。


 それに今思えば彼女は「何かおもしろそうなことが起こる予感がしたのでな。近くで張り込んでいたんだよ!」とも言っていた。


 何が目的かは知らないが、今回の件に一枚噛んでいるのは間違いないだろう。


「くぅー、やられたっ! でも何で!? 何が目的なの!?」


「目的はわからないけど……あの人が一人の人間として大きな問題があることだけは、今日一日でよくわかったよ」


 そうして、


「「……はぁ」」


 二人同時にため息をついた。


「……ちょっと、マネしないでよ」


「いや、俺の方がコンマ数秒早かったぞ?」


「いやいや、私の方が――」


 それから俺とリアは、たわいも無い話を楽しんだ。


 俺の思った通り、敬語が無くなったことで二人の距離はグッと近付いた気がする。


 すると部屋の掛け時計がゴーンゴーンゴーンと鳴った。


 見れば既に夜の十一時。


 そろそろ明日に備えて寝る時間だ。


「あー……もうこんな時間か」


「うーん……。そろそろ寝る支度を始めないと、明日に差支えが出るわね」


「そうだな。――リア、先にシャワーを浴びて来なよ」


「……なんかエッチな言い方ね、それ」


 一応気を遣ったつもりだったのだが、どういうわけか彼女はジト目でこちらを睨んできた。


「……ん? どこがエッチなんだ?」


 今の言葉にそんなエッチなところは無かったと思うんだが……。


「そ、それは……っ。も、もう……何でもないっ!」


 リアは何故か顔を真っ赤にしながら、脱衣所の方へと歩いていった。


「こ、今度覗いたら、絶対に許さないんだからね……っ!」


 そう言って彼女は仕切りのカーテンを閉めて、服を脱ぎ始めた。


「あぁ。絶対に大丈夫だから、安心してくれ」


 その後、リアが風呂から上がった後に俺も風呂に入った。


 そして寝る直前に「誰がどこで寝るか」という問題でひと悶着もんちゃくがあった。


 まぁ当たり前と言えば当たり前だが、この部屋にはベッドが一台しかない。


 俺は男だし床で寝ると言ったのだが、「ご主人様が床で寝て、奴隷の私がベッドで寝るのはおかしい」と言ってリアは首を縦に振らなかった。


 仕方が無いので、折衷案をとして二人一緒のベッドの右端と左端で眠ることにした。


(少し、俺を信用し過ぎというか、ガードが緩過ぎる気もするが……まぁいいか)


 それから俺は枕元にあったリモコンを操作して、部屋の照明を落とした。


「おやすみ、リア」


「お、おやすみなさい……アレン……っ」


 その日は疲れていたこともあってか、俺の意識はすぐにまどろみの中へと落ちていった。



 翌日。


 俺とリアは、二人で一緒に教室へ向かった。


 俺たちのクラスはともに一年A組。


 同じ部屋に住んでいるのだから、わざわざ分かれていく必要もない。


「それでね、それでね! うちの国ではラムザックっていう伝統料理があって! これがもうとってもおいしいのよ!」


「へぇ、今度機会があったら食べてみたいな」


千刃学院ここの近くにいい店を知っているわ! 今度教えてあげる!」


 割合にポンコツ――もとい単純な彼女は一日寝たらスッキリしたのか、はたまた自分が奴隷であることをスッカリ忘れたのか、俺への態度がずいぶんと軟化していた。


(昨晩みたくよそよそしくされるよりは百倍マシだ)


 それに彼女と話すのは……なんというか、単純に楽しかった。


 面白いように表情がコロコロと変わるし、それに身振り手振りも加わって見ていて飽きない。多分、彼女はいわゆる『モテるタイプ』という奴だろう。


 そんなことを思っていると、一年A組の教室に到着した。


 ガラガラと横開きの扉を開くと、


「お、おはようございます……リアさん!」 


「きょ、今日もいい天気ですね!」


 同じクラスの女生徒二人が少し緊張しながら、リアに向かって話しかけた。


「えぇ、おはよう。気持ちのいい朝ですね」


 リアは素早く猫をかぶり、控え目に右手を振りながら微笑んだ。


(……こう見ると、本当に上品な『王女様』なんだよなぁ)


 俺と二人でいるときの快活で少しガサツなリアと、今のおしとやかで凛とした彼女が同一人物だとは思えない。


 なんなら「実は私……二重人格なの」と言われた方がよっぽど納得できる。


 リアが女生徒たちと談笑を始めたところで、俺はソッと彼女から離れた。


 女子には女子同士の会話があることを俺は知っているのだ。


(座席とかは……まだ決まってないよな?)


 教室前方の黒板にも座席の指示は無かったので、俺はひとまず最も目立たない一番後ろの窓側の席へと向かう。


 するとそこまでの進路上に、何やら楽しげに話している男子生徒三人がいた。


 目の前を通るのに挨拶をしないのはさすがにどうかと思われたので、少し勇気を出して声を掛けてみた。


「お、おはよう」


 すると、


「「「……」」」


 三人が三人ともピタリと会話を止め、こちらの顔を一瞥いちべつした後――再び会話を始めた。


 いっそ気持ちいいぐらいの無視だ。


 それも一度こちらを睨み付けている分、陰湿度が高い。


(……はぁ、やっぱり嫌われてるよな)


 これはやはり昨日の一件が――地獄の入学式が尾を引いていると見て間違いないだろう。


(人間、第一印象が大事だからな……)


 入学初日から好感度ゼロスタートというのは、中々に厳しいものがあるな……。


(まぁ面と向かって悪口を言われないだけマシか……)


 グラン剣術学院では落第剣士、卑怯者、暗器使いなどなど、散々いろいろな罵声を浴びせられてきた俺だ。いまさらたかだか三人に無視されたところで、どうということはない。


 仕方なく、彼らから離れようとしたそのとき。


「――ねぇ、あなたたち。ちょっといいかしら?」


 柔らかい外行きの笑顔を貼り付けたリアが、俺を無視した男たちに声をかけた。


「は、はい!」


「ど、どうしたんですか、リアさん?」


「何か困ったことでもありましたか!?」


 少なくとも外見上は絶世の美女であるリアに話しかけられ、三人の男たちは舞い上がっているようだった。


 全く……現金な奴等だ。


(しかし、リアの奴……。こいつらに話しかけて何をするつもりなんだ?)


 俺は意識を少しそちらに向けつつ、窓際の席へ移動していると――彼女は意外なことを口にした。


「今、アレンが挨拶したと思うんだけど……。お喋りに夢中で聞こえなかったのかしら?」


 すると、


「え……いや、それはその……」


「聞こえてたというか……何というか……」


「あ、あいつの声が小さかったっていうか……なぁ……?」


 しどろもどろになりながら、要領を得ない答えを口にする男たち。


 そんな彼らを見て、リアはニッコリと笑った。


「私ね。そういうくだらないこと・・・・・・・する人、大嫌いなの」


「「「……っ」」」


 絶句する男たちを気にも留めず、彼女はいつもの優しい微笑みを浮かべたまま続けた。


「今後二度と私には話しかけないでちょうだい。――では、ごきげんよう」


 そうして言いたいことを全てぶちまけたリアは、俺の一つ右隣の席に鞄を下ろした。


 誰も予想だにしていなかった彼女の冷たい発言に、教室中が凍った。


 誰一人として声を発さない重苦しい空気の中、当の本人は全く気にしてない様子で、スカートに折り目がつかないよう丁寧に椅子に座り、鞄の中の教科書を淡々と机に詰め込んでいた。


「な、なんか、ごめんな……」


 俺はリアに一言、小声で謝った。


(今のは間違いなく、俺に気を遣ってくれての発言だった……)


 しかし、あんなことをしてはリアがクラスに馴染めなくなってしまう。


 現に今もさっきの三人の男たちは、リアのことを睨み付けている。


 そうして俺が、なんとも言えない罪悪感に胸を痛めていると、


「何を謝ってるの? 私はただ嫌いなものに嫌いと言っただけよ」


 そう言って彼女は「ふふっ」と笑った。


 それはよそ行きの作り笑いではなく、ごく自然にこぼれ出た天然ものだった。

 その可愛らしく透明な笑顔に、一瞬だけ見惚みとれてしまった。


 その後、教室内が空前の『リアショック』に覆われる中、ガラガラと扉が開く音が響いた。


 そこから現れたのは、一目でわかるほどに寝ぼけまなこなローズさんだ。


 朝に弱い性質たちなのか、普段の凛とした面影はどこにもない。

 アホ毛がピンと立っているほか、長い髪の毛もところどころ跳ねてしまっている。


 彼女はキョロキョロと周囲を見渡し、俺とばっちり目があうと、覚束おぼつかない足取りでこちらに向かい、俺の一つ前の席に腰掛けた。


「ふわぁ……っ。おはよう、アレン。ついでにリア」


「おはよう、ローズさん」


「ついでとは何よ、ついでとは」


 リアが鋭い眼光を送るが、どうやらローズさんは全く気付いてないようで、大きな欠伸を必死に処理していた。


「ローズさん、その……髪の毛がかなり跳ねちゃってるんだけど、大丈夫?」


 頭の中央で際立った存在感を放っているアホ毛を指差しながら、一応聞いてみた。


「……問題ない。私には重力がついているから……」


 彼女はむにゃむにゃと舌ったらずな口調でそう言った。


 どうやら寝ぐせはいつも自然に治るのを待つ派らしい。


 女の子の髪の毛事情には詳しくないけれど、多分彼女は少数派に属するだろう。


 そんなことを思っていると、キーンコーンカーンコーンと始業を告げるチャイムが鳴り、それとほぼ同時に教室前方の扉が勢いよく開かれた。


「おはよう、諸君!」


 そこから姿を見せたのは、黒いスーツに黒いネクタイそれから両手にも黒い手袋と全身を真っ黒に染めたレイア先生だった。


「ふむふむ……素晴らしいな! 初日から遅刻・欠席ともにゼロ――最高のスタートだ!」


 手に持つ出席簿をパンと叩いた彼女は上機嫌に笑った。


 教室内の全員を代表して、一人の女生徒が質問をしてくれた。


「あ、あのぅ……どうして理事長がここに?」


「ん、そんなの決まっているだろう? 私がこの一年A組の担任だからだ」


 その瞬間、教室中がざわついた。


 当然、俺の心もざわついた。


(……うん、控え目に言って最悪だ)


 この先生が人としてあまり……いや、かなりよろしくないことは昨日嫌というほど思い知った。


(というか、理事長の仕事はいいのか……?)


 五学院の理事長はとてつもない社会的影響力と凄まじい権力を握っている。


 当然、大きな力にはそれ相応の責任が付き物であり、毎日毎日凄まじい量の仕事をこなしているという噂だ。


(担任と兼任できるほど余裕のある仕事ではないと思うんだけどな……)


 そんなことを考えていると、レイア先生は元気よくパンと手を打った。


「さぁ、朝のホームルームを始めるぞ。早速だが、今日はいきなりとびきり重要な報告がある!」


 彼女は一呼吸置くと、一気にそれを発表した。


「それは――週末に控える大五聖祭だいごせいさいの出場選手についてだ!」


 大五聖祭という単語に、クラス中が色めき立った。


 大五聖祭――五学院がそれぞれ選りすぐりの新入生三人を選定し、総当たり戦によって覇を競う新人戦のようなものだ。


 ここで実績を残せれば、誰もが憧れる上級聖騎士への道が一気に開ける。


 生徒がざわつくのも当然のことだった。


「本来ならば、これから実施される実技試験の結果を加味して慎重に選考するところだが……。今年度については既に出場選手は決定している!」


 教室中がざわつき、同時に嫌な予感が俺の背中を駆け抜けた。


 その原因は一つ――レイア先生がとてもいい笑顔を浮かべているのだ。


 彼女はこれから、きっとろくでもないことを言い始めるだろう。


 まだ出会って二日だが、あの人の人となりを少しは理解しているつもりだ。


「それじゃ焦らしても仕方が無いので、早速発表しよう!」


 教室中が一瞬にして静まり返る。


 その数秒後、レイア先生が出場選手を発表した。


「千刃学院を代表し、今年の大五聖祭を戦うのは――リア=ヴェステリア、ローズ=バレンシア、そして――アレン=ロードルの三名とする!」


 ほらきた……。


 俺はジロリとレイア先生を睨み付けながら、大きなため息をこぼすのだった。

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