九 紹介状

 翌、神無月(十月)十一日。快晴の明け六ツ半(午前七時)前。

 朝餉を済ませた石田は小夜を抱きしめた。

「では、日野唐十郎殿に会って後藤伊織殿に会えるよう取り計らってもらい、その後、仲間と共に呉服問屋山科屋清兵衛に会って花代を受け取り、ここに戻ります」

「早く帰ってね。待ってます」

 小夜は石田を抱きしめて見上げた。女としては大柄だが石田よりは背が低い。

「分かりましたよ。小夜さん」

 石田は小夜を抱きしめている腕を解いて部屋を出た。


 明け六ツ半(午前七時)。

 四半時たらずで、石田は浅草熱田明神傍の日野道場に着いた。

「日野唐十郎先生はおいでですか」

 石田は、道場の玄関を拭き掃除する門下生らしき男に訊いた。

「何か用ですか」

 門下生は顔を上げずに、道場の玄関の引き戸を拭いている。

「はい。私は石田と申します。火急の用があり、日野唐十郎殿にお会いしたいのです」


 門下生らしき男が顔を上げた。

「石田さんでしたか。よかった。一足遅かったら出稽古に出かけるところでした。

 火急の用とは何ですか」

「会えてよかった。実は・・・」

 石田はこれまでの経緯を説明した。


「分かりました。後藤伊織に紹介のふみをしたためます。

 しかしながら、なぜ清太郎一味の悪事を阻むのですか。事が起これば水戸家とて黙ってはいますまい」

「清太郎が賭場を襲えば怪我人や死人が出ます。そうなれば留守居役の責任が問われます。

 唐十郎殿の門弟が責任を問われては、事の経緯を知りながら何もしなかった己に悔いが残ります」

「分かりました。そこまでお考えなら、私も賭場の警護を加勢しましょう。

 まずは道場にお入り下さい・・・」

 日野唐十郎は道場に隣接した客用の座敷に石田を案内した。

「唐十郎殿が加勢して下さるなら、鬼に金棒です」

 石田は安堵の溜息をついた。


「ところで石田さんは、御内儀さんと共に始末屋もなさるのですか」

 唐十郎は話しながら、後藤伊織宛に、石田の紹介を兼ねた清太郎一味の企みを文にしたためた。

「まあ、そんなところです」

「住いは白鬚社の番小屋と、吉原の石田屋ですか」

「はい。行ったり来たりです」


「さあ、これを今夕、下屋敷の後藤伊織に渡して下さい。

 午前中の後藤伊織は上屋敷で剣術の稽古をしています。遅くとも、夕刻には下屋敷に戻ります故、賭場が開かれるのは暮れ六ツ半(午後七時)過ぎでしょう」

 唐十郎は石田に文を渡した。

「ありがとうございます。手間を取らせて申し訳ありませんでした」

 石田は文を受け取って懐に納めた。

 

「また捕物ですね。しかしながら、此度は水戸徳川家下屋敷内にて、我らは一介の浪人としてしか動けませぬ。その事を忘れずに動いて下さい。

 今日は十一日、まだ日があります。清太郎の親から花代を取り立てたら知らせて下さい。

 特使探索方の探り方で、清太郎の動きを探りましょう」

「今日、仲間と共に山科屋へ行って花代を貰ってきます。

 その足で吉原に戻って花代を納め、夕刻、下屋敷へ文を届けます。

 明朝、この刻限に、後藤伊織殿の返事を報告に参ります」

「分かりました。気をつけて下さい。

 明朝の知らせに異変がなければ、私も二十二日の暮れ六ツ半(午後七時)に水戸家下屋敷に参ります」

「はい。分かりました」

 石田は深々と御辞儀し、礼を述べて日野道場を辞去した。

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