九頭龍伝 ~普通の人間が精霊界に飛ばされたお話~

@texiru

第1話 異世界?いいえ精霊界です

「私に名前をくださいな!」


 女性の声にビクッと気が付いて俺は目を開けた。

 目を開けると目の前に綺麗な薄紅色の瞳の少女の顔が間近にあった。

 一瞬、何がおきたのか解らず数秒ほど惚けていたが、頭が現状を理解する。


「うわ!」


 情けない声を上げて逃げ出すように体を起こして立ち上がる。

 少女から少し離れ、改めて周りを見ると広がる半径数メートル程の真っ白な空間に俺は倒れていたようだ。


 少女は俺が離れると、こちらにゆっくり立ち上がり近づいてくる。綺麗な薄紅色の目と髪が特徴的な女性が身長は俺より頭一つ程小柄で髪は腰付近まであり、長い髪を背中の真ん中辺りでふんわりとした感じで束ねている。年齢は俺と同じ高校生くらいに見える。


 少女は目の前まで来ると、顔を間近まで近づけて俺を見上げる。

 そして首をかしげながら不服そうな顔で再び声をかけてくる。


「あの~聞いてます?」


 この見た目は明らかに日本人じゃないよな?

 つか、顔近すぎんだろ!距離感バグってないか?この子!彼女いない歴=年齢の俺には刺激が強い!

 ……ん?名前をください?とか言っていたがどういう事だ?

 全くもって理解が追い付かない。

 そもそも俺は今どこに居て、何をしているのだろう……?


 色々な感情がごちゃ混ぜになりつつも少しづつ冷静さを取りそうと頑張る。深呼吸をして落ち着きを取り戻しつつ、一歩引いてから目の前の少女に声をかける。


「あ、ごめん。 と言うかここは何処で君は誰?」


 現状を理解できず、混乱している頭で考えたが、結局答えは出る訳も無いので

 目の前の少女に質問をしてみる。


「ここは火の精霊界ですよ?

 そして私は強い感情によって具現化した火の精霊です。」


「火の……精霊界? 強い感情による具現化?」


 何のファンタジーのお話だろうと自分の首をかしげる。

 そして何が起きたのか少しづつ記憶をたどってみる。


 まず、俺の名前は工藤 辰巳(くどう たつみ)17歳の高校3年生。

 彼女なし=年齢なのはお約束。

 いや、単純に出会いが無かっただけですよ?

 だって高校は部活の推薦で入ったから部活三昧の日々を送り、剣道部だが女子部は無いのでむさ苦しい男だけの汗臭い青春を送っていました。


 おっと、話が脱線した。

 で、今日は台風が近づいて来ていて強い雨が降っていたが、いつも通り部活があったんだ。流石にこんな日くらい早く帰らせろよと顧問を皆で睨んでいたのを覚えてる。

 家に帰ってから夕飯を食べて、自分の部屋で台風の雨音と雷が凄いなぁ……と思いつつゲームをしていた……ここまでは思い出せた。

 それから……そうだ!

 大きい地震が有ってタンスが倒れてきて、それで頭を打って倒れたんだ……で、

 最後にうっすら記憶が残っているのはテレビがショートしてるのか火花を出していて、窓ガラスが割れたのか外れたのか解らないが雨が顔に吹き付ける感覚があった。

 そして煙と何かが燃える音が聞こえてきて……

 あ、家が火事になっていたんだ……


 そう、地震と台風と火事のコンボで家が燃えていたんだ!

 で、俺は頭を打って意識が朦朧としていて……その後は……


「ここって死後の世界!?」


 自分の頭で出した結論を叫ぶ。

 だって、それ以外考えられないじゃん。

 助けられたのなら病院のベッドの上コースだろうし。

 目の前には見た事のない美少女が居るんだぜ?

 どう考えても死後の世界の流れだろ?


「死んでません! ここは精霊界です! 精霊は生者の強い感情によってしか具現化できません!」


 目の前の自称精霊の少女がこちらに負けない勢いで叫ぶ。


「死んでないの? じゃあ何故、俺は精霊界と言う所にいるの?」


 少女にストレートに質問をぶつける。


「貴方が精霊界に来た原因は私では解りませんし。そもそも私は具現化したばかりの精霊です。なので精霊としての生存本能的なこと位しか解りません。」


 えっと……ダメじゃん!


 つまりこの子は生まれたばかりだから何も知らないって事?

 肩すかしを食らった気分になりつつも、取り合えず知ってる事だけでも確認すれば、何かの糸口になるかもと思い質問を続けてみる。


「精霊の生存本能的な事って何?」


 知っていると言った半分を確認してみる。


「精霊は元々は各精霊界に漂っている空気みたいなモノで、基本的には具現化する事も無いし、ただそこに恒常的に存在するモノなのです。 ただ、それに強い感情が反応すると、今の私みたいに意思を持って具現化する事があるのです。」


 説明がよく解らないが、普通の精霊ってのはガスみたいな物で、それが何かのきっかけで圧縮されて固形物になるみたいな事か?何かの化学反応物質か?


「で、具現化した精霊は人間と契約しないと自分の具現化が維持出来なくなってしまうのです。」


「契約って? 何か物々しい言葉が出てきたな……」


 契約という言葉に身構える。大体こういうやつはメリットよりもデメリットの方が大きいと相場が決まっている気がする。


「契約とは人間は精霊に名前を与え、その精霊が成長するための感情を与え続ける事です。その代わり人間の方は精霊界での行動が可能になります。」


「ぇ……感情を与え続けるって何? 感情を食って成長するの精霊って? 契約したらそのうち感情無くなって廃人になるん?」


 名前は今までの話だと人間の感情で生まれるなら親みたいなものだから名付けは解るが感情を与え続けるって何だ?


「別に感情を食べたりしません。 契約主の感情を共有する事で色んな事を学び、成長して行くのです。別に契約主の人格が変わるだとか、感情が無くなるだとかは有りませんし、もしそうなったら精霊も感情を貰えなくなるので困ります!」


 何怖いこと言ってるの? と言った感じで困惑の表情で俺の発言を否定する。


「つまり俺と契約しないと死んじゃうって事?」


 何コレ? 拒否権無しじゃん。断ったら俺ただの鬼畜じゃないか。


「ん~この場合、私は死ぬと言うよりも自我を無くして精霊界に取り込まれると言った方が正しいでしょう、元に戻ると言う所ですね。むしろ死んじゃうのは貴方ですよ?」


 何を言っているんだと言う呆れ顔になって少女は言う。


「さっき言いましたよね? 契約の代わりに人間は精霊界で行動できるようになると。逆を言えば契約しない場合。貴方が精霊界に取り込まれてしまいますよ?」


「俺が取り込まれるってどういうこと?」


 全く理解が追い付かない俺に少女は少し早口になりつつ説明を続ける。


「そもそも精霊界と人間界では精霊の密度が違うんです。 普通の人間は精霊界の密度にさらされたら数分で押し潰されてしまいます。 今は私がここら辺の精霊力を集めて具現化したので一時的に薄くなっていますが、もうすぐ元に戻ります。そうしたら貴方は……」


 つまり、水圧みたいな物か? 人間界が浅瀬で精霊界は深海みたいな所と言う事か。 うん、むしろ人道的に拒否権無かったのはこの子の方か!


「理解しました。契約はどうしたらいいですか? 教えてください。」


 疑った事を申し訳ないと思い一気に敬語にかわる俺がいる。

 少女はやれやれと言った顔で説明を始める。


「さっきも言いましたが私に名前をくださいな。そうする事で私は貴方と精霊として契約が成立します。もう時間は有りません。急いでください。」


「急いでと言われても……」


 急に名前なんて思いつかない。そもそも精霊だから日本の名前が似合うような外見でも無いし……。

 そんな事を考えてると急に体が軋むような間隔に襲われる。

 気が付くと周りの白い空間がほとんど無くなっている。

 精霊力が元に戻っていると言う事か、じわじわと物凄い力で体が押し潰されていくのを感じる。


「時間が無いです!急いでください。」


 もう時間が無い、こうなったらぱっと浮かんだ名前だ


「ティルレート……お前の名前はティルレート=アルセインだ!」


 自分でも何故そうなったか解らない名前を呼んだ。


「ティルレート=アルセインですね!ありがとうございます!これで契約は成りました!今後ともよろしくお願いします!」


 満面の笑みを浮かべたティルレートの顔見た所で俺はまた意識を失った。






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