第17話 レッサーデーモンとの戦い

「レジーナ、これは一体!? 何故このような場所に魔族がおるのだっ!!」


 ヒルデブルク王タルケンがなかば困惑しながら、娘に問いかけた。


「お父様っ! このレッサーデーモンなる魔族が大臣の姿に化け、城に潜伏しておりました! それで私達をおとしいれようと策を練ったものの、ザガートが正体を見破り、中庭へと叩き出したのです!!」


 レジーナが悪魔を指差して、これまでの出来事を簡潔に伝える。


「何、大臣の姿に化けただと!? ぐぬぬ、おのれ魔族めっ! 本物のギドを何処へやった! 答えよっ!!」


 娘の話を聞いて国王が悔しげに歯ぎしりした。魔族が大臣の姿に化けたなら、本物の大臣が何処かにいるはずだと考え、彼の所在を問う。


「クククッ……」


 デーモンが王の疑問を一笑にす。明らかに相手を見下した態度を取る。


「国王陛下……貴方ハ私ガ、本物ノ大臣ヲ殺シテ、大臣ノ姿ニ成リ代ワッタト、ソウ思ッタノダロウ。ダガソウデハナイ。最初カラ俺ガ人間ノ姿ニ化ケテ、国ニ潜伏シテ大臣トナッタ……ツマリ私コソガ正真正銘、本物ノギド大臣ナノデスヨ……ハハハハハッ」


 他の誰でもない、自分こそが王に仕えた大臣本人であると明かし、声に出してあざ笑った。


「なっ、何という事だ……」


 衝撃の事実を告げられてタルケンが愕然がくぜんとした。表情は一瞬にして青ざめて、ガクッと地にひざをついてうなだれた。

 長年自分に仕えてきた臣下だった。それなりに信頼も寄せて、何度か献策を取り入れた場面もあった。優しい性格とは呼べなかったが、統治者としては有能だった。

 その大臣が最初から国を滅ぼすために潜伏した魔族であったなどと、到底受け入れられる話ではなかった。


「おのれ奸賊かんぞくめっ! 陛下には指一本たりとも触れさせんぞッ!!」

「うおおおおおおっ!」


 王が絶望に打ちのめされていると、彼の無念を晴らさんと兵士が息巻く。

 三十人ほどの屈強な兵士がときの声を上げながら、包囲の中心にいる悪魔めがけて槍を構えて突進する。


「ムゥンッ!!」


 だがデーモンが一声発しながら、ぎ払うように右腕を横にブゥンッと振るうと、激しい突風が巻き起こり、兵士はあっけなく吹き飛ばされてしまった。

 兵士が腰にしていた剣の一本が風で飛ばされて、さやから抜けたままレジーナの足元へと転がり落ちる。


「よくも……よくも今までお父様を……私を……国のみんなを、騙してくれたなああああああっ!!」


 王女は剣を拾い上げると、大きな声で叫びながら敵に向かって走り出す。

 悪魔は腕を大きく振った動作によりすきが生まれたため、王女を迎え撃つ余裕が無い。まさに絶好のチャンスだった。


「悪党めっ! これでも喰らええええええっ!!」


 正面に向かって剣を突き出すと、デーモンの太腿ふとももに刃が鋭く突き刺さる。傷口から赤い血がドクドク流れ出し、悪魔が「グゥッ」と声に出して痛がる。


「やった!」


 敵に一撃を与えられた事に、王女の胸が歓喜に沸き立つ。これまでゴブリンと戦った事すら無い彼女が、実戦で相手に手傷を負わせられた事は、それだけで大きな感動へと繋がる。


「クソガキャア……」


 喜びにひたる王女を、デーモンがギロリとにらむ。その瞳は真っ赤に血走り、ひたいには血管がビキビキと浮かび上がり、表情がみるみる殺意に染まる。剣で刺された事に心底いきどおっているのが一目で伝わる。


「ヨクモ……ヨクモ、ヤッテクレタナァッ! トッテモイテエジャネエカァァァァアアアアアアアーーーーーーーーッッ!!」


 城中に響かんばかりの怒号を発すると、王女の腹を足のつま先で思いっきり蹴飛ばす。

 ボグシャァッと骨が砕ける音が鳴り、王女が激痛のあまり顔をゆがませた。


「ぐああああああっ!」


 レジーナが悲鳴を上げながら弾き飛ばされる。地面に落下して全身を叩き付けられると、ゴロゴロ横向きに転がった挙句、ダンゴムシのように体を丸まらせたまま腹を抱えてゲホゲホッと苦しそうにき込んだ。


「レジーナっ!」

「王女様っ!」


 タルケンとルシルが倒れた王女の元へと早足で駆け寄る。


「精霊よ、傷をいやせ……治癒魔法ヒール・ウーンズッ!!」


 ルシルは王女の前にしゃがんで両手をえると、急いで回復の呪文を唱えた。

 すると王女の全身が青い光に包まれて、体に受けた傷がみるみるうちに癒されていく。それほど深手を負ってはいなかったのか傷はすぐに完治して、王女はムクッと起き上がった。


「すまない……貴方にも酷い仕打ちをした」


 王女がこれまでの非礼をびる。散々悪口を言った相手に命を救われた事実に、とても申し訳ない事をした気持ちになる。


「どうかお気になさらないで下さい……それよりも、デーモンは!?」


 ルシルが今はそんな話をしている場合ではないと言いたげに敵の動向を気にかける。タルケンも彼女に同意するようにうなずく。


 三人が一斉に振り向くと、デーモンは自分の足に刺さった剣を手で引き抜いて、地面にポイッと投げ捨てた。その直後彼の足にあった傷があっという間にふさがっていき、やがて剣で刺される前の状態へと戻る。


「そんな……」


 敵の傷口がすぐ元通りになった事に、レジーナが深く落胆した。彼女にとって勇気を振り絞った渾身の一撃だったのに、それを無に帰された事に、努力を否定された喪失感にさいなまれた。


「クククッ……剣デ刺サレタ程度デ俺ガ死ヌト、本気デ思ッタノカ? 王女ヨ、残念ダッタナ……小サナハチガイクラ刺ソウガ、巨大ナ竜ハ殺セン……」


 悲嘆にれた王女を、デーモンが笑いながら侮辱する。両者の間に圧倒的な実力差がある事実を、分かりやすいたとえ話によって突き付けた。


「ショセン貴様ゴトキノ実力デハ、俺ヲ倒ス事ナド出来ハシナイノダッ! 死ネ、レジーナ! オノレノ無力サヲ後悔シナガラ、アノ世ヘト旅立ツガイイ!!」


 死を宣告する言葉を発すると、三人に向かってドカドカと走り出す。右手をグワッと開いて、鋭いツメで相手を引き裂こうともくろむ。

 ルシルが咄嗟とっさに魔法を唱えようとしたが、火球が発射されるよりもデーモンの攻撃が届くタイミングの方が明らかに早い。


(ううっ……やはり私なんかじゃ、ダメなのか……)


 死を目前にして、レジーナが自分の非力さを心の底から呪う。私にもっと力があれば国を守れたのに、ともどかしい気持ちになる。悔しさのあまり目に涙が浮かび、血が出るほど強く下唇を噛む。


 悲しみに染まる王女にとどめを刺そうと、デーモンが二メートルほどの距離まで迫った時……。


「言ったはずだ……かよわいお姫様をいじめるのはその辺にしてもらおうか、とな」


 そう口にしながら、ザガートがヒュンッとワープしたように悪魔の前に高速移動する。


「フンッ!」


 気合を入れるように掛け声を発すると、敵の腹に空手チョップを叩き込んだ。


「ナッ……ドグワァァァァアアアアアアッ!!」


 デーモンが滑稽こっけいな奇声を上げながら豪快に吹き飛ばされる。城の壁にドガァッと音を立てて激突し、大の字に寝転がったままガラガラと崩れる瓦礫がれきの下敷きになる。


「レッサーデーモン……貴様は断じて竜などではない。たかだかミツバチ相手にいきがるスズメバチ程度の存在でしかない。それを今から分からせてやる」


 敵のざまな姿を眺めて、ザガートが小馬鹿にするようにフフンッと鼻で笑う。恰好かっこうを付けるようにマントを右手でバサッと開いて、風にたなびかせた。


「蜂が竜に挑むというのがどういう事か、身をもって思い知るがいいッ!!」

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