夏原(なつはら)先輩と付き合うことになったけど、これが罰ゲームだと僕は知っている 4


 夏原先輩とのデートから土日を挟んでの月曜日。

 登校してからすぐに夏原先輩の教室を訪ねて、先輩の友人……あの時、文芸部にいた男子の先輩に声をかけ、「先輩、あれはないですよ」と文句を言いにいけば、


「? なんのことだ?」

「だからっ、僕と夏原先輩のデートをカメラで追っていたんですよね!? 金曜日の乱暴なナンパも、先輩たちがドッキリ動画のために仕掛けて――」


「いや、知らないけど……」

「知らない……?」

 呟くと、先輩たちは頷いた。

「確かに架純には罰ゲームと言ってお前と付き合わせたけど……それだけだぞ? さすがにデートの様子を撮影して、ドッキリでお前たちを困らせて、なんて悪趣味なことはしないっての。……ところで、金曜のこと、詳しく聞かせてもらえるか? 乱暴なナンパって、もしかして最近話題になってるヤバイ奴に絡まれたんじゃないだろうな?」


 あの時、絡んできた男たちの特徴を伝えると、先輩が僕の肩を掴んで――


「バカ野郎!!」

「えっ!?」


「肩に刺青あっただろ!? お前、そんな奴ら相手に歯向かったのか!?」

「は、歯向かった、というか……、夏原先輩が怖がっていたのでやめてくださいって言っただけで……。殴られそうになりましたけど、途中で警察がきたので僕たちは怪我しませんでしたし……。もちろん、夏原先輩には傷ひとつないです、安心してください」


「安心したが……お前だって危なかったんだぞ。架純が無事ならお前が怪我をしてもいいとは俺たちは思ってないからな?」

「…………そうなんですか?」

「おい、お前は俺たちをどんな酷い先輩だと思ってんだ」


 僕みたいな陰キャをいじめて笑い者にする先輩だと思っていましたけど。

 ……でも、今日この対応で認識も随分と変わりましたよ。


「……なんだったんですか、あの人たちは」

「簡単に言えばヤクザだよ。ヤクザの下の下くらいだから危険度は低いが……それでもヤクザであることに変わりない。知らなかったとは言え、お前はヤクザを相手に歯向かったんだ……ほんと気をつけろよ。相手によっては刺されてもおかしくなかったんだぞ?」


「でも…………夏原先輩がいましたから」

「それは分かるけどな……」

「彼女を守るのが彼氏の役目ですから」

「けどよお、罰ゲームで付き合っただけだろ? 仮じゃねえか。なのにお前は、怪我を覚悟で架純を守ったのかよ」

「はい。……僕にはこれしかできませんでした。夏原先輩に恩返しをするためには、盾になるくらいしか思い浮かばなくて……。それに、楽しかったから。夏原先輩に怪我をしてほしくなかったから」


「…………」

「でも結局、夏原先輩は怖がってしまって……トラウマを与えてしまったかもしれません。僕の力不足でした……すみません」


 あの日も、土曜日も、日曜日も、電話もメッセージもなかった。

 それだけ、先輩は塞ぎ込んでしまったのだろう。


「謝るな。お前は立派なことをした、ありがとう」


 先輩に、頭をくしゃくしゃと撫でられた。

 雑だったけど、それでも嬉しかったのだ。

 認められたことが。

 よくやった、と褒められたことが。


「なら、架純がああなるのも頷けるな……はーぁ。俺じゃ同じことはできねえな。そりゃ架純を置いて逃げることはしねえけどさ、殴られる覚悟で架純を庇って守ることは、咄嗟にはできねえだろうなあ。そういうところなんだよなあ……負けだ負け」

「あの、先輩……?」

「ほらいってこい彼氏。お前の彼女が後ろで見てるぞ」


 振り向くと、教室に入りづらそうにしている、夏原先輩がいた。


「先輩……」

 ゆっくりと、なぜか目を合わせてくれない先輩が教室に入ってきて……僕の腕を掴んだ。

「後輩くん、こっちきて」

「え、あ、はい」


「いけ、健闘を祈る」

 教室に残った先輩の言葉は、僕に言った、のか……?



 文芸部の部室に連れてこられた。

 朝に部屋を使う部員もいないようで、僕たちだけだ。

 ここで待ってて、と言われ、待っていると、窓の外から先輩が顔を出した。


「後輩くん、あの日のこと……ありがとう」

「…………いえ、お礼を言われるようなことは、」

「したんだよ。してくれたの。あれを大したことないと言ったら……君は一体どんな偉業を達成したら人に褒められるのかな?」


 外から、文芸部の部室に体を入れるように、窓枠に寄りかかる夏原先輩。

 そう言えば、「付き合ってみない?」と言われた時と立ち位置は逆だけど、同じだった。


「……分かりました。先輩のお礼を、受け取ります」

「うん、それでいいの」


 それから、数秒の沈黙が生まれて……先輩が窓枠から離れた。


「後輩くん、もっと近づいて」

「こう、ですか?」

「うん。あの時、私と君が出会った時もこんな距離感だったんじゃない?」

「かもしれませんね。……って、随分前のことを言ってるように聞こえますけど、たった数日前のことじゃないですか」

「そうなんだよね、土日を除けば二日もないんだよね……仮のお付き合い」

「仮のお付き合いより、僕からすれば罰ゲームのお付き合いですけど……」

「まだ私とのお付き合いは罰ゲームなの?」

「……違いますよ。僕みたいな陰キャからすれば奇跡みたいなものですよ。正直、期待して痛い目を見るのは嫌なので、さっさと夢なら覚めてほしいです」

「後輩くんらしい考え方だねー」


 窓の外、夏原先輩はなにかを言いかけて、でもやめてから雑談をしている。その雑談にきっと意味はなくて、なにかを隠す、もしくは誤魔化すための会話でしかなかった。

 僕も先輩もお互いに気づいていたけど、先延ばしにしたくて雑談が繰り返されていく。

 すると、予鈴のチャイムが鳴った。そろそろ教室に戻らないと遅刻してしまうだろう。


「先輩、そろそろ……」

「うん……分かってる」


 雑談の内容もなくなってきていた。最後には今日の天気の話になったし……最初にするべきことだけど、これが出たということは本当にもうなにもないのだ。

 雑談が終われば、後は本題しか残っていない。


「先輩……あの、僕、」

「いいの! 私が、先に、」


 先輩の口は震えていて、言葉が出そうな状態ではなかった。


「うそ……? だって前は、あんなにあっさりと言えたのに、どうして今は……っ」

「先輩」


 僕は窓枠から外に出て、唇だけでなく震える全身を止めるために抱きしめる。

 こんな僕の抱擁でも安心してくれたようで、先輩の震えが止まった。


「後輩くん」

「はい」

「付き合ってください」

「罰ゲームですか?」

「違います。……ガチな、告白だよ」

「はい。分かってます。僕も大好きです。僕からも、よろしくお願いします」


 こうして、僕たちは罰ゲームではなく、正式にお付き合いをすることになった。



 抱きしめていた先輩を離すと、上から声が聞こえた。


「よお、お二人さん。白昼堂々、お熱いねえ!!」


 その声はさっきの先輩だった。

 先輩はスマホ片手に……ん? もしかして今の僕たちの告白を撮影してた……?


「ちょっとっっ!! あんたそれ絶対に消しなさいよ!?!?」

「架純に送る前に消していいのか?」

「それは……貰うからっ、その後で消して! 絶対に!!」

「はいはい、分かってるってのー」

「ほんとにあいつは……っっ」

「…………」


 まさかこの場面を撮影されるとは、誰も予想していなかった。

 あれ? ……撮影されていたってことは、この告白は、ドッキリなんじゃ……?


「夏原先輩……」

「なあに、後輩くん」

 甘えた声だった。だけど僕は騙されない。



「……裏切りましたね……っ」

「なんのこと!? 私、告白成立早々に浮気を疑われてるの!? 違うわよ上のあいつとは本当になんにもなくて――というか後輩くんは独占欲強くないかな!?」

「信じてたのに……っ」

「誤解だよ後輩くーーん!?」


 その後、ドッキリではなかったことが判明して、ちゃんと夏原先輩と付き合うことになった。その弊害、ではないけれど、僕は初めてオシャレな美容院にいくという壁に立ち向かうことになるのだけど……刺青が入ったヤクザよりも怖いところだということを再認識することになった。



「――うん、いいじゃん後輩くん、カッコよくなったよ」

「……疲れましたけどね」

「? 髪切ってもらうだけなのに?」

「話しかけられたので」

「……まあ、慣れだよ、慣れ。じゃあ次は服装のオシャレしよっかー」


「……やっぱり先輩もオシャレな人が好きなんですね……前の僕じゃやっぱりダメだったんですか……?」

「うーん? 前の君もいいけれど、単純に違う君も見てみたいってだけだよ? 後輩くんだって、私のドレス姿とか見てみたいでしょ? 水着とか、きわどい、えっちな衣装とか」

「それは、まあ……」

「それと一緒。オシャレに無頓着な後輩くんのことも、もちろん好きだけど、オシャレをしてカッコよくなった後輩くんのことだって見たいの。私、ドキドキしたいんだから、付き合って!」


「はい、分かりました……あと、先輩はいつまで僕のことを後輩くんって呼ぶんですか?」

「それを言い出したら君だって私のことは先輩でしょう?」

「だって先輩ですし」

「うん、私も。君は後輩だし」


「……夏原……さん」

「片山くん」


「…………やっぱり先輩のままでいいですか?」

「いいけど、私は片山くんでいくね?」

「っ、先輩はっ、恥ずかしくないんですか!?」

「恥ずかしいけど?」

「で、でもっ、あっさりと呼び方、変えたじゃないですか!!」

「だって、片山くんが恥ずかしがってるから……私は平気になっちゃった」


 パニックになる人間を見れば自分は冷静になる、みたいなことなのかもしれない。


「……分かりました。じゃあ――架純さん」

「ひぅ!?」

「架純」

「そ、それは、ダメ……っ」

「なるほど、確かに、人が恥ずかしがってるとこっちは冷静になりますね……架純」

「だ、だめ……っ、呼び捨ては、ほんとにダメ……!」


 近づくと僕から逃げるようになってしまった架純を捕まえるために……架純ではなく先輩呼びに戻して、なんとか距離感を取り戻す。


「すみません、調子に乗りました」

「ほんとだよ……っ、先輩をいじったらダメですから」

「でも、彼女ですから……いじりたくなるんです」

「……ねえ、後輩くん。君って加虐趣味があるよね……」

「それは先輩が……。先輩にしかしませんよ」

「その方がいいよ」


 夏原先輩は自分の体を抱きしめながらも、薄っすらと笑っていた。




「だって、君からいじめられてゾクゾクするの、私くらいだと思うし」




 …了

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