第22話 二階堂唯織
プリマヴェーラ合衆国陸軍省本部。
首都フローラに置かれる、軍の最高機関。その所在は、フローラの中心地に根を下ろす大樹メリアデスの中にある。
俺はメリアデスのほど近くにゲートで瞬間移動し、いくつかの検問を通って入念なチェックを受けた。本部の中に移動ポイントがないのは、テロやクーデター対策などの防衛上の理由である。
瞬間移動は便利だが、その分リスクも大きい。技術を正しく使うものばかりではないから、この措置も致し方ないといえよう。
ただ、何度も検問を通っていちいちチェックを受けないといけないのは、正直すごく面倒くさい。どの検問官もやる気がなさそうに検査するだけだもんな……。彼らも面倒なんだろうなあ。
俺は溜息をつきながら階段をのぼっていく。メリアデス正門前の大階段。俺と同じ軍属や軍関係者と思しきものたちが何人も行き来している。
突然、服の袖を引かれた。
「メンター見てください」
振り返ると、付き添いの椿が目を輝かせながら景色を眺めていた。
正門前はかなり高所にあるので、フローラの街が一望できてしまう。プリマヴェーラを代表する大都市だけあって、その眺望は圧巻の一言だ。
多くの豪奢な建造物。そして、それに調和するように溢れた自然の景観。緑に溢れ、花に溢れ、光に溢れ、あらゆる色彩がそこかしこに散りばめられ――。妖精が住まう神話の街だと言われても違和感がないほどに、隔絶した美しさがあった。
「……とても綺麗です。さすがはフローラ様の聖域……なんて荘厳なのでしょう」
「椿はフローラに来るのは初めてか?」
「ええ……。そうそう来られる場所ではありませんから。噂には聞いていましたが、想像以上に素晴らしいですね」
椿は嘆息をこぼしながら言った。
「たしかに、何度見ても飽きない美しさだよなあ。
「メンターはこんなところに何度も来ているというのですか……。羨ましいです」
「ははは。これでも一応は将官だからな。最近はあまり来ることはなかったけど、指学時代はこの街に住んでいたんだ」
まあ、実際に住んでいたのは露木稔で、俺ではないんだけど。だから、ある意味では何度も訪れているし、ある意味では初めて訪れたとも言える。
記憶はあるので、椿のように素朴な感動を味わえないのは残念なところだ。
「ああ……。特殊指導軍学校ってこの街にありましたよね、そういえば」
「うん。この麓だな」
「メンターはこの街で学んでいたんですね」
しみじみと、噛み締めるように言葉を発する椿。
「……この街、いいですね。……ふふ、ここでもいいかもしれない」
「……」
なんとなく触れない方がいい気がして、聞こえないふりをしておく。たぶん俺の考えすぎなんだけど、いちいちこいつの言動って妖しく感じるんだよなあ……好感度のせいだよなあ……。
椿の言動に冷たい汗を流しながら歩いていると、正門にほど近いところで背の高い女性と鉢合わせた。黒い軍服を着た、精悍な顔つきをしている美人。深くかぶった軍帽から、鋭い眼差しがのぞいている。
「ん? 貴様はたしか……」
女性はこちらを見ると、表情を険しくして記憶の糸を手繰る気配を漂わせた。
俺は敬礼をして言った。
「露木です。露木稔。お久しぶりです二階堂大佐」
「あ、ああ〜〜。露木少佐か。久しぶりだなあ」
二階堂大佐は手を叩いて、快活に笑う。
「たしかフローラ祭で挨拶して以来だったか。すぐに思い出せなくてすまんな。人の顔と名前を覚えるのは昔から苦手なもので」
「いえいえ、挨拶させていただいたのも一瞬のことでしたので」
人の顔と名前を忘れるのは軍人としてどうなんだろうと一瞬思ったが、笑顔でつくろう。
「それより今日は……。ああ、例の件か」
「はい。呼び出しを受けてしまいまして」
「配属されて一月にもならんはずなのに、あんなものに巻き込まれたなんて災難だったな」
「……はは。秋田大佐にも同じことを言われました」
「そうか。……まあ、今は爺様たちもその件で色めき立っているしなあ。色々言われるかもしれんが忍耐強くきいてやれよ。面倒だろうがな」
二階堂大佐はからからと笑って、俺の肩を軽く叩いた。露木稔の記憶どおり、おおらかで力強い人だ。少し苦手なタイプかもしれない。
愛想笑いしていると、俺たちの間にすっと椿が入り込んできた。
自然な所作だが、どこか圧のある縄張りを主張するような足取りで。
椿は、丁寧に敬礼をした。
「お初にお目にかかります、二階堂大佐」
「……む?」
「椿と申します。露木少佐の補佐官であり『アスピス』のリーダーを務めるものです」
二階堂大佐の眉がぴくりと動く。
だが、すぐに表情を取り繕うと、意地悪な視線を送ってきた。
「ふむ……ふむ。露木少佐の補佐官はまたえらくべっぴんさんだな。羨ましいぞ色男」
「……からかわないでくださいよ」
追及されたら面倒くさいので、話題を変える。
「ところで、さっきから気になっていたのですが、後ろにいるのは大佐の補佐官ですか?」
「そういえば挨拶をさせてなかったな。……補佐官のホウセンカだ。ほら、挨拶しなさい」
二階堂大佐の後ろに隠れるように立っていた女の子がひょっこりと現れた。中華風の民族衣装を着た赤髪の少女は、頭から生えた猫耳を揺らしながら、恥ずかしそうにこちらを見ている。リリーやネコヤナギと同じ猫族というやつなのかもしれない。
人見知りなのだろう。彼女は、なかなか喋ろうとしなかった。
「……仕方ないやつだ。ゆっくりでいいから、ほら」
二階堂大佐に促され、彼女は赤ベコみたいに首を動かすと、震える口を開いた。
「お、お初にお目にかかりまます……! ほ、補佐官をしちぇおり……おります、ほ、ホウセンカといいましゅ! よろしくお願いしましゅでしゅ!」
あ、めっちゃどもってめっちゃ噛んだ。
ホウセンカは顔を真っ赤にすると、口を押さえてワタワタと慌てふためいていた。可愛い。涙目で二階堂大佐を見つめているところなんて庇護欲がそそる。
だけど、さすがにこれはなあ……。補佐官は拠点の顔でもあるのだ。そんなにかしこまったオフィシャルの場ではないとはいえ、さすがにこの失態は可哀想だけど叱責されるだろう。
そう思って二階堂大佐を見たら、なんかおかしかった。
恍惚とした表情を浮かべ、自分の体を抱きしめている。
「はぁぁ……可愛いなああ……。やっぱり人見知り猫耳少女が羞恥にもだえる姿は素晴らしい……猫耳少女しか勝たん」
「……」
ええ…………。
「よくがんばったなあ、ホウセンカ! ちゃんと挨拶できるなんて偉いじゃないか!」
「……え、えへへ。……ありがとですにゃ、メンター。ほ、ホウセンカ……がんばった……です」
「うんうん! ご褒美に飴ちゃんをあげよう!」
ホウセンカの頭を撫でながら、懐から飴を取り出すデレデレ顔の二階堂大佐。
……え、こんな人だったっけ。露木稔の記憶では、めっちゃ精悍で頼もしい女傑というイメージが強すぎるんですが。目の前にいるのは、猫耳少女に飴を渡して鼻の下を伸ばす完全な不審者なんだけど……。
あまりのギャップに混乱していると、二階堂大佐が正気に戻ったのか、はっとした表情で咳払いする。
「……ま、まあ。これがウチの補佐官だ。どうだ、可愛いだろ」
「……はい」
取り繕えてないよね、まったく。
「その……二階堂大佐は猫族がお好きなんでしょうか? 可愛いですよね」
椿がフォローのつもりか、そんなことを訊いた。触れなくていいのに……。
ほら、目を輝かせはじめた。
「ああ! わかっているな露木の補佐官! あの可愛らしい見た目に猫耳と尻尾まで生えてるなんて反則だよな! しかも、感情によって動きを変えるのだからいくら見ていてもまったく飽きない!! ウチはみんな猫族だから、もう毎日がパラダイスだ! 素晴らしいよな! な、な!」
「え、ええ……そうですね」
限界オタク特有の怒涛の愛情表現に、引きつった笑みを浮かべるしかない椿。
その後、開き直った二階堂大佐の言葉は止まらなくなり、猫族がいかに素晴らしいかという演説が臨時で開催されるに至った。ここが大正門前であることを忘れてないか? ほら、憲兵がめっちゃ見てるし……。
「に、二階堂大佐! この辺にしておきましょう! 我々もそろそろ三海大将のところに行かないといけませんし……!」
「……む、そうだな。つい熱が入って語りすぎた」
「熱が入ったとかそんなレベルではないような……。とにかく、我々はそろそろ行きます。久しぶりにお会いできてよかったです」
「ああ。三海大将によろしく伝えてくれ」
「かしこまりました。では――」
失礼しますと言いかけて、俺は言葉を止めた。
訝しがる二階堂大佐。
そうだ……忘れていた。この人は、イベントをこなすために必要な人物だったのだ。
「二階堂大佐」
「……なんだ? 行かなくていいのか?」
「ええ、そろそろ行かなくてはなりません。ただ……少しお話したいことがありまして、後ほど時間をいただけないでしょうか?」
「……それは構わないが。話したいこととはなんだ?」
俺は目を閉じて、一呼吸置くと口を開く。
――二階堂唯織大佐。
――彼女は、拠点「フィーリア」の
「ネコヤナギについてです。知っていることを、どうかお聞かせ願いたく思います」
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