第10話 素性
どのくらいの時間が経ったのだろう。ふとそんな事が頭をよぎったが、別に構わなかった。
いつまででも
「いった!」
桃が思い切り圭一郎の足を踏んだのだ。
「いつまで抱き締めてんだ、変態!」
「も、桃……」
圭一郎は思わず屈んで右足を摩った。見上げた桃の顔に絶句する。
眉をひん曲げて圭一郎を睨みつける様は、そう、スケ番を真似ているような顔でとても可愛かった。
「ニヤニヤしてんじゃねえぞ!バカ旦那が!」
「も、桃……?」
「ああ!?」
「どうした、その言葉遣いは?」
乱暴に振る舞っても桃の可愛らしさは変わらないが、どうしてそんな事をしているのかが圭一郎には不思議だった。
「どうしたもなにも、これが今のあたしなんだよ!」
「お前は今までどこで育ったんだ?」
圭一郎がそう問うと、桃は吹き出して笑う。
「へえ?わかってないんだ?だよね、いくら財界に顔がきくって言っても、所詮は?ハイソサエティの?程度だもんね」
一生懸命挑発しようとしている、可愛いなあ。
圭一郎はすっかり惚けてしまっていたが、次の桃の言葉で目が覚めることになる。
「あたしはもう元華族の末裔なんかじゃない。関東一円を取り仕切る
「……」
圭一郎の頭は真っ白になった。
「ふっふ、ビビって口も聞けないの?だらしないよねえ」
「……ヤクザ?」
「ヤクザって言うな!次は××タマ蹴り上げるよ!」
「お、おお……」
桃の口からそんな言葉が聞こえるとは思わなかった圭一郎はその部分の記憶だけ排除した。自己防衛の一種だろう。
「何故、そんな……任侠の御仁の孫に?」
圭一郎がやっとした質問に、桃は面倒くさそうな態度で答える。
「よく知らないけど、お父様が借金したのが茨村組だったの。で、返せずにドロンしちゃった後あたしとお母様はお爺ちゃまに引き取られた」
「おじい……茨村、雪之助?」
「そう。あたしはお爺ちゃまに感謝してる。おかげでお母様をちゃんとした病院で看取ることができた。お爺ちゃまはその後あたしを何不自由なく育ててくれたんだ!」
桃の話は要領を得ないけれど、圭一郎は少し腑に落ちた。
茨村組と言えば桃の言う通り裏社会の顔役だ。そこが組織をあげて隠せばたとえ湊家と言えども桃の消息を掴むことは出来ないだろう。
亡き父が手を引いたのは茨村組が後ろにいたからなのか。
しかし、そうなると純粋な疑問が残る。借金を踏み倒した相手の妻子を保護した上に養子にまでするとは、一体どういう了見だろう。
──というか、総長代理とはなんだ?
「どう?ビビった?驚いたよね!?」
桃は得意げになっているが、圭一郎はとりあえず立ち上がった。やらなければいけないことが山のように増えた。
「まあ……話はわかった。それで?何故産業スパイを?」
「言わない!」
ちょっと待て。拒否する姿もなんて可愛いんだ。
そんなことを圭一郎が考えているとは露ほども思わない桃は決定的な事を口にする。
「あたしを取り戻そうとしても無駄だかんな!あたしはお爺ちゃまの後を継いで四代目総長になるんだから!」
「──はぁ!?」
圭一郎は脳内で片付けるべき事項リストを数えて、その多さに眩暈がした。
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