殺人Gメン


「――はい、見つけました。確かに持ってますね……袖で隠していますけど、手にはナイフが握られています……」


 商品棚の隙間から見た視線の先には、フード付きジャケットを羽織った男がいた。

 ジャケットの下の長袖を、ぐっと引っ張り、手の中のナイフを隠しているようだ。

 ターゲットである。


 そして、ターゲットを監視している男は「殺人Gメン」。

 これは万引きGメンのようなもの、と言っても差支えはない。


「あ、動きましたね……男を追います」


 仲間と連絡を取り合いながら、Gメンが動く。

 ナイフを握り締めた危険極まりない男を追いかけ、デパートの中を移動する。

 利用客も多いため、追跡がばれる可能性は少ないとは言え、同時にいつどこで誰がそのナイフの餌食になるか分からないということでもある。

 Gメンは、男に近過ぎず、だが遠過ぎずの距離を保ちながら見失わないように追跡し続ける。


 男は、目的地などないように、寄る店のジャンルがバラバラだった。店内に入ってもなにも買わず、一か所に留まった時間は五分もない。物色しているだけか……?

 物色しているにしても時間をかけていなさ過ぎる。あまりにも早いために商品の色合いしか見ていないんじゃないかと思うほどだ。


 世界で一番、興味のないウィンドウショッピングか?


 ……ナイフを持ちながら?


「(抜き身で持ち歩いているということは、すぐに振り下ろせるために、だよな……まさか買ったシャツの値札をすぐに切りたいからってわけではなさそうだし……?)」


 まったくない、とも言い切れないが、まあないだろう。

 男の視線は商品棚に向いていながらも、目の動きは商品ではなく周囲を行き交う人々に向いている。商品を物色するように、男は次の獲物を物色しているのかもしれない――――


 すると、男が移動した。



「っ!」


 途中、これまでなかった「こちらを振り返る」という行動に面食らうGメン。

 慌てて物陰に隠れるが…………気づかれたか?

 覚悟したが、男はすれ違った肌の露出が多い女性に見惚れていただけだったようだ。

 キャリーケースを引く女性の後ろを、そっと、音もなくついていく男。

 男に倣うように、Gメンもまた、音もなく男の背中を追いかけた。


 そして、女性がデパートの非常階段の扉の先へ入ったところで、男は袖の中からナイフをすっと出し、


 ――直後のことだった。


『え、ちょ、なになん――――』

『いい肉だ。若くて張りがあって艶もある……綺麗な肉を、ぐちゃぐちゃに、しっちゃかめっちゃかにしたくてさぁッ!!』


 扉の先から、悲鳴にしては下品な音が聞こえ、Gメンが慌てて扉の先へ。

 そっと覗いたGメンが見たのは…………


 非常階段の踊り場で、真っ赤に染まった女性の姿だった。


 心臓に大きな傷がある、つまりまず心臓一突きで殺害してから傷のない部分を作らないようにナイフで斬りつけていった、のか。


 Gメンに背を向け、今もまだ肉を切り刻み続けていた男の後ろ姿。

 快楽殺人であることは否めない。同時に、これでは快楽死体蹴りでもあるだろう。


 Gメンは、怒りよりも恐怖が勝りながらも、仕事を全うするため近づく。

 そして、ぽん、と彼の肩に、置いた。

 手ではなく、ちょっと強めに改造されたスタンガンだ。


「現行犯だ。ちょっと刑務所までついてきてくれるかな?」


 バッッ、チィッッ!! という耳を貫くような音が響き、男が気絶した。

 びちゃ、と血が跳ねたのは、血溜まりに男が倒れたからだ……頬にまで飛んできた血を指で拭いながら、Gメンが仲間に連絡を取る。


「犯人を捕まえました。……死亡者一名、現場に応援をお願いします」


 気絶した男を肩に担ぎながら、Gメンが息絶えた女性を見下ろす。


 ……無残な死体だった。なにもここまですることはな……いや、一太刀であってもしていいことではないのだが。

 もしも、彼女が襲われる前に助けられていれば…………

 それができる立場に、Gメンはいたのではないか?


「いや、でも……それじゃあ現行犯逮捕にならないしなあ」





 漫画原稿の束を机の上でとんとんと整え、一息つく。

 期待の眼差しで見つめてくる新人漫画家へ、まずなにを聞くべきかと悩みながらも、やはり最初に出てきた質問はこれだった。


「……これは?」


「新作の読切です! 自信作なんですよどうですかっ!?」


 期待の新星、女子高生漫画家が、ひとつの机を挟んでいながらもできる最大限の「前のめり」を表現してくる。

 あと少しで対面に落ちてしまうのではないかってくらいには前のめりに前に出過ぎていた。


 彼女の頭をぐぐぐ、と押しとどめながら、担当編集が困った顔で感想を伝える。

 褒めてから修正点を言うか、修正点を言ってから褒めるべきか。編集によって変わるが、今回は後者だった。……褒めるべきところがあるかは、編集本人もまだ探せていなかったが。


「まあ、色々と言いたいことはあるが……まず、ナイフを持ち歩いている時点で止められるはずじゃないか? 殺人の現行犯にならなくとも、銃刀法違反は現行犯だろう。こんな風に泳がせたりするかな……」


「するんじゃないですか? だって万引きGメンがそうですし」

「そうだったかな……?」


「はい。商品を店のカゴではなく自分のカバンに入れて、外に出るまでそれを指摘することもなくて――いざ店の外に出たタイミングで捕まえてるじゃないですか。これって犯人を捕まえたいだけで、犯罪を事前に止める気がないってことなんですよ。なのに! ですよ……、殺人の場合は絶対に手前で止めるんですよ……おかしいと思いませんか!?」


 おかしくはないだろう。

 殺人は起こる前に止めるべきだ。

 それを言ったら、万引きも盗まれる前に止めるべきだが。


「どちらかに合わせるべきなんですよ。現行犯スタイルなら、それでもいいんです……ただ、差を作ったらダメだとわたしは思うわけで。事前に止めるスタイルなら、全ての犯罪をそうすべきです。犯罪の一歩手前で止めてしまえば犯罪が0になるのに、警察の人はみーんな、気づいても止めずに現行犯で捕まえますよね。まー、あれって罰金を稼ぎたいだけなのかもしれないですけど」


 世界平和よりもお金である、と、女子高生漫画家が肩をすくめた。

 彼女の場合、それはそれで面白そうなネタだ、くらいにしか思っていないのだろう。


「……言わんとしていることは分かるがな……。でも、統一したとして、殺人の現行犯逮捕に合わせるべきではないだろう?」


 編集が手元の原稿を指差し、

 同じく、漫画家もまた、原稿を指差した。


「そうですけど、そこはほら、漫画なのでフィクションということで!」



 …了

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