第7話 覚醒

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 自身の左腕がないことにようやく気づいたイサトは、全身を駆け巡る灼熱の痛みと、骨が砕け散るような衝撃に、思わず絶叫した。視界が赤く染まり、意識が遠のく中、彼はこれまで経験したことのない恐怖に打ち震えていた。


「う…腕が、俺の腕がぁぁぁぁぁぁ!!」

「キューーーーーー!」


 イサトは千切れた左腕を、残された右腕で必死に押さえつける。だが、傷口からは鮮血が噴泉のように勢いよく吹き出し、地面を赤く染めていく。痛みに耐えかね、イサトは地面を叩きつけ、全身を震わせた。その惨状を目の当たりにしたカバンは、先程リュックにしまったポーションの一本を取り出し、イサトの左腕の断面にぶっかける。ポーションの効果が効いたのか、痛みが和らぐ。


「はあ…はあ…、一体何が起きたんだ……!?」


 意識が朦朧とする中、視界に映ったのは、鋭利な刃物へと変貌していた、巨獣の舌先だった。


「まさか、あの攻撃は……!?」


 イサトは、自分の腕が失われたことよりも、巨獣の恐るべき能力に目を奪われた。巨獣は、刃物状の舌を元の形状に戻し、地面に転がったイサトの左腕を口に運び、ゴクリと飲み込んだ。


「うぐぐ……!! カバンっ!!」

「キュッ!?」


 イサトは何らかの危険を察知し、激痛に耐えながら、血塗れの右手でカバンを掴み投げ飛ばした。その瞬間、巨獣の舌が稲妻のごとく襲い掛かり、みぞおちを打ち抜く。強烈な衝撃に空高く舞い上がり、家の壁に叩きつけられた。


「…ゴボッ……(ガクッ)」

「キューーーーーー!!」


 視界が暗転する中、イサトは自分の体がバラバラになるような感覚に襲われた。意識が遠のく直前、カバンの悲痛な叫び声が耳に届く。


「キュー! キュー! キューーーーーー!!」


 カバンは、まるで自分の命が奪われたかのように、イサトに駆け寄った。再びポーションを使用しようとするもリュックに仕舞われていたポーションは、巨獣の一撃により薬瓶が全て割れ、中の薬がリュックが染み込むほど漏れ出ていた。しかしカバンは、まだあるかもしれないとリュックの中身を捜索するが、そうこうしている内に、巨獣がジリジリと近づいてきた。


「キュッ!!」

「?」


カバンは、まるで盾のようにイサトの前方に立ち塞がる。クリスタルの瞳には、決意と悲しみが入り混じっていた。


 自身に臆することなく立ち塞がるカバンに、巨獣は怒りを露わにする。鋭い眼光でカバンを睨みつけ、牙を剥き出す。


「グルアァァァーーーーーー!!」

「ッ!!」


 まるで獲物を見つけた野獣のように、舌先を再び鋭利な刃物へと変形させ、カバンに襲い掛かる。カバンは本能的に腕で顔を覆った。鋭い風切り音が響き、カバンの毛並みが逆立つ。


 時が止まったように感じた。巨獣の攻撃が来ない。カバンは息を潜め、周囲の音に耳を澄ませる。そして、恐る恐る目を開けたとき、目の前に広がっていた光景に思わず目を疑った。


























―――いつの間にか、イサトがカバンの前に立ち、巨獣の攻撃を残った右腕のみで受け止めていた。彼の腕は、まるで鋼鉄の壁のように、巨獣の攻撃を阻んでいた。


 満身創痍、ましてや片腕のみでありながら、自身の攻撃を防いだ青年に、巨獣は久しく忘れていた恐怖を思い出して戸惑う。その一瞬の隙を突いて、イサトは片腕の血みどろの拳で巨獣の舌先を強引に引き千切った。


「グルァァァァァァァァァッ!!」


 巨獣の悲痛の叫びは、まるで大地が割れるような轟音だった。舌の断面から大量の鮮血を噴出する。しかし、物の数秒で流血が止まり、代わりに傷口が泡立ち始めた。どうやら再生能力で舌先を修復しているようだ。舌先を修復し終えた巨獣は激情に駆られ、退化した両目でイサトを睨み付ける。


 一方、イサトは体をフラつかせながら、下方に向けていた顔を上方に揚げる。瞳は完全に閉じ、意識が全く無い。その状態はまるで夢遊病のようであった。


 無意識で外界との繋がりは離れている筈だった。にもかかわらず、イサトの瞼の裏では、異形の光が生まれ出していた。まるで、深海の生物が闇の中で発光するかのように、彼の瞳は青白く輝き始めた。その光は、彼の満身創痍の体を照らし、巨獣との対峙を神々しく、そして不気味に彩っていた。


 巨獣は、己の無敵を信じていた。だが、目の前の青年は、彼の予想をはるかに超える強さを見せている。恐怖が、彼の巨躯を震わせる。この戦いに敗れるかもしれないという恐怖が、彼の心を蝕んでいく。そして、彼は悟った。己の傲慢さが、彼を破滅へと導いたことを。






□■□■□■□■□■






「……ねえ、此処が王都で噂になっている、なの』?」

「ええ、此処で間違いないわ」

「それにしては、綺麗な建造物ばかりだね~」


 赤茶色のポニーテールの標準体型の少女、青色の長髪・眼鏡を掛けたスレンダー体型の女性、緑の短髪のグラマー体型の少女三人が、廃都市の大通りを歩いていた。しかし普通の少女達ではなかった。


 赤茶ポニーの少女の頭部には二本の角・青長髪の女性の頬には爬虫類特有の鱗・緑短髪の少女の臀部には竜の尻尾が生えていた。


 それ以外にも、赤茶髪の女性の腰の左脇に西洋剣、蒼長髪の少女の腰に二本のエストックと背中に弓矢、緑短髪の女性の両手には緑・白色の二色の手甲・背中に巨大なバッグが備わっていた。


 彼女たちの正体は、純人ヒューム竜人ドラゴムの混血種、半竜人ハーフドラゴムの三姉妹である。

 

 彼女達の名前は、赤茶髪の明るい性格の少女は末っ子の三女『アカリ』。蒼長髪の真面目な性格の少女は一番上の長女『アオリ』。短緑髪のおっとりした性格の少女は三姉妹で二番目の次女『ミドリ』。


 この三姉妹は、謎の旧都市を調査する為に冒険者ギルドから遣わされた冒険者パーティである。


「本当に……誰も居ないね」

「当たり前よ。こんな不気味な場所に人なんて居る訳ないじゃない。居るとしたら、別の地域から移住してきた魔物ばかりよ」

「確か、伸翔蟲ロングフライ小鳥獣ライトグリフィンだったよね~、アオリ姉さん?」

「ええ、私の技能スキル魔力探知サーチ】によれば、此処に移住してきたのは【脅威レベル】『グリーン』以下の魔物のみだから、幸い、戦闘になることは無いわ」


【脅威レベル】

 魔物の危険度を記した証で、それぞれ個体差があり、四種類の色で識別されている。

グリーン

 危険性皆無の魔物のランク


イエロー

 危険性皆無だが、決して手を出してはいけない魔物のランク


レッド

 人を襲う危険性を持ち、討伐対象に認定された魔物のランク


ブラック

 集落・都市を襲撃する危険性を持ち、『レッド』よりも最優先討伐対象に認定された魔物のランク


「良かった~。この頃、戦闘続きだったから、どうしようかと思ったよ」

「アカリ、あんたは私達の中でレベルが低いんだから、戦って経験値を稼がないと駄目よ」

「え~、アタシの技能スキルは姉さん達と違って、戦闘に役立つタイプじゃないから、あんまり戦いたくないよ」

「我儘言わないの。少し工夫をすれば武器にもなれるのよ」


 姉妹は大通りを歩きながら雑談していると、ミドリがある事を呟いた。


「それにしても信じられないよね~、荒地に、するなんてね~?」


 驚愕すべき事に、三姉妹がいるこの街は、だ。元々、この地域は大昔に起きた、【魔王軍と連合軍による戦争】の影響により、植物が枯れ果てた土地であった。


「確かに信じられないわね。一週間前までは何も無かった筈の荒地から、午前零時と同時刻に突如として出現。上空・地下・空間、どれから発生したのか一切不明なのよ」

「『古代文明の都市の一部』・『魔術師の仕業』・『異次元から発生した迷宮ダンジョン』の類かもしれない」

「その中の仮説だと、二・三番目の可能性は高いわね。迷宮ダンジョンには幾つもの謎が多々あるからね」

「罠にも気を付けた方がよさそうだね~」


 三人はこの街を迷宮ダンジョンだと仮定して語り続けながら、調査を続けた。

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