第16話

「……スキル封印って感じか。

(まずいな。泥の異常に、未確認の冒険者パーティー。しかも強力なスキル持ち。他の2人の能力はまだ不明)」


 ナゲキスは平静を装いながら、その裏では今の状況を冷静に整理していた。通常のカエル退治のはずが、イレギュラーの事が現在起きている。

 彼女は指示を仰ぐ必要があると、もう1人の仲間を呼び出すことにした。


「デュペル、クインクウィに交代! 

 緊急事態だから!」


 リーダーであるクインクウィならば、戦うか逃げるかの正しい選択が出来ると判断したのだ。現在、アシトンは精霊が召喚できずにひどく動揺している。そしてデュペルのほうは、こういう時に冷静に判断できるタイプではない。

 そしてナゲキス、彼女自身も先導する役目はほとんどやったことがない。


「っへ、も、もう!? 

 いやでもそっか。分かったよ、【デュアルシフト】!」


 デュペルは言われるがままに、【デュアルシフト】を発動する。すると、彼の体が青紫の光に包まれ始める。


「っお? なんか面白そうなスキルだな。

 じゃあそれも、【ディスキル】っ!」


 魔人の男は再びスキルを使用不可にするスキルを発動する。


「っえ、あれ、クインクウィ!?」


 デュペルの体を漂っていた魔力の光が、一瞬で消失してしまった。いまだ、その体は雷心デュペルのままである。


「無駄だって。俺のスキルはなーんでも、使えなくするんだからな」


 男はニタニタと笑い、デュペルの慌てた様子を楽しんでいた。相手が得意とするスキルを封印し、戦意喪失させる。それがこの男の戦い方のようだ。


(まっずいな。あのスキル、直接的なダメージがない分、発動速度、効果範囲が桁違いに高い。

 クインクウィ、が呼べないとすると……)


 ナゲキスは【ディスキル】の恐ろしい効果に驚愕していた。魔人の男とデュペルの距離はまだかなり離れている。にもかかわらず、発動した【デュアルシフト】をキャンセルできるほどはやく効果を発揮できていた。

 例えば、炎のスキルならば、炎を生み出し、それを相手に与えるまでの時間がある。しかし、この【ディスキル】は、対象に選んだ人物にほぼノータイムで魔法をかけることが出来る。


「ちなみに、俺のスキルは持続型のスキルじゃない。お前の力を封じた時点で効果は終わってる。つまり~、言いたいこと分かる?」


 魔人の男は、さっきからべらべらと自分の能力について詳しく話していた。凡庸スキルならばその効果内容は周知の事実なので、話そうが話すまいが大して差はない。だが、今回の【ディスキル】は、ナゲキスをはじめ、他のメンバーも一切聞いたことがなかった。

 その内容を話すということは、別の目的があると、予想が出来る。


「な、何の話だよっ!」


 雷心デュペルも、初めての状況に軽くパニック状態だった。風心クインクウィとは、相棒、どころではない。生まれる前から側にいた、まさしく運命共同体。そんな存在が、たった1つのスキルによって、呼び出せなくなってしまった。そんな想像もしていなかった現象に、デュペルの頭と心は混乱している。


「っふん。つまーり、俺が解除しない限り、永遠にスキルを取り戻せないってこと。魔力切れで、効果が消えることはないから」


 スキルには色々と種類があるが、その中には、発動した時点で魔力の消費が終了するものがある。

 風心雷心のスキルでいえば、【デュアルシフト】がそれに該当する。なので、表に出ている人格がスキルを発動しなければ、交代することは基本的にない。


 逆に、発動してから常に魔力が消費されるスキルもある。それが精霊使いアシトンの【生成召喚・爆破】である。マノワルの体は全て魔力で出来ており、それを維持するためにアシトンの魔力が使用されている、といった構造だろうか。


「……ねぇ、さっきからなんなのおまえ。

 自慢? ハッキリ言ってうざいし迷惑。さっさと返せよ、クインクウィを」


 ナゲキスは激怒していた。首の血管が軽く浮き出ており、魔人の事を強く睨んでいる。正直な所、精霊マノワルが呼び出せなくなったことはショックではない。しかし、数年以上一緒にパーティーを組み、そのリーダーを務めているクインクウィの存在がいなくなったことは、彼女に多大なる精神的苦痛を与えていた。


「っはは! あんた美人だけど、怒った方がもっといいよっ! 

 っと、これ以上脱線する前に、本題と行きますか。

 なぁお前たちさ、俺たちの仲間にならんか?」


「は、はぁ!?」


 突拍子もない勧誘に、ナゲキスは怒りを忘れて純粋に驚いてしまった。


「俺さ、強い奴仲間に入れて最高のパーティー作ろうと思ってんの。けどさぁ、そういうやつって、すでにパーティーに入っていて、そこで絆を深めてたりするだろう? 

 そん時ひらめいたんだよ。っあ、俺の能力で脅せばいいんだってっ!」


 魔人の男は、怪しく高揚していた。彼は彼なりに自分自身の信念にそって行動しているようだ。それが、倫理的に崩壊していると分かっていたとしても。


「なんだそれ。そんなんで仲間になるわけないじゃん」


 魔人の価値観の違いすぎる話を、ナゲキスは理解不能だった。仲間とは、パーティーとは決してそんなことで作られないと思っているからだ。


 だが、その考えは、すぐに否定された。


「残念だけど、いるんだな~これが」


 にやつきの止まらない魔人は、後ろに向かって少し首を傾ける。その視線の先にいたのは、彼の仲間と思われる魔法使いの男だった。


「はぁ、それが僕ってわけ。自分でもなんでこんなことしてるのか、不思議だよ。でも、スキルが使えなくなるの怖いし」


 そう言った魔法使いの男は、股を大きく広げてしゃがみ込み、やさぐれた態度と声をしていた。

 ぼさっとした黒髪の下に、緑色のバンダナを巻いていた。口をずっと、への字の形にして、やる気をまるで感じさせない。


「まてまて、前例ありか。脅す奴も間抜けだけど、それにノルほうも大概だね」


 まさか実際の成功例があるなんて、ナゲキスは思いもしなかった。


「いいんだよ、これでわりと上手く言ってんだからさ。

 んで、話に戻るけど、仲間になってくれねぇかな? そしたら、さっきのスキル戻してあげるよ」


 魔人は一貫して、勧誘を続けていた。相手がどんな思いにしろ、パーティー契約できればなんでもいいようだ。


「戻してくれんのか?? いやでも、そんなのクインクウィが許さないよなぁ」


 デュペルは、魔人の言葉を素直に信じた。しかしすぐに、もう1人の自分ならどうするか、と考え始める。


「そういうことだね。アシトン、あんたも馬鹿な真似は、しないよね?」


 いま現在、パーティーの年長である盾殴りのナゲキスは、精霊を失ったアシトンに声をかける。


 彼女はすでに平常心を取り戻しており、スッと答え始める。


「はい、なにか別に策があるはずです。マノワルには、もう少し我慢してもらいます」


 精霊使いアシトンは、自分の胸に手をあてる。今彼女の中には、精霊マノワルが潜んでいる状態である。【ディスキル】はスキルを使えなくさせるだけであり、効果を失わせるものではない。

 なので、デュペルの中にクインクウィの存在はいるし、アシトンの中にもマノワルがいていじけているところである。

 意思疎通は出来ないが、感覚的にそれが分かるようで、それがデュペルとアシトンの精神を安定させていた。


「だってさ。そのバンダナくんみたく、脅されて下につこうなんて考えるやつ、うちにはいないから。

 諦めな」


 ナゲキスは胸を張り、両手を腰の位置に据えて、見事な仁王立ちをしてみせる。


 魔人はハッキリと拒絶を示されたわけで、それが彼の怒りを買った。誘いを拒否されるのが、彼は嫌いなのである。

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