第25話 帰り道

 まだ午後16時をちょっと過ぎたあたりだというのに、夕焼け空が夜空に変化しかけている。吹く風も肌寒くなってきて、ワイシャツ一枚だけだと頼りない。クローゼットに保管しているジャケットが必要な季節だ。去年よりも、季節の移り変わりが早いのかもしれない。


 隣を歩く花咲さんを見ると、僕とは違って服を着込んでいる。一日中一緒にいたけど、今になって初めて気付いた。




「今日は楽しかったです。気になってた場所に、佐久間君と一緒に行けて」




「パンケーキも美味しかったようですしね」




「少し量が多かったですけどね。メニュー表や店内の様子に困った表情を浮かべている佐久間君は、見てて面白かったです」




「ああいう場所は今も前も馴染みがありませんでしたからね。でも、コーヒーは美味しかったですよ」




 見てるだけで吐き気がする見た目のパンケーキとは違い、コーヒーは美味しかった。僕が甘い物を食べれなくなったのは、お父さんが淹れてくれたコーヒーの所為だろう。僕の3時のおやつはいつもコーヒーだった。最初は苦くて嫌いだったけど、気付いた時には僕からお父さんにコーヒーを求めるようになっていた。時間が経つにつれて、大量に入れていた砂糖とミルクの量が徐々に減り、今はブラックじゃないと飲めなくなっている。




 思えば、両親の好みは別々だった。お父さんはコーヒーを好み、お母さんは紅茶を好む。あんなに仲の良い夫婦なのに、趣味や好みはバラバラ。それでも、僕が知る限りでは、意見の相違で喧嘩に発展した場面を見た事が無い。




「……コーヒーと紅茶。花咲さんはどっちが好きですか?」




「え? う~ん、そうですね……紅茶、ですかね? 苦いのは少し苦手で」




「そうなんですか? でも、今日はコーヒーを頼んでましたよね?」




「コーヒーが飲みたかったんです」




「苦手なのに?」




「好きな人と一緒なら、苦手な物も好きになれるんですよ」




 その言葉はどこか敦子姉さんに似ていて、少し大人びていた。でも花咲さんの顔を見ると、頬や耳が赤くなっている。その余裕の無さに、花咲さんもまだ僕と同じ子供のままなんだと安心してしまう。


 好きな人と一緒にいれば、嫌いな物も好きになれる。それには僕も同意見だ。でも僕の場合の相手は、同じ血が流れている両親であって、血が違う他人ではない。花咲さんや敦子姉さんが好む物はまだ知らないけど、多分僕とは違う。


 もし、二人が好む物を僕も好きになれたら、僕達は家族になれるのだろうか? 




「……花咲さんは、甘い物が好きなんですよね?」




「そうですね。ケーキやクレープといったデザートだけじゃなく、和菓子なんかも好きですよ」




「敦子姉さんはどうなんでしょうか?」




 僕が敦子姉さんの名前を口にした瞬間、少女の顔をしていた花咲さんの表情が変貌し、まるで映画に出てくる殺人鬼の顔になった。




「……佐久間君。今一緒にいる人物は誰ですか?」




「花咲さんですね」




「そうですよね? 今日は、その……デート、ですから! 他の女性の名前を出すのはご法度ですよ!」




「どうしてですか?」




「それは、その……ヤキモチ、妬いちゃうから……」




「妬く必要は無いと思いますけどね。こうして隣を歩いて一緒にいるって事は、その人をの事をちゃんと好きだから出来る事です。嫌いなら、隣になんかいません。だから、妬く必要なんかありませんよ」




「それでも! やっぱり、好きな人の一番でありたいんです……」




「例え一番じゃなかったとしても、好きな人と一緒にいられるだけ良いじゃありませんか。好きな人と一緒に歩ける事が、どれだけ幸せな事なのか。失った後に気付いても、ただ虚しさが募るばかり……だから、好きな人と一緒にいられる時間を大切にしないといけない。縋る思い出は多いに越した事はありません」




 今は一緒にいられても、いつかは花咲さんと敦子姉さんは家から出ていく。僕から離れて、それぞれの人生を歩み出す。別れの時は死別だけじゃない。夢とか、家庭とか、堕落とか、他にも別れの時はいくつもある。人は量産品じゃない。それぞれの人生の果てを確かめに行く冒険者だ。


 僕達の関係はいつか終わる。明日か、来年か、もっと先か。具体的な数字は分からないが、別れの時は確実に来る。それまでに、三人で暮らしていた思い出を多く作っておきたい。僕が独りに戻った時の為に。




「明日は敦子姉さんも仕事がお休みです。三人で何処かに行きますか」




「私は、佐久間君と二人きりでいたいんですが……まぁ、同じ家に住んでいて、仲間外れはいけませんよね。それに、佐久間君が望んでいる事ですし」




「そうですよ? あの人、ああ見えて寂しがり屋みたいですし」




「誰が寂しがり屋だって?」




 僕の耳元で、敦子姉さんの囁き声が聞こえてくる。振り向くと、いつの間にか僕と花咲さんの間に、敦子姉さんがいた。音も気配も無く、まるで忍者……いや、幽霊だな。




「……木島さん。今日は私に佐久間君をお貸しするつもりだったのでは?」




「それはデートだけの話。お姉さんはこう見えて、ウサギ並の寂しがり屋だからね~。で? 今日のデートは楽しかった?」




「はい。私も佐久間君も、それはそれは楽しみましたよ。隣で歩ける関係になれましたし」




「ん? それって普通じゃない?」




「木島さんにとっては普通でも、私達、にとっては特別なんです。そうですよね、佐久間君?」




「まぁ、そういう事ですね」




「あら、なんだか青春って感じがしていいわね。青春は10代の特権だから、大事にするのよ?」




 やっぱり、大人と子供だ。多分、花咲さんは敦子姉さんを煽っているつもりだけど、敦子姉さんは気にもしていない。むしろ、自分の事のように喜んでいる。その余裕は、いつか敦子姉さんが言っていた恋と愛の違いだろうか? 僕にはまだ分からない。


 でも、今が幸せなのは実感出来る。花咲さんや敦子姉さんと二人きりじゃなく、三人でいる今が、僕にとって幸せだ。それを口にすれば、敦子姉さんはともかく、花咲さんは文句を言うだろうけど。


 不思議だな。同じ血が流れてる訳でもないのに、二人きりになった時は感じないのに、三人一緒だと本当の家族のように思える。酷い奴だな。

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