第41話 遺品と葬儀
「はい! こちらです! 兄は別室にいますけど……」
扉を開けると門番の男性が白い袋のようなものを持ってシスターと話している場面に遭遇した。
「あ、あなたはシュネル様。バティス兄様は今何されています?」
「父親の葬儀について会議中です。用件は私が聞いても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。こちらお父様の遺品になります」
彼が差し出したのは持っていた白い袋まるごとだった。この中に彼の遺品が入っていると言う。……どのようなものが入っているのだろうか。
「わかりました。引き取ります」
「いえいえ。お渡しするの忘れていましてすみません。では」
「下半身はまだ……ですよね?」
「はい。あの辺の海は荒れていますからね……捜索も大変なので申し訳ありませんが。それでは」
彼のぴしっと姿勢が正された背中を小さくなるまで見送ると、部屋に戻りギルテット様とシュタイナーと共に袋に入っている物を取り出す。
袋からは懐中時計とコイン5枚、そしてペンとインクに紙を束ねたものや下着が出て来た。
その中にある紙を黒い紐で束ねて簡易な本人したものの表紙には雑記と書かれている。
(何か書かれてあるのかしら)
表紙をめくるとそこにはこう書かれている。文字はちょっと走り書き気味で字のサイズは大きめだ。
「最近、よく妻の夢を見る。はやくこちらへ来なさいと川の向こうから手招きしている夢だ。私はもう長くはないと思うので雑記を残す事にする」
(日記か……)
ペラペラとページをめくる。紙に書かれている内容へ私だけでなくギルテット様やシュタイナーも目が釘付けになっていた。
そして3分の2くらいのページにはこのような事が書かれていた。
「跡継ぎはバティスにする。本当はジュリエッタの娘婿に継がせたい気持ちもあったが夢に出て来た妻が必ずバティスを跡継ぎにしないと許さないと繰り返し言っていたのでバティスにする。彼は教育をきちんと受けているので領地経営も大丈夫だろう」
バティス兄様をきちんと跡継ぎとして認めていた。驚いたがこれには安堵の気持ちが胸の中で広がる。
これならジュリエッタがあれこれ言ってもバティス兄様が跡を継ぐ事の正当性を示せるはずだ。
そして最後から2枚目のページを読む。
「シュネルが夢に出て来た。全てはジュリエッタとお前のせいだと罵られた。あんなに悪魔のように怒り狂うシュネルに恐怖を抱いてしまっている。ああ、私はシュネルにひどい事をしてしまったのか」
そして最後の1ページ。
「怖い、妻がこちらへと手を伸ばしながら私を罵倒する夢を見てしまう。お前のせいでこうなってしまったんだと妻なのかシュネルなのかよくわからない人に言われている気がする。ああ、こんなのがずっと続くなら死んだ方がましかもしれない。いっそ死んでみようか」
という言葉で締めくくられていた。
……まさか父親は自らの意志で飛び降りてしまったのだろうか。
「……ギルテット様」
「シュネル……彼はおそらく」
「飛び降りてしまったのでしょうか。それも衝動的に」
「でしょうね。でもやはり精神を病んでいるのは間違いないかと」
「……なんだか……その」
「シュネル?」
「いいえ、この気持ちは自分で蹴りをつけます」
あれだけ私とバティス兄様を怒鳴りつけたり暴力をふるっていた父親が私の幻影でおびえていたのは何とも皮肉だしざまぁみろという気持ちと共になんだそれ。と拍子抜けする気持ちもあって混乱している。
でもこれは自分で何とかしないと。
「そうですか。無理はしないでくださいね。あとでバティスにも見せてあげてください」
「はい。勿論です」
「……グレゴリアスの悪魔がこうして死ぬとはなあ。なんだか複雑っすね」
偶然にもシュタイナーが私の中の気持ちを代弁してくれた。私は息を吐きながら少し間をおいてそうですね。と返すのだった。
「おーーい、ちょっと休憩だってさあ」
バティス兄様が戻って来たので早速父親が残した雑記を見せる。バティス兄様はそれを受け取るとぱらぱらとページをめくり始めた。
「ふうん、なんだか悪夢にさいなまれてるようだけど自業自得じゃねえの? あいつが悪いのは事実なんだからさ」
さすがはバティス兄様。やはりばっさりと切って捨てる。そんな彼を見ていると私の中で気持ちの整理もつきそうになってきた。
「バティス兄様がいてよかった」
「シュネルいきなりどうしたんだよ」
「ちょっと心の中で色々ぐるぐる考えや思いがめぐってたので。バティス兄様がそうばっさりと切って捨ててくれてむしろありがたかったと言うか」
「そっか。それならよかった」
その時だった。かつかつかつとハイヒールが乱暴に踏み鳴らされる音が響き渡る。バティス兄様がげっと口にした瞬間ジュリエッタが勢いよくドアの扉を開けた。
「お父様の遺体をどこにやったのよ!」
「ここだけど? また来たのかよお前」
「そう……じゃあ葬式は私が挙げて頂くわね」
「おいクソ妹。もう段取りも何もかも決まったから無駄だ。諦めな」
「なんですって?! あなた妹の希望を無下にするというの?!」
「だってお前に任せたら何しでかすかわかんねえしそもそも信用できねンだわ」
バティス兄様が肩をすくめながらそう悪態をつく。そしてギルテット様がジュリエッタへそう言う事なので一旦屋敷へとお戻りくださいと彼女を部屋から追い出したのだった。
「ちょっと! まだ話が……!」
「おいクソ妹! 通夜と告別式に来るなら絶対遅刻すんなよ! あとトラブル起こすんじゃないよ!」
「何よーー! お父様からかわいがってもらってた私が喪主にふさわしいのに……!」
「バティスは跡継ぎですよ? この場合跡継ぎが喪主としてふさわしいのはあなたも理解できるでしょ?」
「ひっ! す、すみません……!」
最後はギルテット様の怒気や圧に屈してしまったのか、ジュリエッタは情けない声を出してすごすごと教会を後にしたのだった。はあ、本当に面倒な妹である。
「ほんとアイツ面倒だな」
「そうね……」
「通夜と告別式ではちゃんとおとなしくしてくれてたらいいのに」
はあ……とバティス兄様のため息が思いっきりこだまして響いたのだった。
そして通夜が行われる前。私はシュタイナーとシスター達と共に受付のデスクに立ち、参列者を出迎えていた。あまりに急だったので参列者の数はそう多くはない。むしろ母親の葬儀の時より断然少ない。
ジュリエッタは一番先に来たがそのまま個室へと移動してもらった。
「こんにちは」
「あなたは……おばあ様とおじい様」
母方の祖父母が喪服を来て現れた。どちらも久しぶりに見る顔だが以前見た時よりも明らかに身長が縮んで白髪が増えた。でも貴族らしいきりっとした顔つきは健在である。
「シュネル、久しぶりね。元気そうでよかったわ」
「こちらこそ、お会いできてうれしいです」
父方の祖父母はもうすでにお亡くなりになっている事もあって、来る事はない。しかしながら親戚全員皆来なかったのである。
「やっぱり父方の所は来ないか」
「バティス兄様……」
「遠方に嫁いでいるとかそういうのはあるらしいけど、やっぱりあのクソ親父一族から嫌われてたんだな」
少人数の中、通夜も告別式も滞りなく行われた。ジュリエッタが何かしでかさないかと心配だったけど、シュタイナーが絶えず見張ってくれていたおかげで何も変な動きやトラブルは起きなかった。
だが、葬式が終わればまだ全てが終わる訳では無いのだ。
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