アポカリプスな時代はマイペースな俺に合っていたらしい

黒城白爵

第一章

第1話 おはよう、非日常


 ーーある日、これまでの平和な日常が崩壊した。

 そんなありきたりな終末世界へのプロローグが脳裏に思い浮かぶような光景が、テレビの画面の向こうに広がっていた。


 毎日多くの人々が行き交う某有名な交差点。

 そこの空間に突如として出来た裂け目から現れた三メートルを越す巨体の筋骨隆々な鬼が、周りに集まった野次馬達を捕まえて喰らっている。

 映画の撮影とでも思ったのか、現実かフィクションかも理解せずに集まっていた馬鹿共が喰われていくのは何とも思わないが、ちょっと可愛いなと思っていた新人リポーターの子まで食べられたのはちょっとだけ悲しい。


 捕まえた新人リポーターの上半身を噛み千切り、残る下半身を丸呑みにした鬼が、カメラに向かって手を伸ばしてきたタイミングで炊飯器から音が鳴った。



「……こりゃ仕事どころじゃないな」



 タイマーをセットしていた炊飯器からご飯を椀に盛り付けながら独り言ちる。

 冷蔵庫内に大量にストックしてあった鮭フレークの瓶の中から開封済みのものと、これまた大量にストックしてあるウーロン茶の大型ペットボトルを取って居間のテーブル前に座る。

 愛用のコップにウーロン茶を注ぎ、ご飯に鮭フレークをかける。

 いつも通りの朝のルーティンの食事を摂りながら、テレビとスマホを操作して情報を集めていく。

 どうやらテレビで流れている異常事態はほんの一部でしかなく、SNSによれば世界中の至るところでバイオレンスな非日常が繰り広げられているらしい。



「もう仕事どころじゃないな。今のうちに食料を確保した方が良さそうだが……盗りに行ったら捕まるかな? いや、こんな状況下でただの泥棒に警察も構う余裕はないか」



 となれば善は急げだ。

 やることは善ではないが、生き抜くためには最適解なはずだから個人的には善で間違いない。



「そういえば、あのメッセージはなんだったんだろう?」



 朝起きる直前に脳内に流れた、『条件が達成されました』『世界が次の段階に移行します』という謎のメッセージ。

 それ以来、何も聞こえてこないので気のせいの可能性もある。



「ま、いいか。さて、武器も用意していかないとな」



 とはいえ、家にある物で用意できるのは包丁とフライパンぐらいだが。



「んー、武器に使える物も調達しとくか?」



 食べ終わった食器を流し台に置くと、手早く出掛ける準備を済ませていく。

 テレビの向こう側のスプラッタな光景を横目に、腹部を守るために適当な雑誌をズボンに挟み込んでからシャツを着る。

 季節的に暑くて着たくないが、分厚くて頑丈そうな冬用の革ジャンをシャツの上から羽織り、手を保護するために革製手袋を装着する。

 フライパンを腰に、刃の部分を布で巻いた包丁を革ジャンの内側のポケットに入れると、最後に自分の装備を確認する。



「昔の大作RPGの主人公よりはマシな装備だな」



 荷物入れ用の大型のリュックサックを背負い、テレビの電源を消してから玄関へと向かう。

 動き回る必要があるため、靴は歩きやすく走りやすい運動靴をチョイスした。



「あ、水を貯めておこう」



 こんな状況では水がいつ止まるか分からないので、風呂場に移動し風呂桶に水を貯めておくことにした。



「他に何があるかな……モバイルバッテリーの充電もしておくか。取り敢えずこれでいいか」



 やることをやってから今度こそ玄関へと向かい靴を履いた。

 ふと目に付いた傘を適当に二本手に取り、ベルトとズボンの間に挟む。



「さて、一番は戦わずにやり過ごすことだな」



 ネット上でも情報が錯綜しているため情報の精度は定かではないが、モンスターを倒したら強くなれるらしい。

 この異常事態が始まってからまだ一時間が過ぎたぐらいだが、既にモンスターを倒した者がいるようだ。

 家の外から聞こえてくる交通事故の音や悲鳴を聞きつつ、スマホの地図アプリを開いて目的地の位置と道順を確認する。

 普段から使っている店舗なので改めて確認する必要は無いのだが、これも心を落ち着かせるための儀式みたいなものだ。



「ふぅ……よし、行くか」



 扉のすぐ外に誰もいないことを確認してから部屋を出て施錠する。

 エレベーターだといざという時に逃げ場がないため階段を使うことにした。

 エレベーターを使用中に停止してしまうと、現状では助けが来る可能性は皆無なので、基本的にはエレベーターは使わない方がいいのは間違いない。

 鉄の箱の中で餓死するのは勘弁だ。


 そんなことを考えながら階段を降りきり、マンションから歩道に出ようとしたタイミングで、物陰からゴブリンとしか表現のしようがない緑色の体表の小鬼が現れた。



「おー、初エンカウントはゴブリンか……」



 ゴブリンが手に持っている石が赤く染まっていることに気付き、思わず立ち竦んでしまう。

 視線を逸らさずに後退りすると、自転車小屋から適当な自転車を掴み引き寄せる。

 そのタイミングでゴブリンが謎の言語による奇声を上げながら向かってきた。

 速くなる心臓の鼓動が煩わしい。

 てっきり血糊付きの石を投げてくるかと思ったが、どうやらこのゴブリンにとっては殴打武器の扱いなのか手放す気配がない。



「好都合だ!」



 避けられないタイミングで自転車を放り投げると、投げた自転車よりも小柄なゴブリンが下敷きになった。

 すかさずフライパンと包丁を取り出すと、自転車の上にのしかかって自転車ごとゴブリンを地面に押し付けてから、その頭部を強打し、首筋を滅多刺しにしていく。

 人型であるならば、人間と身体構造はそこまで違いはないはずなので、急所も同じだと判断した。

 予想は当たったようで、激しく抵抗して暴れていたゴブリンも一分が経った頃には動かなくなった。



「はぁ……我ながら不恰好な勝利だな」



 ダメージは無いが精神的に疲れたので帰るべきだろうか……いや、今のうちに物資を回収する方が良いのは間違いない。

 時間が経てば経つほど手に入りにくいだろう。

 力が抜けそうになるのをグッと堪えて立ち上がる。

 ゴブリンの腰に巻いていた布で包丁に付いた血糊を拭い取ると、なんとなく戦利品代わりにゴブリンが持っていた石を拾ってから今度こそマンションの敷地内を出た。




 

 

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