TALK show
その男は犯罪を犯すことに一切の躊躇がなければ反省もなかった。
「反省? いや、交通違反なら罰金、点数が加算されるわけで、それが反省になるわけじゃん? 反省すれば罰金がなく点数も加算されないなら反省するけどさ……反省しようがしまいが罰則があるなら反省なんてしないよ。なんだか損した気分だし。
そもそも、言ってしまえば、違反をすれば罰金を支払う必要がある、ってだけの話なんだよな。必要があるなら刑務所に入るし、前科がつくし……それだけの話で。それらを受け入れてしまったら、いつでもどこでも、犯罪を起こすことができる。だってそうだろ? 罰が決まっている以上は、受けることを良しとすれば、罰に対応した犯罪ができてしまう。罰を全員平等にしているからこういうことになるんだよ」
極論、すぐ死ぬつもりなら人を殺してもいいという話になる。
なぜなら死刑が抑止力になるはずなのだから。だけど人によってはそれが抑止力にならないことがある……これは珍しい話でもないはずなのだ。
人生に絶望した人間は犯罪せざるを得ない状況だという可能性もある。そんな人間に、万人へ与えた抑止力が通用すると思うのか。
「俺は犯罪をまたやるし、反省もしないぞ? さてどうする? 俺を刑務所へぶち込むか? それもいいな。少なくとも一般社会からは逃げられる。刑務所とどっちがマシかと言えば一般社会だと思うが、しかし大差はないぞ?
看守という監視の目があるからこそ守られる命もあるだろうし、外を歩けばトラブルに巻き込まれるかもしれない。運転ミスで突っ込んでくる乗用車に殺される危険性だって、刑務所にいればないわけだ。まさに、箱に入れられた犯罪者は壊れることがないからな」
箱入り男、だろうか。
大事にされているわけではないが、男の言う通り、少なくとも不測の事態で壊れることがない。体制側に壊される可能性はあるが、男はそれも把握した上で言っているのだろう。
そういう意味で、一般社会の方がマシだが大差はない、のだろう。
「で? どうすんだよ。死刑にするなら好きにすればいい。俺は別にいいぜ」
「……抑止力を、個人で変えればいいという提案か?」
「そう受け取ってもらっても構わないけどな」
「なら、貴様で試してみよう」
「あん?」
薄暗い取り調べ室。
対面で話す刑事がひとつ提案をした。
「貴様への罰則が、意味がないのなら、全てなしにしてしまおう。貴様には別で、抑止力になるだろう罰を与える」
「俺が反省するような罰か? 興味あるな。この俺が、もう二度と犯罪を犯したくないと思えるような抑止力があるのか、気になってきたなあ!!」
「姪がいるな?」
瞬間、男の顔がさっと青くなった。
「てめぇ……
「そんなことはしない。親族であるから無関係、ではないが、それでも民間人に警察が手を出すことはないさ。事故を装って……もない。さすがにな。
だから貴様の姪に手を出すことはもちろんない。しかし……貴様の悪行、そしてあることないことを姪に吹き込むことはできる……この意味が分かるか?」
「…………やめろ。やめてくれ。まだ姪は小さいんだ、俺のことを事細かく教えれば、姪は俺のことを――」
「ああ、嫌いになるだろうな。二度と顔を合わせてくれないだろう。そもそも母親が貴様に会わせるとも思えないが……。
姪が大人になった時、悪いイメージを持っていれば絶対に会ってはくれないだろう。貴様と姪の関係性をここで断ち切っておくのがいい――それが貴様へ与えられた抑止力だとすれば、」
男は椅子を倒しながら土下座をした。
「それだけは勘弁してくれ!! 姪、だけは……あの子だけには嫌われたくねえ!!」
「ふむ。なら、反省し、二度と犯罪など犯さないと誓えるか?」
「もちろんだ!」
「そうか。まあ、元々の罰は受けてもらうが……更生してくれることを願っているよ」
刑事が、男の肩をぽん、と叩いた。
「抑止力は個人によって違う、という意見は参考にさせてもらうよ、下着泥棒さんよ」
…了
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