プロジェクト・カイカ前編 第01輪 | 逢条 陽 vs 異世界遠征!ルイちゃんねる☆彡

??月??日 ??:??


私は、「才能」という人間の要素に興味がある。


自身の才能を発見し、磨き上げ、挫折し、内省し、迷い、それでも、その才能に執着しながら開花させていく。


その過程はドラマチックだが、非効率そのものだ。


ところが、我々の文明はこの非効率をベースに成立している。


飯をつくる才能が、家をつくる才能が、音をつくる才能が、それらのドラマが、我々の文明を形作る。


これだけ効率性やスマートさを重視する近代文明ですら、そんな暑苦しいドラマを土台に成立しているとは、面白いと思わないか?


ちなみに、私が身を置くサイバー業界は、効率性を極限まで追及する世界だ。


しかし、私は効率性が人間の本質だとは思わない。


人間の本質は、ドラマなんだよ。


だからこそ、その本質をデジタル・システムで再現してみたいんだ。


4月29日 7:16


-クシューーーーッッ、ガパシィィィィンン!!


またたき17号 5号車の入口で。

鉄の扉と、木刀が、ぶつかり合って生まれた音は、直後に鳴り響いた複層的な足音により、過去に追いやられて消えた。


-トタドタドタトタドタッッッ


加えて、二人分の身体が、またたきの床に転がる音に。


「うお!」


「キャッッ!」


-ッゴロロッッッ


華麗にしていびつな、またたきへの搭乗。

閉まり切ったドアが示す、間一髪の、乗車成功。

冷たいまたたきの床に、背中預けながら感じる、極度の緊張からの解放。


しかし。

その安堵を一瞬にして更新したのは、急速な鼓動の高まりと、全身のこわばり。


原因は、鼻孔に入り込んだ甘い匂いと、右腕に感じる人肌の柔らかみ。


気付けば、この右腕の中に。

自分を窮地から救ってくれた、ヒカリ新報の女性がいたのだ。


「あ・・・」


瞬間、彼女の小さな掌が、自分の心臓の上に、ぺたりと乗っかっていることに気付く。

あたかも、添い寝をしながら、こちらの胸にソッと聴診器でも当てるかのように。


まずい。

鼓動が、更に高まっていく。


そして、それを悟られてしまう。


「ち、ちょ、ちょッッッ!!スンません!!」


-シュバッッ


彼女の身体と、またたきの床。

その間に挟まれている右腕を、電光石火の速さで引き抜き、慌てて自らの半身を起こす。


またたきの床上に、べたりとついた両の掌。

そこをひんやり刺激する、ひどく現実的な冷たさ。

彼女の身体との間に、生まれてしまった大きな隙間。


それらの全てが、自分を、色めく世界から、現実へと引き戻していく。

事実、口からこぼれたのは、熱い吐息や、甘い語らいではなく、いたく常識的な気遣いだった。


「あの・・・大丈夫っすか?」


「あ・・・はい」


女性も、むくりと自らの半身を起こす。


年は、20代前半くらいだろうか。

さっきホームでも思ったが、遠くに居ても目に入る、ユニークな容姿だ。


エメラルド・グリーンに染まった髪の毛。

7分くらいのところで分けられた前髪の分け目で、ヒトデ型の髪留めがキラリと光る。


肩下くらいまで降りた、ゆるくうねった後ろ髪。

そのうねる緑の拡がりは、どこか南の島から眺める、澄んだ海原を思わせる。


「あの、さっき俺のこと助けてくれて、ありがとう」


謝礼。


当然だ。

この女性のお陰で、窮地を脱することができたのだから。


しかし、その謝礼をまともに言い終えることはできなかった。


エメラルド・グリーンの海原が、突如、視界を覆い尽くしたからだ。

まるで、そこに美しき高波でも生まれたかのように。


「ございましたっ・・・」


自分の体をトスンと揺さぶる、微かなる衝撃。

直後、伝わってきたのは、再びの暖かみ。


いつの間にか、タンクトップから露わになった、女性の細い両腕が、自分の肩に巻き付いている。

女性が自分の胸元で、安堵の息を吐き出すと、眼前に垂れ下がった海原が、ほんの一瞬静かに揺れた。


「ハァっっ」


「えっ・・・?」


女性による、いきなりのハグ。

可愛らしき力で、抑え込まれる感触。

その甘く、心地好い暴力。


時間が、ぴたりと停止する。


-ギュッ


そして、何が起きているか分からないまま、女性をソッと抱き返した。


4月29日 7:18


「えと・・・っ」


特警の岩みたいな腕とは真逆の、潤いを感じさせる柔肌。

白いタンクトップの布越しに感じる、ふっくらした二つの山の端。

こちらの胸にくっついた、暖かな頬っぺた。


それらに、心を奪われ、言葉を失う。

すると、こちらの耳元で、女性が何かを呟いた。


「ありがと」


ありがと。


まるで、魔法を信じる幼子が、自分だけに教えてくれた、とっておきの呪文のような。

そんな、親密にしてイノセントな周波数に酔いながら、そこに込められた意味を問う。


「・・・ありがと?礼言わなきゃいけないのは、俺の方なんだけど」


すると、両肩回りに感じていた小さな圧力が消えた。

女性が、両腕をほどいたのだ。

束の間の、こころよい魔法の時間が、終わってしまった。


少し遠くに移動した、女性の細い首元には、スカイ・ブルーを基調とした鮮やかなスカーフが巻かれている。

正面ではなく、首の横でリボンをつくる特徴的な巻き方は、キャビン・アテンダントのそれを思い起こさせる。


その下には、真夏を先取りしたようなホワイトのタンクトップ。

二筋の白の間で、露わになった鎖骨の隆起に、注意を奪われる。


しかし、より注意すべきは、鎖骨の隆起の、更に下。

コットンの輪郭線から、はみ出すように顔を出す、艶めかしい山の連なりに視線が移る。


一方で。

その丸みとは対照的な、研ぎ澄まされた女性の言葉が、両の鼓膜に突き刺さる。


「・・・復讐させてくれたこと」


「え?」


女性は、あくまで表情を変えず、こちらの顔と床の間に存在する名もなき空間に向けて、それを言って放った。


復讐。

その言葉が示唆するのは、女性が過去に経験した、暗く、重たい起承転結。

慎重、且つ、丁寧に、その起承転結に迫る。


「・・・復讐って?」


「あたし、以前、別の駅で特警にセクハラされてて」


「セクハラ・・・!」


「はい。取り調べって言って、その・・・あたしの体のあちこちを触ってきて」


そう言って、タンクトップ上に覆われた、二つの膨らみに手を当てる女性。

特警の厳つい手が、その秘められし膨らみを侵略したと思うと、横暴な侵略者への怒りが湧き上がる。


「やっぱり、クズだな。あいつら・・・あの、あんまり話したくなければ、話さなくても大丈夫っすよ?」


「いえ、いんだ」


心なしか、女性のうねる後ろ髪が、シュンと力なく垂れ下がっているように見える。

タンクトップに手を当てたまま、その胸の奥にある、苦々しい記憶を辿るように続ける女性。


「それで、その場でセクハラだと訴えたら、別の部屋に連れて行かれて」


「・・・別の部屋?」


「何というか、取調室みたいなところ。お詫びもなければ、悪びれる様子もない。あたしを見下しながら、何言ってるんだ?国に言いがかりをつけたければ好きにしろって。確かに証拠もないし、目撃者も居なかったから、どうすることもできなくて」


ふとそこで、高校中退の寸前、木成と伊原に連れ込まれた「取調室」が脳裏に浮かんだ。

権力を笠に着た人間たちの暴挙は、あらゆる場所に存在するようだ。


「そいつ、許せないな」


「許せないでしょ?一応、メディアにも話をしてみたけど、やっぱり証拠不十分で記事にしてくれない。だから・・・別のチャンスで特警を懲らしめてやりたいと思ってたの」


「・・・そうだったんすね」


「でもまさか、そのチャンスが今日来るなんて!あんな風に特警に向かっていける人なんて、いないわよ!あなたのおかげで、やっとリベンジできたの。だから「ありがと」って言ったんだ」


ゆっくりと、丁寧に発音された「ありがと」という言葉が、再び魔法の効力を発揮し、世界の輪郭がやわらかいものに変質していくのを感じる。


「・・・ん?」


しかし同時に、頭に持ち上がったある疑問が、形状記憶合金のように世界を元の輪郭にぐいぐいと押し戻していき、その二つの力の拮抗により、世界の輪郭が半端に歪んでしまった。


女性の言っていることは、少し妙だ。


"メディアに話をしてみた"とは、いかに。

まるで、どこかのメディアに話を持ち込んだような言い方ではないか。


この女性自身がヒカリ新報というメディアの人間であれば、ヒカリ新報に話をするのが自然なのでは?


瞬間、タンクトップに当てていた手を離す女性。

その拍子に、白布の中央に浮かぶ賑やかな文字が、視界にぴょんと飛び込んだ。


「異世界遠征・・・ルイちゃんねる?」


「ああ、それ、あたしのチャンネルの名前」


「チャンネルって?」


「実はね、あたし、ヒカリ新報の記者でも何でもないんだ。あれは、咄嗟に思いついたブラフ」


「・・・は?ブラフ?」


「ええ。ストリーミング中継も含めて、ぜーんぶ嘘」


自分も、特警も、恐らくその場にいた誰も。

あれが真っ赤な嘘だとは、これっぽっちも思わなかった。

あの非常事態下で、しかも特警相手にそんなブラフをかけるとは、相当に肝の据わってた女性だ。


でも、だとしたら。

この女性は、一体何者なのだ?


「あたし、サイバーキャスターなんだ」


「・・・え?」


サイバーキャスター。

今では、すっかり聞き慣れた言葉になった。


それは、動画共有サイト「U( )(ユースペース)」により生まれた、新時代の職業。

もはや独立した惑星のように発展した、3D仮想世界を探検。

その探検を録画して、今どこに行き、誰と会い、何をするのがオススメかを、ユースペ上で発信する、サイバー世界のレポーター。


サイバーキャスターの多くは、会社に所属していない個人。

それぞれのユースペのチャンネルで、それぞれの好きなように発信を行う。

その業務形態は、少しのからかいと共に、「一人メディア業」と呼ばれたりする。


しかし、今や一人メディアの力を侮ることはできない。

テレビや雑誌といったマスメディアの影響力を、軽く凌駕するサイバーキャスターが登場してきたからだ。


例えば、ホシレモンがその代表格。

まさかとは思うが、女性はそうした類のサイバーキャスターなのだろうか?


「あ、申し遅れましたけど、あたし、七海 流行(ななみ るい)!七つの海をわたる流行で、ななみ るい」


「ななみ、るい」


そこで女性は右手を開き、まるで異国の観光地の方を「こちらでございます」と示すツアーガイドかのように、それを斜め前に差し出した。

恐らく、七つの海をわたるであろう、素敵な微笑みを浮かべながら。


「異世界遠征!」


瞬間、女性の顔が、右の方向にコトリと傾く。

それに合わせ、長いまつ毛をたたえた左目が、パッチリとウィンク。


「ルイちゃんねるぅ☆彡」


「・・・」


「なんてね♪」


何やら、妙な展開になってきた。


4月29日 7:20


「・・・ああ・・・」


息を吸い込むような、あるいは、吐き出すような。

ピリピリ痙攣するような、あるいは、ピンと緊張するような。

言葉に変わるような、あるいは、変わらないような。


そんな対極の間をウロつく声が、汚れた地面に力無くこぼれたとき、それは二匹の猛獣の注意を大いに引いた。


その声が、猛獣らにとって有益なものだったからではない。

不利益なものだったからだ。


たまたま、そこを通りがかったホームレスの老父。

その両目に映ったのは、いかがわしい男たちが、何者かの死体を車のトランクに詰め込む瞬間だった。


「気付かれてはならない」という意識は、ホームレスの男にもあった。

しかし、恐怖と困惑が脳を揺らし、果てにはその声帯をもプルプルと震わせてしまった。


最も、震わせてはいけない瞬間に。


「誰だあ?」


こちらを振り向く男たちの顔に装着された、不気味な虎と獅子の面。

その面は、「正体を覆い隠す」という本来の役割とは裏腹に、この男たちがどのような類の人間であるのかを、ホームレスの男にありありと想像させた。


「テメえ、何、見てんだよ?」


そして。

少し前、この場で起こった出来事と、少し後、自身に起こり得る出来事すらも。


「おっと!おじちゃんさあ、勘違いしないでよ?」


殺気立つ獅子男をよそに、虎面男は、あたかも人間に対して怯える野良猫に歩み寄るように、その足をホームレスの男に向けて進めた。


「僕らはさあ、舞台役者なんだ。さっきトランクに入れたのは、等身大の舞台人形だよ?」


まるで、無数の見えない糸でがんじがらめにされたように、その場で硬直するホームレスの老父。


虎面男は、そのホームレスの老父の目の前にまで近付き、次の言葉をゆっくりと発音した。

あたかも、その見えない糸をパチパチと断ち切る、救いのハサミをチラつかせるように。


「何にもおかしい事はない、そ・う・お・も・う・よ・ね?」


「は・・・は」


"はい"。


そう言って、老父が静かに立ち去れば、その姿を見なかったことにしてやっても良い。

虎面男は、そう思っていた。


この、身を守る家すら持たないホームレスが、自分たちの報復を恐れず、警察に報告するとは思えない。

わざわざ報告する理由もないだろうし、そもそも警察がそれを信じるとも思えない。


脅威でないのであれば、別に殺す必要はない。

そうした状況判断は、虎面男にも出来ていた。


ところが、その虎面男の救済的歩み寄りに対し、不敵にも顎を大きく突き出してみせるホームレスの老父。

しかし、それは挑発ではなかった。


「はしゅっ」


"はい"の代わりに、そう言い放ったホームレスの老父は、眉間から血を吹き出しながら、衝撃で後ろに倒れていった。


発砲音。

ホームレスの老父の脳天に、即座に銃弾をぶち込んだ者がいたのだ。


その光景を前にして、「やれやれ」という表情を面の内側に浮かべる虎面男。


「・・・あのさあ、殺すのが早過ぎるって、さっき俺に言ったばかりだよね?」


-バシュッッ!!バシュッッ!!


「るっせえ」


虎面男による指摘を撥ねつけ、倒れたホームレスの老父に、続けざまに2発発射する獅子面男。


心臓と、腹。

ホームレスの老父が着ている穴だらけのシャツに、二つの新しい穴が空き、そこから流出した血液が、ひび割れた地面にドボドボと吸い込まれていく。


「ちょっと。やり過ぎでしょ」


「俺はな、ホームレスが嫌いなんだよ。見ててイライラすンだわ」


「へえ、何で?」


その虎面男の単純な質問に対し、だんまりを決め込む獅子面男。

まるで怒りの業火のような剃り込みが走る頭に思い浮かべているのは、スリやひったくり、果てには強盗にまで及んだ、少年期の自分の姿。


「・・・も持ってねえならよ」


「え?」


「何も持ってねえならよ、何で奪わねえんだ?持ってる連中からよお?」


4月29日 7:22


-ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・


4月29日、日曜日、午前7時を回った辺り。

いまだ多くの人々が、自宅で毛布にくるまる中で、とある「チューリップ畑」を、一人の若い男が歩いていた。


朝7時、チューリップ畑を、歩み抜く。


新鮮な太陽のかがやきと、咲き誇るチューリップのいろどり。

しかし、そんな人を童心に返らせる環境とは裏腹に、男の足取りは、老人のそれのようにふら付いていた。


-ザッ・・・・ザッ・・・・ザッ・・・・ザッ・・・・


男は、怪我でもしているのだろうか?

いや、男の体に傷はなく、その内側にも故障はない。


ならば、男は夢遊病者で、夢と現実を混同しながら、この場を彷徨い歩いているのだろうか?

いや、ここは男にとって、極めて現実的な目的地であり、夢うつつで彷徨っているわけではない。


-ドサリ


そして、遂に。

男は、そこで前のめりに倒れてしまった。


「うぶふっ」


衝撃。


別に、コンクリートの地面に打ちつけられたわけではない。

倒れたのは、チューリップたちが生え揃う、柔らかい土の地面である。


しかし、その衝撃は、男に致命的なダメージを与えたようだ。

男は、もはや自らの力で立ち上がることすらできなかった。


そんな中、尺取り虫が、鋭角的なリズムに乗って体を屈伸させながら、目の前の地面を横切っていく。


「尺取り虫・・・・」


もしかしたら、その動きを模倣することで、倒れた自分も前進できるのではないか。

ふと、そんな考えがよぎったが、それはさながら煙のように、実を結ばずにどこかへ消えた。


チューリップ。


そう。今、自分は虫か、或いはトカゲかのように、地面に這いつくばりながら、その並ぶチューリップたちの茎を眺めている。


食べよう。

さながら、虫かトカゲのように、それをむしゃむしゃ食らってしまえ。

実際、その球根は食べれると聞く。


男は、目の前で咲き誇る、紫色のチューリップの茎を握り、それを引き抜こうとした。


-ムリリッ


「・・・・」


当然、チューリップは、地中に根を下ろしている。

根の抵抗力を越え、チューリップを引き抜き、その球根を拝むには、それなりの力が必要である。


しかし、もはや男にその力は残されていなかった。


「かはっ」


男の右手が、チューリップのふもとの土に、べちゃりと力無く落ちる。

同時に、男の口からも、最後の言葉が零れ落ちた。


「・・・・腹、減った」


朝のチューリップ畑に、低い声でぼつりと響く、誰も知らない「腹減った」。


やれやれだ。

薄れゆく意識の中で、男はそう思った。


何せ、人知れず、枯れ果ててしまったのだから。


神那側県、空波区、桐針1。

ここで、自らの才能を「カイカ」させる前に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る