悪を裁くなら最後まで!(短編集その19)

渡貫とゐち

悪を裁くなら最後まで!


 彼のイメージカラーは緑。

 シルエットにしたら分かりやすい、黒いシルクハットを被った青年だ。

 そんな若い男が、広い空間の真ん中、ぽつんと置いてある椅子に座った。

 見て分かりにくいが、屋根も壁も奥行きがある。ここは球体の中なのだ。


「久しぶりね。もしかして、私にどうにかしてほしいと助けを求めにきたの? ニトロくん」

「まったく。そんなつもりは一切ないですよ、星姫ほしひめさま」


 まるで研究所や病院をイメージさせるような白い空間だったのが、ひとりの女性の登場と共に真っ暗になる。


 点在する多くの小さな光の粒。まるで夜空だ。

 大きなとんがり帽子を被っている女性の長い髪は、星空と同じだった。

 床に触れている長い髪は周りの景色と同化し、女性と夜空が一体化しているようにも見える。

 夜空が、彼女から漏れたもの、という解釈もできそうだ。


「覚えてますか? 俺が初めて『結果ゆうしょう』を残した時に、相談したはずですけど」


「んー? ちょっと待ってね……。あー、そういえばそんなこともあったわね。五年、だったからしら……。当時はまだ十代だったのに、今ではもう立派な大人ね。ただ、大人にしては子供みたいな対応をしているみたいじゃない。謝ればいいのに謝らなかったと聞いているわよ……それはどうして?」


「謝る理由がないですよ。周りが騒いでるだけです。炎上した理由も意味分からないですし」

「そういうところがまだ子供なのよ。まあ気持ちは分かるけどね」


 青年の名は、ハタミチ・ニトロ。若きコメディアンだ。


 星姫が作り上げた、この世の全てのエンターテインメントを集めた『エンタメの国』には、多種多様な種族とエンタメが集まっている。

 お笑い、音楽、漫画、アニメ、ドラマ、テレビショー、動画配信、舞台、ノベル、などなど。挙げ出したらきりがない。


 ふたりがいるこの場所も、プラネタリウムを発展させたものだ。

 真下から強い風を送り込むことで無重力の疑似体験ができるレジャー施設もある。


 世界中からエンタメを集めたことでそれぞれの分野と分野が出会い新しいエンタメが生まれたこともある。化学反応が起きたのだ。

 各分野の天才がひとつの国に集まり才能を見せつけ合う。それぞれの目の付け所が違うため、エンタメになっていなかった部分がエンタメになることもあるのだ。

 ハタミチ・ニトロは、その天才の内のひとりだった。


 そんな彼は現在、エンタメ界から追放されかけている。

 たったひとつの失言で、だ。


 本人に失言の自覚はなく、悪意を持って放った言葉ではなかったし、指摘されても「そういう風には思わないけどなあ」と納得できない言い分だったのだ。

 こんなことで炎上するとは夢にも思っていなかった。


 失言、不倫、疑惑……たったそれだけのことで炎上し、才能ある者がエンタメ界から追放されることが近年では多くなっている。

 支援者が困るのはやはり客からのイメージだ。客が文句を言えばエンタメ界全体の支援者であるスポンサーは対処せざるを得ない。


 どれだけバカなクレームだろうとも、無視するわけにもいかなかった。

 今回も同じく、だ。あんな発言をする男を処罰しなくていいのか、と。多くのクレームが支援者へ集まり、若きコメディアンとしてトップを走っていたハタミチ・ニトロは追放されかけている。しばらく謹慎していれば復帰できるとは思うが……いや、可能性は半々だろうか。


 嫌悪感を抱く客は多く、彼の大半の収入源であったテレビショーにこれまで通りに戻れるとは限らない。

 まあ、その場合、コメディアンとしての活動場所はテレビショーに限らないのだから、インターネット番組や劇場など、舞台でいい。動画配信をするという手もある。


 というかテレビは落ち目だ。

 今はインターネットが主流。外来思想コンプライアンスという厄介な思想が入り込んでいるせいで自由にできなくなったテレビよりも、ネットの方が遥かに面白いものが作れる。


 今更テレビに戻っても……。客の目を窺いながら怯えて作るエンタメの面白さに、もはや刺激はなく、それ以上に安全性が優先されてしまう。エンタメというよりは教育に近いか。


 ハタミチ・ニトロの目指すところではなかった。

 テレビは暴力的で、下品なくらいでいいのだ。

 だからこそ、齧りついて見ていたのではないか?

 エンタメはクリエイターが作るものであって、客が作るものではない。


「まあ客がいて成り立っているから、あいつらの言うことを聞く必要はあるんですけどね」

「みんな大変ねえ」


「星姫様の国なのに、他人事ですよね……あれどうにかなりませんか? 弱者に寄り添い過ぎというか、どんどん国民が弱くなっていってる気がします。人間だけじゃなく、エルフもドワーフも、妖精、巨人族、リザードマン――みんながですよ。テレビでちょっといじっただけで『傷ついた』『侮辱だ』なんだと騒ぎ立てますし。攻撃性がないいじりに敏感になり過ぎです。笑って流せないもんなんですかね……」


「色々な考えの人がいるからねえ。だって世界中の種族とエンタメが集まってるから。みんなが同じ方向を向いて不満がないわけがないもの」


 星姫は手を頬に添えて笑っていた。


「それにしても面白いわね。私がこの国を作る前――それこそ全世界が一度滅んだあの隕石直撃。それ以前の世界でも、同じようなことが起こっていたの。歴史は繰り返すのかしら。私が似せて作ったから起きる問題も似通ってしまったのかしらねえ」


「さすが、物知りですね」

「物知り……そうとも言うわ。そもそも不老不死の私は滅亡前の世界を隅々まで楽しんでいたんだもの。言語や通貨も全て流用しているわ。君には理解できないことだと思うけど」

「ですね。俺は今の世界しか知りませんし」


 一度全てが崩壊した世界。

 生物が生まれるまでそこから一億年以上が経ったものの、生物が誕生し、住むことができる環境が整ってからは、国の復活は早かった。

 千年かからずに過去を取り戻したどころか、さらに発展している。それに、人間だけでなく空想の中にしかいなかった種族まで出てきたのだから驚きだった。


 隕石は、一体世界になにをもたらしたのか……。


「壮大なお話なのに、結局、問題は小さなものなのね……」


 失言で業界を干されかける。昔を取り戻したいという星姫の願いだったが、こんなことまで取り戻す必要はなかったのだけど。


「それで星姫様、本題なんですけど」

「うん。そう言えばそうだったわね。私に助けを求めたわけじゃないなら……用件は?」


「五年前に始めた、政府への支援金なんですけど、今日で打ち切ります。まあ収入の大半がなくなったので物理的に払えなくなったわけなんですけど……」

「そっか……そうよね。んーと、そうなると、君が支援してくれていた分の金額を政府で補うことになるから……あららー、結構厳しいことになるかもしれないわね」


「具体的には?」

「税金がぐっと上がるかもしれないわ」

「よし」

「よし?」


「五年前にもちらっと言いましたけど、ちょっとした実験です。国民はさて、どんな反応するか、ですよ。俺の失言は捕まるようなことではないですけど、やっぱり許せない、顔も見たくない、という人ばかりですからね。その上で、国民は悪を裁くか自己保身で俺を求めるか。どっちを選ぶのか気になりますね」


 ――ハタミチ・ニトロの失言は奴隷の肯定だった。

 実際に苦しんだ人がいて、歴史上でも大問題になった制度。傷ついた人たちのことを考えない無神経な発言だ。

 彼が言った通りに、捕まるようなことではないが、失言であることは事実。嫌われる自覚もあった。


 本人は制度の賛成や復活させる、という意見ではなく、思考停止して言われたことをただやるだけの人をそう呼んだだけであった。ようするにいじりの一言なのだ。

「まるで奴隷だな」「奴隷を集めればすぐに完成しますね」など。

 彼の表情を見ればいじりであって悪意があったわけではないと分かるのだが、切り取られた一文だけを見れば勘違いしてもおかしくない。


 そしてこれ、クレームを入れているのはかつて奴隷だった当人ではなく、無関係な周りが騒いでいるというのが面白いところでもあった。



「俺がこれまで政府の支援をしていたことを国民に伝えてください。俺を悪者にしてしまって構いません。俺が支援を打ち切ったので税金を上げます、じゃないと国を維持できません――と。もちろん多くの文句が出るでしょうけど、その時に俺は言ってやりますよ。――俺を追放したのは国民とスポンサーです、みなさんが選んだことですから、これから手を取り合って頑張りましょう、とね」


 その時、国民は上がった税金を受け入れるのか。

 それとも失言した悪を許し、救うのか。


 これまで通りの税金を維持するために悪人をテレビの世界へ戻すように手のひら返しをするのか。裁くのか自己保身か。さて、国民はどう動く?



「でも君、もしも裁かれたらどうするの?」


「それならそれで構いませんよ。それが一番でしょう? 悪いことは悪いと意見を変えずに貫ける国民だということですから。もしくは俺と同じように収入の大半を政府へ支援する別の誰かが現れても、それはそれでいいですからね。税金が上がって痛いのは俺も同じですから。どう転んでも構わないんですよ。五年前から企んでいた実験ですから。国民が手のひら返しをしてテレビの世界に戻れるならそれでもいいです。政府への支援も再開しましょう。全ては国民の選択次第です」


 もしも自己保身で彼を許すというのであれば、たとえばどんな悪人であっても擁護する層は必ず存在してしまうことになる。

 今回は失言だったが、じゃあ窃盗や殺人だったらどうする。それでもまだ税金の値上がりを警戒し許してしまうのだとしたら、いずれ国は崩壊する。


 悪人を許す理由ができてしまうだろう。

 悪事の前に国を支え、それがなくなれば国民が困るというシステムを作ってしまえば、ピースが欠けないようにどんな犯罪を起こしても、結果、無罪になる可能性も……なくはない。


 多数の意見は正義を曲げる。


 多数の思い込みは事実を捻じ曲げるのだから。


 ハタミチ・ニトロはコメディアンだ。同時に有名人である。

 記者に追いかけ回されたこともある。

 色々と、虚実が入り混じった誇張された記事を書かれたことだって……。

 そういうことは、痛いほどによく分かっている。


「そんなわけで、俺は国民がどう動くのか見学してますよ」

「君、もしかしたら後ろから刺されるんじゃないの?」


 好き勝手にやり過ぎた彼をよく思わない層から復讐でもされてしまうのではないか。

 まだ若い天才を前に、星姫は心配だった。

 だが、


「俺が支援すれば元に戻ることですよ。なのに俺を刺して始末するのはバカでしょ。ようは失言を許して俺をテレビの世界へ戻せばいいんです。たったそれだけのことで、国民の下層に存在する生活苦は解消されますよ。だからまあ、俺を許せるかどうかなんですよ」


 下唇を噛んでがまんし、許してしまえば税金が上がることもない。

 許そう、と思い込めば、いずれそれが事実となり、なんとも思わなくなるだろうから。


「後ろから刺されても……それもまた、国民が選んだことです」


 彼は繰り返す。

 国の変化を決めるのは、国民だ。

 未来は、国民の意見ひとつで決まる。



「悪を裁くか自己保身で許すか。決めるのは国民ですから」




 …了

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