【12】男爵夫人のお茶会

 ミューラを王都の孤児院から連れ帰った男爵夫人・イルダは、旅の疲れがとれたところで、久しぶりにお茶会を開くことにした。


 懇意にしている同じ男爵家や近隣領地の上位貴族を呼んだ。

 なお、表向きは交流会ではあるが、イルダの真の目的は、王都の有名店で購入してきた服飾品の自慢だ。



「あら、イルダさん、そちらはとても素敵なお帽子ね? そういえば靴も……あら、最近流行のものではなくて?」


 伯爵夫人がイルダの身につけているものを話題に取り上げる。



「ええ。この間王都に行ってまいりまして……。私は家にあるもので良いと言ったのですが、せっかく来たのだから主人がどうしても、と申しまして無理やり……」


 困り顔で笑顔を浮かべるイルダ。その発言は真っ赤な嘘である。


 ハミルトン男爵は、予算外の買い物だったので渋い顔だったのだが、イルダが押し切って買ったのだ。

 彼女の浪費はわりと激しい。



「まあ羨ましいわ。ハミルトン男爵は懐の深い御方ですわね。私なんて、度々せがんでもなかなか買ってもらえませんのよ? うちの旦那様は予算の中でやりくりしろ、とうるさいんですの。まあ素敵なお色……」


 他の男爵夫人が、イルダの夫を称え、さらに服飾品を褒める。



「あら、靴も。……ああ、これは王都のお城近くの通りのブランドではなくて? 一等地のお店ではないですか」


「そうだったのですか? 私は田舎者ですからそういうのに疎(うと)くて……まあそんなに素晴らしいものだったのですね。……あの人ったら」


 招待主だけあって、持て囃(はや)される。


 現在、世界で一番幸せなのは、きっと自分。


 イルダにとって思惑通りで、気分が最高のお茶会が進行していた。



 しかし、しばらくすると――。


「そういえば、イルダさん。今日はエレナさんはいらっしゃらないのね? いつも同席させているのに」


 伯爵夫人がそう切り出した。


「――あ、ええ。今日は……今、お勉強の時間ですの」


 嘘だ。

 エレナが本当の子どもではなかったと発覚したせいだ。



 ここにいるメンバーはそれを知っている。


 何故ならここのメンバーからエレナが本当の子どもではないという事を突き止めたメンバーだからだ。


 ただし、それをイルダは知らない。


 産院に誰が調べたか口止めさせ、産院から知らせたからだ。



 伯爵夫人の扇子の向こうの目が細くなる。扇子で見えない口元はおそらく嗤っている。



 ――ここのメンバーの子ども達の中でエレナは郡を抜いて美しかった。


 夫人同士の集まりに子どもを参加させるなど、あまりない。


 だが、イルダはエレナが可愛いと褒め称えられたくて、またその子を産んだのは自分だ、ということを誇示したいがため、自分の家のお茶会だけでなく、招待された他家のお茶会にまで連れ歩いていた。


 他家のお茶会に参加した時は、エレナが行けば、その家の子も相手として呼び出されるため――口に出さずとも比較される。


 『エレナさんは可愛いですわね』


 他の子よりも、たくさん褒められて、イルダは鼻高々だった。



 だが、他の夫人方も仕方なく褒めている状態で、面白くなかった。

 しかも、自分の子どもと比較されているのがわかる。

 彼女らは、いつもエレナを連れてくるイルダにフラストレーションが溜まっていき、そのうち、イルダ抜きのお茶会が秘密で開かれるようになった。


 そこはイルダの悪口大会であった。


「ねえ、私思ったんですけど、ハミルトン夫妻とエレナさんって全然似てませんわよね?」


 ――誰もがそう思っていて、それまで誰も口にしていなかったこと。


 それを、ついに誰かが言ったのが、始まりだった。

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