歩きタバコと満月
山本Q太郎@LaLaLabooks
本編
「アキラってさ毎日鼠狩ってきてくれるんだけど、他の雌にも配ってるんだって。私には誰も欲しがらない鼠を持ってきてるっぽいんだよね」
「それ言ってたのアケミだったら真に受けない方がいいかもよ」
真夜中の商店街。公園まで散歩がてら歩きタバコをしていたら込み入った話が聞こえてきた。往来で個人的な話をされると盗み聞きをしている気になる。
「ヨシコがまた違う雄の匂い嗅いでたんだけど何あいつ。下品? 泥棒猫って絶対ああいう柄してると……」
気になるので振り返るが誰もいない。
「それにしてもいい匂い。ちょっとお兄さん」
誰もいないのにすぐそばで話し声がする。三毛猫と白黒のブチ猫がうろついているだけ。
「ちょっとぉ」
痛い。何だ。くるぶし。見ると三毛猫が足首に噛みついている。咄嗟に足を振り払うと、猫はさっと飛び退き睨みつけてくる。
「その煙もっと嗅がせてくれない」
猫が喋っている。気がする。
ああ。
ついにこの日が来た。いつか来ると思っていたがこんなに早いとは。貧乏が辛くて宝くじが当たった妄想ばかりしていたから。無職がこんなに辛いなんて誰も教えてくれなかった。知っていたらちゃんと就活したのに。でももう遅い。無職が生み出す日々のストレスで精神がおかしくなってしまった。
「お兄さん、この辺でよく遊んでるの?」
足元ではまた猫が喋っている。
いや。猫は喋らない。さっきから聞こえる声も空いた窓からテレビの声が聞こえるだけ。気にせず行こう公園に。世界は平和だし、おいらはいつもと変わらない。新しいタバコに火をつけ夜の散歩を続けた。
「この匂い大好き」
「最近虎柄の若い雌を見たんだけど新入り?」
「タバコのお兄さんよくみると結構イケてるんじゃない」
「疲れちゃった。なんかごちそうして欲しいなー」
やはり話しかけられている気がする。人生ずっとモテたいモテたいと念じて生きてきた。だからってこんな幻聴が聞こえるか。もう確かめるのが怖い。恐る恐る振り返っても誰もいない。
「ねぇお兄さぁん」
「遊びましょうよ」
やっぱり猫が喋っているし増えている。路地の奥から、ビルの暗がりから、電柱の後ろから、次から次へと猫が現れ街灯の下で取り囲まれた。口々にお腹が空いただの煙をもっと嗅がせろだのいいところで遊ぼうだのと誘ってくる。
パニック。
そう、パニックだろう。その場で四つん這いになり「ワン」と吠えた。猫たちは一瞬戸惑を見せた。隙をついて「ワンワン」と続けて吠えかけた。何十匹といる猫たちは目を鋭く光らせ一斉に鳴きだした。
みぃやぁぁおぉ
みぃやぁぁおぉ
鳴き声はビルの窓を震わし、お米屋さんの壁に反響して夜の商店街に響き渡った。遅れて遠くから鳴き声が返ってくる。
みぃゃお
みぃゃお
みぃゃお
鳴き声はどこまでも夜の街に鳴り響く。
みぃぃやぁぁおぉぉ〜
頭の上で色っぽい鳴き声がした。猫たちは姿勢を正し一点を見上げた。猫たちの視線につられると自動販売機の上に大きな黒猫がスッと立っていた。
「私を呼んだのはあんたかい?」
おいらじゃない。猫たちは一歩下がって場所を空けた。黒猫は音もなく降り猫たちの輪に加わった。
「どうしたんだい、こんなにいい月が出ている夜に騒がしい。その無職がどうかしたのかい? 貧乏人を搾ったってシラス一匹出やしないよ」
猫までおいらを馬鹿にするのか。それはそれとして、何で……
「何で無職だと知ってるんだって顔してるね。よくお聞き。この町内でね、私の知らないことなんてありゃしないんだよ」
にゃー
あたりの猫が追従した。黒猫はおいらを品定めするように一周まわって舌なめずりをした。
「貧乏なのは顔に出てるけど、あんたちょっと猫ずきするところがあるねぇ」
黒猫はおいらの匂いを嗅いでうっとりと目を細めた。
「あんたさえ良けりゃこの私が遊んであげようか」
他の猫たちもごろにゃ〜んと甘い鳴き声をあげる。
女の子はもちろん魚や虫にだってモテたことの無い人生だった。それがこんなにたくさんの雌猫に言い寄られるなんて。下を向いて生きていた昔の自分に教えてあげたい。お前は猫が相手なら無敵だと。この先もきっといいことなんか何も無い。今の惨めな暮らしを考えるとこのまま猫たちと面白おかしく暮らした方が幸せなんじゃないだろうか。うっとりとおいらを見つめる猫たちが一斉に鼻を膨らませキョロキョロし出した。かすかに漂ってくるこの匂い。……ロングピースだ。おいらのハイライトより20円高い。にきれいな身なりの学生がこんな夜中に歩きタバコをふかしてやがる。猫はみんなそいつに着いて行った。
街灯の下にはおいらだけ。タバコの火はいつのまにか消えていた。ゆっくりと立ち上がり火をつけ直す。少し苦いがいつものハイライトの味がした。タバコを深く吸い込み夜空に向かって吐き出すと、煙は揺れながらゆっくりと空に昇って消えた。
猫の鳴き声が遠くから聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます