第一章
第6話 オルタナ
「で、ではオルタナさん!これからよろしくお願いします!!」
目の前の銀髪ポニーテールの女の子が嬉しそうに小走りで帰っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで見届けてから俺もその場を後にした。
誰にも気づかれないように気配を消して裏路地に入り、そこで透明化の魔法をかけて物理的に誰にも見られないようにしてから移動する。
さらに人が入り込まないような奥の奥まで進んでから俺は転移魔法を発動させた。
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「お母さま、ただいま戻りました」
僕は自分の部屋から出て、リビングで晩御飯の準備をしてくれていたお母さまに挨拶をした。お母さまはこちらを向いて笑顔で僕に話しかける。
「おかえりなさい、アルト~!冒険者のお仕事は問題ない?」
「はい、問題なく出来ています」
「それは良かったわ~!」
いつもと変わらないほんわかとした雰囲気に癒されながら食卓に着く。テーブルに並んでいる料理はどれも非常においしそうで、お母さまの成長がとても感じられる。
お母さまも席に座ると僕たちは二人で夕食を食べ始めた。
「お母さま、また料理の腕が上達してますね」
「あら、本当に?アルトにそう言ってもらえるの嬉しいわ~!!」
お母さまはますます笑顔になって見るからに上機嫌になっていた。そんな姿を見るているとこっちまで気分が良くなってくるのは出ている幸せオーラの影響なのかもしれない。
そして今日もいつも通り二人での食事を終え、後かたずけをしたのちに各々自分の部屋に戻っていく。これが僕の日常である。
「まあでも、いつも通り...ではないか、今日は」
僕は今日の出来事を思い返しながらぼそっと自分しかいない部屋の中で呟いた。何だか物思いに耽りながら自分の部屋の奥にある研究室へと入っていった。
「オルタナ...か」
僕は研究室に置いてある漆黒の仮面をつけた人型ゴーレムに触れながら例の子のことを思い出していた。
僕、アルトはオルタナという偽名を使って冒険者をしている。
オルタナとして活動するにあたって喋り方や一人称など言動を普段の僕とは違った感じにしないと...と思って『冷静で合理的な人物』という自分の中でオルタナ像というのを作ってロールプレイしているつもりなのだ。
しかし今回の業火の剣の件では、僕の作り上げたオルタナ像に沿って行動するなら助けてからは「後は知らん、俺には関係ない」という感じになるだろう。
けれども僕はそれをすると罪悪感で胸がいっぱいになって居ても立っても居られなくなってしまう。
だから結局、僕の選んだ道としては彼らに寄り添う形になって最終的にルナという女の子としばらくの間、パーティを組むことになった。
それが間違っているとは全く思わないがオルタナらしくはないと思ってしまう。
だが実際、僕の考えている『オルタナ像』通りにちゃんと行動できたことが今までどれほどあっただろうか。よくよく思い返してみるがオルタナらしくない行動の方が多い気がしてきた。
たぶん僕は何かを演じるというのが得意ではない気がしてきた...
まあ、一番重要なことはそこではない。
何よりも優先しなければいけない事は僕と僕の母のことを知られないことだ。特に知られてはならないのはこの国の第一王子やその派閥の貴族たち。それさえ守れれば、あとはまあ...適当でもまあいいかもしれない。
どういうことかと言うと実は、僕と母は彼らに命を狙われているのだ。というか現状ではおそらく殺されたことになっていると思う。詳しい事情を出来るだけ簡単に説明するとこんな感じかな?
僕たちは元々グラフィスト子爵家の人間だった。
ある日、僕の父:グラフィスト子爵がこの国では禁止されている奴隷を戦力として他国から買い集めて国家転覆を狙っているという容疑をかけられて断罪されたのだ。
その際、僕と母も父と同様に法に基づいて処刑されるはずだったのだが第一王女や第二王子をはじめとする多くの人が国王へと僕たちの減刑を求めて声を上げてくれたのだ。
そのおかげで僕と母だけは処刑を免れて貴族位のはく奪だけで済んだ。
第一王女と第二王子は王都にある王立学園で後輩として親しくしていたこともあり、そのように動いてくれたのだろう。本当に彼らには感謝してもし足りない。
だがそんな僕と母を「この国の汚点である」として処刑すべきと最後まで声を上げていた第一王子とその派閥の貴族たちがその後も僕たちを秘密裏に殺そうと暗殺者を送り込んできたのだ。
何度か危ない場面もあったが、何とか僕と母そっくりのゴーレムを作って殺したように見せかけることに成功した。それ以来、襲われることも監視されていることもなくなったのでおそらく死んだことになっているのだと思う。
だが、生きていることがバレればまた送り込んでくるのは間違いないだろう。
そういうことで僕と母の平穏な生活を守るためには少なくとも貴族には僕たちのことを知られてはいけないのだ。ただ少なくとも生活をするためのお金はどうしても必要なので僕が昔、王都の学園で学んだことや研究していた知識や技術を総動員して遠隔操作できる人型の高性能ゴーレムを使って冒険者をしている。
それが冒険者オルタナという訳だ。
一応、魔法や魔道具制作がかなり得意で剣術もそこそこ出来る方だと思っているので冒険者としても上手くやっていると思う。そのおかげで今は生活費だけではなく僕の魔法や魔道具の研究開発費まで十分に稼げている。
僕は自分で言うのもなんだが、魔法や魔道具オタクでこのジャンルに関しては探求心を抑えられない。この世界には魔法という素晴らしい概念が存在するのだから、これを突き詰めていかない手はないでしょ!という訳だ。
あの夢にまで見ていた魔法が今目の前に存在すると理解した時には舞い踊ったほどだ。だから学園を退学した今でも魔法や魔道具の研究を続けているという訳だ。
夢にまで見たというのは以前の記憶、この世界で生まれる前の自分がとても憧れていたのだ。
つまるところ前世の自分である。
僕は前世の記憶を持って生まれたのだが、前の自分がどんな人物でどんな人生を歩んだとかの詳しい個人情報は全く覚えていない。何故かどういう世界だったかとか科学技術だとかの知識や技術は覚えていた。
しかし、その知識や技術がかなり僕の研究開発に役に立っている。
この世界の常識にない発想が出来るのはそのおかげだ。
あっ、そうそう。この最近開発した魔道衛星は...
っと、また魔法や魔道具のことに関して考え始めたら朝になってしまうからこの辺で止めておこう。今はとりあえず明日からのルナとのパーティ活動について考えていった方が良いだろう。
「明日からどんな感じで活動していったらいいのだろうか?まずはあれか、彼女の実力を把握してから受ける依頼を考えて...」
僕はそんなことを考えながらオルタナの体のメンテナンスを始めた。この作業も早々に終わらし、今日はいろんなことがあって精神的に疲れているような気がするから早く寝ることにしよう。
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「おはようございます、お母さま」
「おはよう、アルト~!」
今日も朝から元気に母が朝食の準備をしていた。
いつもと変わらぬ母は本当に幸せそうな笑顔をしている。
「さあ、朝ご飯出来たから食べましょう~!」
そんなことを考えている間にも朝食が出来上がり、二人で食卓を囲む。僕が冒険者を始めてからずっと続いている穏やかな日常がそこにはあった。
いつも通り母の作った朝食を食べ終えて研究室へと向かう。
「さあ、今日も働きますか...!」
僕は目の前の椅子が付いている魔道具に座り、魔力を流し込んで起動させる。それはいくつもの魔法陣や画面を展開させていつも通りスムーズに起動が完了した。
「オルタナシステム、作動!」
魔道具の効果を発動させると椅子に座っていた僕の意識がどんどん遠くなっていく。そして次に気づいた時には僕の体は漆黒の人型ゴーレムになっていた。
目の前には魔道具に座って眠っている僕の姿が見える。
息もしているので問題はなさそうだ。
「それでは、行ってきます」
俺は転移魔法を発動させて自宅を離れる。
次に視界に入ってきたのは活動の拠点としているオリブの街だった。
───今日もアルト、またの名をオルタナはリモートで冒険者をする。
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