甥っ子と、久しぶりだね「されこうべ」
「きゃーかわいーー! いま何歳なのー!?」
「さんさーい」
「潰したくなるほど可愛い甥っ子だわぁ」
実家に帰ると、三十代半ばの姉ちゃんが顔を見せた。去年も一昨年も帰ってこなかったのに、今年はさすがに母さんに悪いと思って帰ってきたらしい。ほんと久しぶりだ。
見た目はともかく、中身は変わってないなあ。こうして会ったのも俺の結婚式以来だったはず……あの日も終わったらさっさと帰っちまうし。
『人の結婚式に長くいたくないの。弟だからきてあげたけどね……おめでと』
と、態度は悪いがちゃんと祝ってくれたし、親族の中では一番の祝金をくれた。正直、あのお金がなければ結婚後の生活がちょっときつかった……。
妻と話して、姉ちゃんには特に大きなお返しをしなければいけないと相談していたのだけど、なかなか会えず……。連絡は取れるけど姉ちゃんは一方的に『いらないから』と言うだけで、俺たちにまったくお返しをさせてくれない。
それが姉ちゃんの良さとは言え……だけど悪いところでもある。
まあ、遅くなったけどこうして甥っ子の顔を見せることができたのだから、これが一番の恩返し、ということになるのかな?
「ところでこの子のママは?」
「母さんと買い物中。俺はこの子の面倒を見てるんだよ……ん? どした?」
三歳になったばかりの息子がとてて、と近づいてくる。俺のあぐらの中にすぽっと収まって、最近の息子が特にハマっているのだ。確かにちょうど穴にハマっているけど。
「あ、そうだ。お土産でスイーツ買ってきたけど、この子は食べれるの?」
「食べれると思うけど、相談しないとな……夕飯だってあるんだからあまり食べさせるとまずいし」
食事管理は妻がやっている。もちろん俺はノータッチ、ではないけれど、毎日の食事やバランスを調整しているのは妻なので、相談もなく勝手にあげることはできない。
ちょっと食べさせ過ぎたくらいでどうこうなるとは思っていないけど……念のためだ。
「そっかぁ……今日のごはんはなんだろねー?」
姉ちゃんが息子の脇に手を入れて持ち上げた。息子は嫌がらずに受け入れている。
匂いで分かるのかもしれない……他人が触ると泣くけど、やっぱり俺の姉だから……。
「今日は、母さんの昔ながらの料理だよ。懐かしいんじゃない?」
「……うん。まあね。でも外食が基本だから舌が肥えてると思うのよ。満足できるかな……」
「母さんの料理は独特だし、満足はするんじゃない?」
舌のリセットとして使うのもいいかもしれない。……って、こんなことを聞かれていたらまた夕飯抜きにされる。もしくは俺たちの料理だけ味付けがさらに濃くなって……。
「え、もしかして母さんの料理をこの子に食べさせるの?」
「さすがにしないよ。あれを食べさせるのは最低限でも中学生くらいになってからじゃないと……体調不良になりそう。慣れたらどうってことないけど、慣れるまでは大変じゃん。それしかなかった俺たちは例外だったけどさ」
「あれしかないと、受け入れちゃうものなんだよねえ……」
俺たちにとってはやっぱり母の味だ。最初こそお世辞でも褒めるにしては……、みたいな味だったけど、長年食べ続けた結果、定期的には欲しくなる味なのだ。
レシピを貰っても再現できないし……あれマジでどうやって作ってるんだろうな……謎だ。
謎過ぎて迷宮入りだった。
「ん。あそぶっ」
「ん? あそぶの? じゃあおねーちゃんとあそぼっか?」
「もうおねえちゃんって歳じゃないでしょ。ところで姉さんは結婚しないの?」
「おい弟よ……言ってはならないことを言ったな?」
それはどっちのことを? 三十代半ばは、おねえちゃんではない、ってところなのか、それとも未婚に触れるなということなのか。
独身を非難するつもりはないけどさ、こうして俺が結婚して、子供もいる生活に幸せを感じていると、勧めたくなるものなのだ。
それ以外に意図はないって。そう言ったけど姉ちゃんは鬼のような形相だった。
やめろ、息子が泣くって。
「結婚って、いいものだよ?」
「うるさい。……結婚っていいものなのかなー? ねえ、甥っ子くーん?」
「結婚の下で生まれた三歳児に言うことか」
姉ちゃんは息子が持っていたゴムボールを使って、近距離でキャッチボールをしていた。こうして見てると姉ちゃんも母親適性はあると思うんだけど……どうだろ。
人の子――弟の子だから笑っていられるけど、自分の子だとやっぱり難しいのかな……。俺は男だから、母親のストレスや抱える責任の重大さは分からない。
父親は結構アバウトというか、それくらい別にいいじゃん、って思うことが多いのだけど、母親は神経質に色々と考えてしまうらしく……子供のためだから母親が絶対に正しい、とは思う。
けど、子供のために動き過ぎて母親は自分を蔑ろにしているところを見ると、もうちょっと自分にも子供にも寛容になればいいのになあ、とか、思ってしまう。
我が家のことなのに他人事みたいだ。こういうところが怒られる原因なんだろうなあ。
それでも幸せなことには変わりない。もちろん思い込みではなく。
「甥っ子くん、この老婆と次はなにして遊ぶ?」
「いや、おねーちゃんって歳ではないと言ったけど、老婆までいけとは言ってないよ。老婆って歳でもないでしょ? おばちゃん、でいいじゃん」
「おばちゃんはリアルだからやだ。ボケないと平常心ではいられないから」
おねーちゃん、でボケればいいのに。
「つぎ、おどる!」
「踊るの? ……ねえ、流行ってる踊りとかあったっけ?」
「教育テレビのやつじゃない? どれだろ……色々あった気がするけど……」
「ふうん。じゃあなにを踊るの? この私っ、されこうべが付き合ってあげる!」
「死んでるじゃねえか。もういいよおねーちゃんで」
三十代半ばの独身おねーちゃんが甥っ子と遊び始めて数分で、俺の姉ちゃんは腰砕けになっていた。ぎっくり腰でないだけまだマシだが……床に倒れて動けない姉ちゃんの上を、息子が踏んで越えていく。
あ、これが私の屍を越えていけ?
「……もう嫌」
「ちょっと遊びに付き合ったくらいで……根性ないなあ」
「独身のされこうべにはきついのよ。あぁ、死にそう……」
「だからされこうべは死んでるんだってば」
…了
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