夏原(なつはら)先輩と付き合うことになったけど、これが罰ゲームだと僕は知っている 1


「そこの後輩くん、良かったらお姉さんとお付き合いしてみない?」

「へ?」


 声をかけてくれたのは夏原なつはら先輩だった。

 一階にある文芸部の部室の窓から顔を出していて……。まさに明るいギャルって感じの先輩が文芸部なんて似合わないけど、文芸部は確か部員数が少なくなって廃部寸前だった。そこを、先輩が入って部として継続させるための、ただの名前貸しの入部なら、本好きでなくとも部室にいる理由にはなる。

 事実、先輩の後ろでは本なんて読まなさそうな活字嫌いっぽい陽キャたちが駄弁っている光景が見えた。文芸部の部長だけは端っこで本を読んでいるけど、眉をひそめているようにも見え……、やっぱりこの状況をよくは思っていないらしい。


「ねえねえ、お付き合い、したくないの?」

「あ、えと……別にしてもいいです、けど……」

「んー? なんかはっきりしないね。美人な先輩が告白してるのに嬉しくないのかな?」

「……だって先輩、こんなの信用できませんよ。罰ゲームかなにかですよね?」


 先輩が目を逸らした。分かってはいたけどやっぱり罰ゲームだったみたいだ。

 ばれているなら続ける必要はなさそうだけど、先輩は「うーん……」と悩んだ末に、


「罰ゲームでもいいから付き合ってみようとはならないの?」

「あ、認めるんですね」

「うん。正直、断られると思っていなかったから……付き合ってからのことも罰ゲームなの。それに、断られて私の恋愛遍歴に傷がつくのも嫌だし……分かってくれる?」

「……罰ゲームだけど付き合ってほしい、ですか?」

「君はどうなの? 罰ゲームでもいいから私と付き合いたいとか、思わないの?」


 夏原先輩はもちろん美人だ。明るく活発な人で、上品さはないけれど人懐っこい性格で陰キャでも友人としてなら付き合いやすい人だとは見て分かる。

 彼女とは真逆の漆原うるしばら先輩は、物静かで人に懐かず取っつきづらい……友人付き合いよりも本を読むことを選んでいそうな彼女よりは、夏原先輩の方が僕でも仲良くできそうではあるけど……。ただ、精神的ギャルは僕には荷が重いのではないか。化粧は薄いけどノリがギャルは、僕には胸焼けする……。


「おい架純かすみ、もしかしてフラれたのか?」

「フラれてないし! 当然二つ返事で付き合うって言われたに決まってるじゃん!」


 夏原先輩は勝手なことを言っている。僕の事情も聞かずに好き勝手に……これだから陽キャは苦手なんだ。抱えていたバケツと、中に詰めた土を持って早く目的の花壇にいかないと。


「はいっ、付き合ったんだからっ、これでいいんでしょ!?」

「ちゃんとしばらくは付き合ってやれよー」

「当たり前でしょ! さすがに一日も経たずにフッたら後輩くんが可哀そう、」

「先輩、僕はそろそろいきますね」

「えっ、ちょっと待って君! 名前は!?」


 名前も知らない相手を呼び止めて告白したのかこの女。……本当に、たまたま通った相手を罰ゲームに付き合わせたのか。知れば知るほど嫌悪感が膨らんでいくね。

 僕でなければ、きっと上手くいっていたはずだ。この人も運がない。


片山かたやまです」

「片山くんね……うん、覚えた」

「忘れてもいいですけどね」

「それ、なに? バケツ?」

「園芸部なので。花壇に土を運んでいるんです」

「へえ」


 興味なさそうに、先輩は手に持っていたパックのジュースをストローで吸った。

 べこ、と凹んだパックのジュースを後ろにいた友人に投げて、「それ捨てておいてー」とだけ一方的に伝え、再び僕の方へ向いた。


「それ、私も手伝った方がいい?」

「え、いいですよ、なんで先輩がわざわざそんなことを……」

「だって彼女だし」


「…………必要ないですよ。彼女だからって巻き込むのは違いますから。それに、土を触ることになるので手が汚れますよ。付け爪とかあるんじゃないですか? 先輩みたいなギャルはこういう作業は嫌がるでしょう?」

「うーわ、ギャルへの偏見だあ。って、私は別にギャルじゃないよ。ギャルはもっとこう……派手な感じするでしょ? 本当のギャルを目の前にしたら私なんてギャルの『ギャ』の字にも及ばないよ」


 ギャルのギの字ではなく?

 ギャ、まで含めるところはなんだか先輩らしいと思えた。


「……まあ、手伝いはいりません。手伝ってもらうことも特にありませんし。あと、素人に手伝われると、正直に言えば邪魔です」

「あはは、素直ー。気を遣われるよりはいいかな。じゃあ今日は手伝わないよ。でも、本当に困ってたら連絡して。あっ、連絡先交換してなかったね――スマホを」


「いいです。今汚れてるので。短い付き合いならわざわざ交換することも、」

「うんしょ」


 と、先輩が窓から出てきた。僕からすれば手の届かない大スターみたいなものなので、まるでテレビの中から出てきたみたいな衝撃があった。あ、夏原先輩って実際にいるんだ……。

 先輩が僕のポケットに手を突っ込んだ。ちょっ……くすぐった――。


「スマホゲットー。で、パスワードは?」

「言うわけないでしょ!! なにしてるんですか!?」

「手が汚れてるなら私が登録してあげようと思って。早くー、パスワードー」

「…………0101です」

「それ、パスワードとして危なくない? ヒントなしですぐに解除できそう……」

「別に口座の暗証番号じゃないんですからいいんです。どうせスマホのロックですし……解除されて、中身を見られても困ることなんてありませんよ」


 友達の連絡先もないし、漫画も動画も、性癖に関するものは全てロックをかけている。そのパスワードはもちろん、僕の誕生日ではないのだ。


「ふーん。困ることはないんだ?」

「はい。好きにいじってもらってもいいですけどね」

「じゃあいじるけど……ひとまず検索履歴ね」

「おぉい!!」


 思わずバケツを落としかけた。先輩はスマホを持ったまま後ろに跳ねて僕から距離を取る。

 閲覧履歴を消したと安心していたら、まさかの検索履歴とは……。いや、検索履歴も消しているはず……だけど、アプリによっては残っている、かもしれない……。

 それに、もしもキーボードの方で、き、と入力すれば予測変換で性癖が出てきてしまう可能性もある……。


「へえ、後輩くんも、ギャル好きなんじゃん」

「好きじゃないです」

「でも検索履歴であるよ? ギャル、スペース空けて、ボーイッシュとか。ギャル、スペースでバニーガールとか。ギャルは必要なんだ? ギャルであれば他はなんでもいいわけね」

「好きじゃないですよ? 嫌いだからこそ知っておこうと思って……対策ができますから」

「いやどんな対策? それにしてもギャル……、化粧は濃い方がいいの? それとも薄い方がいいの?」

「……それを聞いてどうするんですか」

「だって私、もう後輩くんの彼女だし、好きな方に寄せようと思って」


 つまり、僕が濃いと言えば濃くなるし、薄いと言えば薄くなると……。


「……薄い方がいいです」

「やっぱり好きなんじゃん」

「濃いのが嫌いなだけです!! だって濃いと、元の顔が分からないですし……」

「あー、まあそうかも。薄い化粧で素材の良さを活かした方がお好みなのねー」


「そりゃそうでしょう。せっかく可愛い顔してるのに、先輩が濃い化粧でそれを上書きするのはとってももったいないというか……」

「……ふーん……ふーーーーん」


 先輩は僕のスマホに没頭しながら、目を合わせてくれなくなった。ちょっと、おい、これ以上なにを見てるんだ。僕のあれやこれやを暴かないでくれますか!?


「はい、じゃあこれで私のアカウントを、友達登録しておいたから。また連絡するね」

「……はぁ。分かりました」


 先輩がスマホを僕のポケットに戻した。

 最後に「またね、後輩くん」と手を振って、部室の中に戻っていく。後ろにいた友達の輪に合流し、夏原先輩は僕には見せない陽キャとしての豊かな表情を見せていて……。


「結局、先輩は僕の名前、呼ばなかったし……」


 ずっと後輩くんだった。

 付き合っても付き合わなくても、進展はしなさそうだ。



 …続

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