めすログ。


「私ってさ、ブスなのかな……?」

「…………そんなことを聞くために俺を叩き起こしてここまで引っ張ってきたのか……?」

「そんなこと!? 私の顔がブスかカワイイかは重要なことでしょ!?」


 ぱっと見分かりづらいが、よく見れば耳が赤く、目の焦点も俺に合っていないので、あぁ、酔ってるなあ、と察した。

 どうやら、合コンの帰りに俺を呼び出したらしい。愚痴、自己嫌悪を聞かせるためだろう……。少なくとも今日の合コンは上手くいかなかったのだな……いつものことだけど。


 はあ、と息を吐けば白い煙が上がっていく。寒い……。

 十分前、寝ているところに連続で着信があり、出るのも面倒だった。だけど連続で鳴るものだから鬱陶しくなってスマホの電源を落とせば、今度は家のインターホンを何度も押しやがる。

 家の前で叫ばなかっただけマシだが、壁の薄いアパートなんだからインターホンの音だって隣に響くんだよ……。


 仕方ないので扉を開ければ、高校からの女友達が目の前に立っていた。彼女は部屋着のままの俺の手を引き、無理やり外へ連れ出した。

「早く、コンビニいくよ」……なんで? まあ、大通りを挟んで目の前にコンビニがあるのでいいけどさ。


 広い駐車場には一台も車がなく、深夜だから利用客も俺たちしかいなかった。深夜に家を出たことによるちょっとした興奮作用なのか、腹が減ったのでコンビニでおでんを買って……あと水。こいつに飲ませて酔いを醒まさせてやらないと。朝まで愚痴を聞くのはごめんだった。

 水を渡すとスポーツマンかと思うほど豪快に、ぐびぐびと飲む。ぷはあ、と、まるで酒でも飲んでいるみたいに……。意識すればなんでも酒と勘違いできるのかもしれない。それで酔えるのであれば得だな……得かな?


「あんたはどう思ってるの」

「ん?」

「私のこと、ブスだと思う?」

「合コンで言われたの? 君ってブスだよね、って」

「そこまでハッキリと言われたわけじゃないし!!」


 となると、こいつの被害妄想だっただけ、という線もある。美人扱いしてくれなかったからブスだと思われていた、と考えるのは分からなくもないけど、だからと言ってブスだ、と言っているわけではないはずだ。……一緒に合コンをしたメンバーにもよるだろうけど、その場では一番かわいくなかっただけ、の気もする……それが=でブスになるわけでもないはず。


「で、どうなの? 私、ブスに見える?」

「ブスじゃないよ。化粧も上手いし、ファッションも変じゃない。ちゃんと似合ってる。今はコンタクトだろ? メガネをしてなければオタク感もないし……周りの人選によっては美人の方に入るよ」

「おいおい……、まったく褒められてないし。あんた、結局私の鎧ばかりを褒めて肝心の顔のことは一切触れてないじゃない。いいからベタベタ触れろっ、忌憚なき意見を求む!!」

「えー」


 貶すのは簡単だけど褒めるのは難しいんだぞ? こう、上手く舌が回らないと言うか。酔ってもいないのに呂律が回らなくなる。


「…………カワイイんじゃないですか」

「でもあの男は私のことブスっぽくいじってきたのよ! なんなのよあいつッッ!!」


 頑張って褒めた俺の言葉はあっさりとスルーされた。なかったことにされていないだけマシだが……。こいつもちょっとは照れろよ。自分のことカワイイと思ってんのか?

 カワイイけど。


「……私がっ、ブスじゃないって証拠がっ、欲しい!」

「ブスかカワイイかの判断は人によるよ。お前が許せないって思ったその男は、お前の顔が好みじゃなかっただけだろ? たとえば俺がブスだと思う顔を、そいつはカワイイと思ってるだけかもしれないぜ? 他人の物差しで自分を計って、あらためて顔面偏差値を出す必要もないだろ」


 運、タイミングだ。別の合コンにいけば彼女が一番の美人でちやほやされる可能性だってあるのだから……今日は都合が悪かっただけだ。さっさと寝て忘れてしまえばいい。


「……いいや、私は逃げない。はっきりとさせておきたいの! 人によると言うなら私の顔だけで色々な人の意見を聞いて、評価をまとめて結果を出せばいいの! ほら、食べログみたいに!!」


 なるほど……。どんな結果になってもいいから自分の顔を数値……もしくは★として出しておきたいと。なぜ自ら傷つきやすい方へと流れていってしまうのか。そうやって自分から提案して痛い目を見て落ち込み、俺に愚痴をこぼすのがいつものパターンなのに。

 酔っていない時でもそうだし。曲がらない性格なのかもしれないな。


「頑固だなあ……分かったよ。調べておく。お前の写真を見せて評価を集めてくるけどいいよな? 一応、一番カワイイと思う写真を、」

「加工したものを見せても意味ないでしょ」

「加工してないやつだよ。去年のクリスマスパーティでさ、ミニスカサンタの格好したじゃん? その時の写真が一番カワイイと思うから、これ見せようと思うんだけど……」

「ダメ。一年前のなんて、評価がぶれるに決まってる。今の私を撮りなさい!! ……あと、なんであんたそんなの取っておいてるわけ? ……私、こんなにはしゃいでたっけ?」


 だって酔ってたし。あと、俺がノリに乗らせたってのもある。コスプレの照れが消えてテンションがマックスになった時の満面の笑みの写真――これ以上のカワイイ写真はないと思う。

 ああいや、未来は分からないぞ? 当然ながら花嫁衣装が筆頭候補だ。


「今のお前を撮るの? でもいいのか? 台無しとまでは言わないけど、化粧も落ちてるし服だってよれてるし……」

「いいわよ。私の素はこんな感じなんだから……これを評価してほしいの」


 そうですか。まあ彼女がいいなら……俺は撮るだけだ。

 はいチーズ、とも言わずに、スマホを向けてぱしゃっと撮る。彼女は上目遣いで……おい、ちょっと意識してるじゃないか。これはこれでカワイイ写真だ……うん、★5。

 ひとまず俺の評価だけ付けておいて……明日、大学で評価を集めてみよう。


「……どんな結果になってもいいんだな?」

「いいわよ。というかそれ、悪い評価になるって決め付けてるじゃん」

「まあ、願望はあるけど」

「どういう意味だっ」


 俺の手元からおでんを奪い取った彼女が、全部食べてやろうと口にかき込んで……熱くて吐き出していた。そりゃそうだ。あーあ、もったいねー。


「うひ、……熱い、でも寒い! 口の中熱いっ、でも体寒い!!」

「忙しい奴だな……てか本当に寒いな……早く戻ろうぜ。あとお前はさっさと帰れよ」

「なんでよ。泊まっていい?」

「じゃあ襲っていい?」

「ダメに決まってんでしょ、したらあんたのベッドの上で今日食ったもの全部吐いてやるから!」

「帰れ」


 タクシー代を渡して放っておこうとすれば、必死に腕を掴まれたので、仕方なく家に泊まらせてやることにした。……ベッドで添い寝だ。距離が近い……襲わないけど。

 襲うな、と言いながらもなぜか向こうは隣で、ちょっと期待した目で見てくるものだから理性がおかしくなりそうだった。けど堪えた。俺、頑張ったぞ!


「あんたも酔って襲ってこいよ」

「やめとく。……俺たちはそういう関係じゃないだろ?」

「……だね」


 もしもそんな関係になっているなら、もっと前になっていたはずだ。だけどここが一線で、越えないからこそ俺たちはいつまでも親友でいられるのだ。そう信じている――。




 翌日の夕方、俺たちは別々の大学に通っているので、時間を合わせて夕飯を、ということになった。お互いの大学の真ん中あたりのファミレスで待ち合わせする。どうせこの後、俺んちにきて酒とつまみで深夜まで喋るだろうからここは軽食で、だ。酒もまだ飲まない。


「はいこれ。今日の結果だ。めすログ。見てみるか?」

「めすログ? ……炎上しそうなタイトルね」

「公開すればな。でも俺とお前しか見ないし……あとお前のことしか書かれてないし。しろって言ったのはお前で、」

「はいはい分かったから。見てみるわ」

「怒らないでね?」

「あ、もう結果が分かったわ……」


 大学で男友達に彼女の写真を見せ、贔屓なしで評価してもらった。評価と言っても好みかそうでないか、くらいの大胆さだ。それを五段階で決めてもらう。

 一日中、その作業をしていたので、たくさんの人から彼女の評価を貰うことができた。★1~★5まで。最も多かった★が……★2だ。もちろん★4がいれば★5もいる。けど、★2と★3が多くて、最も多かったのが★2。だから中の下、というのが、彼女の顔の評価だろう。


「……まあ、性格も評価すればまた結果も変わってくると思うけどな……」

「★、5……」

「ん?」

「私に★5を入れてくれた人がいる……っ、私、この人と結婚するわ! ねえ誰なの!? こんな中途半端な私に★5を入れてくれた王子様はどこのどいつなの!?」


 どこのどいつと言っている時点でお前の我が出ちゃってるけど……そういうところが詰めが甘くてモテないんじゃないか?


 ただ、★5を付けた誰かさんは、そんなお前でも最後まで愛してくれると思うけど?



 …了

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