十一 下屋敷の留守居役は、賭場の用心棒

 夕七ツ半(午後五時)過ぎ。陽が沈んだ頃。


「では、行ってきます。今夜は隅田村に泊ります」

「気をつけて行ってらっしゃい。旦那様」

 小夜に見送られ、石田は石田屋を出た。



 四半時余りで、小梅の水戸徳川家下屋敷の裏門に着いた。賭場を開くのは御法度だが、水戸徳川家下屋敷内で賭場を開かれても、町方は手を出せない。

「私は石田と申します・・・」

 紺の木綿の小袖に紺の木綿の袴の石田は、裏門を警護している二人の男に、日野道場の日野唐十郎から紹介された旨を話し、留守居役後藤伊織殿に会いたい、と述べた。

 二人の中間ちゅうげんらしい男は互いに顔を見合わせて頷き、こちらに、と言って石田を連れて廊下を歩き、賭場が開かれている中間部屋の、さらに奥へ案内した。


 奥庭が見渡せる座敷の外廊下へ歩くと、中間は外廊下に立ったまま、座敷の閉じた障子戸に向かい、

「日野唐十郎様の紹介で、石田様と名乗る方がお見えです」

 と言った。

「うむ。ここに通してくれ」

 座敷の内からそう聞えると、中間は障子戸を開けた。

「中へどうぞ」


 後藤伊織は横になって頬杖を突いたまま干物を肴に酒を飲んでいたが、起きて正座した。

「日野先生の紹介とは、いったい、如何致しましたか」

「その前に、これをご覧下さい・・・」

 石田は日野唐十郎がしたためた文を後藤伊織に渡し、清太郎の父の山科屋清兵衛から頼まれた依頼事を話した。


 後藤伊織は石田の話を聞きながら文を読み終え、笑顔で言った。

「依頼の内容は分かりました。日野先生は石田さんが居合いの達人と記しています。

 石田さんと日野先生が警護して下さるなら留守居役の私も大助かりです。

 御法度の賭場です。町方は手出しできませぬ。事が大事になれば公儀(幕府)は黙ってはおりませぬ。さりとて天下普請で水戸家の財政負担が増えて何かと経費がかかり、このように裏家業で下屋敷の経費を捻出しております。

 ぜひとも警護して、賭場荒らしの無頼漢を斬殺せずに捕縛して下さい。その後の事は石田さんにお任せします。なにぶんにも、揉め事にせずに穏便に済ませたいのです」

 後藤伊織は刃傷沙汰を避けたかった。


「では、二十二日のこの刻限に、また参ります。こちらに木太刀はありますか」

 石田は刀を使わずに清太郎一味を捕え、父親の山科屋清兵衛に渡したいと思った。

 後藤伊織は直ちに石田の申し出を理解した。

「ここにあります」

 後藤伊織は部屋の四方の長押なげしを示した。長押の上には隠れるようにして、木太刀が十振りある。


「気になる事があります。

 当日、私のような者たちが五人もいたら、賭場の客は不審に思いませぬか」

 石田は日野唐十郎から、後藤伊織はかなりの使い手だ、と聞いている。

「なあに私も用心棒として、いつも木太刀持参で賭場に出ています。用心棒が増えても、誰も気にしますまい」

「では、当日は木太刀を使わせて下さい」

「分かりました」

「では、二十二日のこの刻限に伺います」

 石田は後藤伊織に礼を述べて、座敷を出ようとした。

「賭場を見ていって下さい。私は用心棒をしますので」

 後藤伊織はその場を立って長押の木太刀を取った。

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