【09】赤髪のメイド

 その夜、ミューラは与えられた部屋でやっと1人になれたあと、力が抜けたように座り込み、そのまま泣いた。



「エド……、エド……会いたい、エド……。孤児院に帰りたいよ……!」



 エドガーのバンダナをそっと胸に抱きしめた。



 明日から私はどうなるんだろう。


 助けてくれる人は誰もいない。


 

 侍女によって風呂に入れられ、身体を他人に洗われて。

 シルクの着心地のよいネグリジェを着せられ、足にはふわふわのスリッパ。


 部屋には買い与えられた日用品のボックスが積み上がっている。


 ベッドはふかふかしているし、バルコニーからは庭園が見える。

 ミューラにとってはどれも初めてのことだったし、とても良い待遇だ。



 なのに、ミューラはそれに対して、なんの感情も沸かなかった。



「(こんな贅沢いらない……貧乏でも孤児院に帰りたい。エド……)」



 ミューラの鼻のすする音が、静かな部屋に響いては消える。


 孤児院では泣きたいことがあった時はいつも『アン』を抱きしめるか、傍にエドがいてくれた。



「私にはもう、誰もいないんだわ……」



 しばらくすると、ミューラは泣くことをやめて、ベッドに入った。

 エドガーのバンダナは手元に置いて寝たかったが、捨てられることを恐れてソファの隙間に隠した。



 眠れるわけがないと思っていたが、幸い旅の疲れが溜まっており、横になって部屋の暗闇を眺めていると、そのうちミューラは眠っていた。




 ◆




「起きてください、ミューラお嬢様」



 朝になると、誰かが起こしに来た。



「あ……おはようございます」



 かわいらしい赤毛のメイドが笑顔でミューラを見ていた。

 サイドで三つ編みしていて、ミューラからするとお姉さんではあるが若そうだ。



「お顔を洗ってください。それが終わったら、お着替えして、髪を整えますね!」



「あ、はい。ありがとうございます」



 メイドは用件だけ言うと笑顔ではあるものの、その後は無言だった。


 ここ数日、他人から笑顔を向けられることが無かったので、ミューラはすこし心が和んだ。



「(それに、色合い的に『アン』に似てる……)」



 赤髪のメイドは、用事をしている最中も、目が合うとニコリ、と微笑んでくれた。



「(……ひょっとしたら使用人さんとは、うまくやっていけるかもしれない)」


 ふと、そんな希望が生まれた。


 もともと、家族はいなかったミューラだ。

 仲良くできるなら他人でも全然構わない。



 ◆


 ドレッサーに座って髪を梳かしてもらう。

 今までは自分でやっていたので、慣れない。


 でも、優しく梳かしてくれてる。

 まるで頭を撫でられているようだ。



「旦那様とそっくりな髪ですね。それに綺麗なストレート。結わずにそのままにしたいくら……あ、いけない。メイドなのに余計なこと喋っちゃいました」


「喋ってはいけないの?」


 ミューラはドキドキしながら口を開いてみた。



「身分が違いますから、必要なことだけ、と言うルールになってます」



 そうなんだ。残念……でも、誰にも言わないから、と約束したら雑談とか……してくれるだろうか?


 と、ミューラが問いかけようと思っている時だった。



「ミューラの部屋はここね!?」


 部屋の外が騒がしくなったと思ったら、いきなり扉が勢いよく開かれた。

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