【33】夜這い

エレナはその夜、薄手のネグリジェをメイドに用意させ、ガウンを羽織ったあと――。


「今日はもう、下がっていいわ」


 と、メイドを下がらせた。


 そして、エドガーの部屋へと向かう。

 既成事実を作り、無理やり結婚へと持っていくつもりだ。


「(いずれ侯爵になる勇者が相手となれば子爵家のバートンも何も言えないわ……ふふ)」


 エドガーの部屋をノックして、応答ないままドアを勝手に開ける。


 部屋は、消灯されており、視界が悪かった。


 エレナは手探りでエドガーのベッドに向かうと、ベッドの様子を確かめた。


「……ジーク様? もうおやすみに……?」


 ベッドを探るエレナの手に、男の腕が触れた。

 すこし、荒い息使いが聞こえた。


「(――起きているわ。やっぱり、私が来るのを待っていらっしゃった。そうよ、私を拒否するわけなんてないのだから)」


「ジーク様……」


 エレナは、そのままエドガーのベッドに潜り込んだ。




 翌朝――。


 エレナは、エドガーのベッドで目を覚ます。

 自分を腕枕している逞しい腕が目に入り、頬を染めた。


 これで私は侯爵夫人。

 学校のいまいましい伯爵令嬢たちより、上になるのよ。


「お。目覚めた?」

「ジーク様……」


 その声に、エレナは腕の主の顔を見ると――それはエドガーではなく、オレンジの髪にオレンジの瞳の青年・セベロだった。


「……はぁ?」


 思わず素がでた。


「いやー。びっくりだ。メイドさんが夜這いに来たのかと思ったら、まさかお嬢様が来てくれるとはなー。サービスすごいな、男爵家。ご令嬢とベッドインとか良い思い出になったわ」


「あ、あなた誰ですの!?」


 エレナはワナワナと震えた。


「え、覚えてねぇの? 昨日から宿泊してる冒険者パーティの1人だけど。この髪色目立つのになぁ」


 エレナは、慌ててガウンを羽織ると怒鳴った。


「許せない!! あ……打首! 打首にするわ!! こんな! こんな……!! お父様とお母様に言うから!!」


 セベロは大きな欠伸をしながら言った。


「何言ってんだ、同意の上だろ。だいたいあんたからベッドに潜ってきたんだし。オレはメイドだと思ってたんだし? こっちがあんたの部屋に忍び込んだならまだしも」


「わ、私が平民を相手にするわけないでしょう!? ジーク様をお慰めしにきたのよ!! だいたいどうしてあなたがこの部屋に!!」

 

「(オレも侯爵ほどじゃないが、叙爵予定なんだけどなぁ。まあ、知られたら厄介そうだから黙ってよっと)」


「ばっかじゃねーの。あれだけ避けられてて。ジークならオレの部屋で寝てるわ。ジークはあんただけじゃなくて、夜這いにくる女多いからな。たまに部屋代わってやってんだよ」


 嘘である。

 ジーク、もといエドガーは部屋を空にするつもりだった。


「なんですって……! 侮辱よ! お父様とお母様にこれから言いに行ってあんたを牢屋にぶち込んでもらうんだから! あとジーク様にはこの責任をとってもら――」


 そう言って部屋をでていこうとしたエレナだったが、その腕を取られた。


「痛い! なにするの! 離しなさい!」


「なあ、お嬢様。オレは学はないが、頭は悪くないつもりだ」


 エレナがセベロを見上げると、セベロは薄笑みを浮かべている。


「さっきから平民平民うるさいんだよ。お前だってこの家の正統のお嬢様じゃないってオレは知ってるんだぜ」


「……それが、なによ。血がつながってなくったって、私はお父様とお母様に愛されてた、れっきとした貴族の令嬢よ!」


「令嬢が聞いて呆れる。あんたら貴族令嬢は、キズモノと世間に知られて広まったら、人生終わりなんだろ? それなのに、オレ――平民のしかも冒険者。そんなヤツとの情事をパパママに喋っちゃって……いいのかな? しかもあんた……手慣れてた。なんてアバズレだよ」


「アバズレですって……!?」


「お父様とお母様はきっと上手にこのことは隠してあなたのことは捕まえるわよ」


「そうか。だが、オレはあちこちで言いまくるぜ。 あんたがオレと寝たってな。事細かく。たとえば胸の谷間にホクロがあったぜ、とか。真実なんてどうだっていいんだがな。噂好きの奴らの口は止まらんぞ」


 エレナは思わず胸元を抑えた。この男は絶対に許さない……! だが……どうしようもない。

 悔しいがこの男の言う通りだった。


「(平民と寝たなんてプライドが許さないわ……それにこのことが世間に知られたら……!!)」


 エレナの脳裏に自分をあざ笑う、学校の令嬢たちの顔が浮かぶ。


 それに学校の上位貴族との火遊びとは違う。

 彼らとは秘密が前提の逢瀬だ。

 お互いの立場がわかっていて、時がくるまでは秘密……ということになっている。


 しかし、この男は……違う。


 青ざめて黙ったエレナの顔を見て満足そうな笑顔を浮かべたセベロは、その手を離した。


「これにこりたら、もうジークのことは諦めろ。ほら、まだ朝は早い。メイドたちの数も少ないだろ。見られないうちにお部屋に戻りな、へその右横にもホクロがあるエレナ様? 他にもあんたの身体のことを知ってる奴もいるだろ? オレが言う事が真実だとわかるヤツもいるだろうなぁ」


 遠回しに、お前と寝たヤツしか知らない情報だろ?、と言っている。


 エレナは、ギリ、と歯を噛みしめると、セベロをその目で殺しそうなくらい睨みつけて、出ていった。


「おー。怖(こわ) あー、でもスッキリした」


 ヘラヘラ笑って、セベロは大きく伸びをした。


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