第3話 流れ着いた先
外は暗いのに大通りには人が絶えず行き交っていて街灯も明るい。荷物を持って歩いているのだけど、腕が結構重くなってきたのでどこかで休憩を取りたい気分になってきた。
「どこか、座れる場所ないかしら……」
とりあえずきょろきょろと辺りを見渡していると、馬車の中継地点が左前方に見えてきた。確かにどこかカフェテリアかベンチで座って休憩するよりも、馬車に乗って移動しながらの方がいいか。その方が同じ地点に留まるよりも見つかりにくいだろうし。
「すみません。よろしいですか?」
「ああ、乗るのはご婦人1名様で?」
「ええ、そうです。どこがおすすめかしら」
「ああ、じゃあそうだなあ……デリアの町はどうだ? ちょっとここからは離れてはいるし静かで小さな町だけど海沿いの町だから綺麗な場所だよ」
デリアの町。名前だけなら聞いた事がある。なるほど。じゃあそこにしよう。
「じゃあ、そこでお願いします。こちら前払いの料金ですわ」
「かしこまりました。ではお乗りください」
馬車は大きな背もたれのある座席だけで屋根が無いオープン式。黒い革製の座席は思ったよりも弾力があって座り心地が良い。
「では出発します!」
黒い大型の馬がぱかぱかと歩き出し、徐々にスピードを上げていく。街を行き交う人々が流れていくように見えて楽しい。それと1人旅ってこんなに楽しかったのかと思うと、これからいよいよ私の新たな人生が始まるんだと言う気がしてわくわくとした感情が胸の中からどんどんと湧いて出て来る。
(すんごい楽しみ!)
しかしソアリス様やあのクソ父に捕まる可能性はまだ否定できない。ああ、でもソアリス様は多分私の事なんてどうだっていいだろうから、追いかけては来ないかもしれない。いや、かもじゃなくて絶対来ないな。浮かれたいけどまだまだ我慢していないといけない。私は帽子を深くかぶり右手で押さえる。
気が付けば大都会の街から離れて郊外に差し掛かっていた。やはりこの付近は人通りもまばらで建物も街灯もぽつぽつとあるだけだ。
こういう時、盗賊などと言った不審者や狼に熊といった獣が怖い。私と馬車を操る御者だけではとてもじゃないけど対応できない。
(変なのと遭遇しなければいいけど……)
「すみません、お客さん!」
「はい!」
「こっから人通りが少ない道に入りますんで気を付けてくださいよ!」
「了解しました!」
目の前はほぼ真っ暗でなにも見えない。一応御者がカンテラをかざしてくれてはいるから馬車の周囲は少し明るく見える。
(無事に到着しますように……)
私は目を閉じて神様に祈りを捧げる。無事に到着して屋敷の人達や父親に追われませんようにと願うしかない。
しかし、私の背後からううーーという獣のうなり声がうっすらと聞こえてきている。
「っ狼……!」
「っ確かに鳴き声が聞こえてきますね、スピードを上げますかしっかりとつかまって!」
御者が馬に鞭を入れる音が響く。それを合図に馬車のスピードがこれでもかと上がった。私は右手で帽子、左手で座席の手すりにしっかりとつかまる。
「ううーー……」
どれくらい進んだかはわからない。けれど気がついたら狼の遠吠えは消え去り、左側から見た空は薄明かりを帯びていた。
「夜明け……」
「……着きました」
目の前には海岸とポツポツとそびえ立つ建物が見受けられる。そうか、ようやく、私はデリアの町に着いたのか。
(ここなら……誰も来ないだろう)
馬車はそのまま草だらけの道をぱかぱかとゆっくり進む。
「あれは?」
「あそこは小さな商店街ですね。あちらで馬車から降ろしましょうか?」
「お願いします」
規模は確かに小さな商店街だけど、入口には立派な石門がある。私はその手前で馬車から降りた。
「遠くまでありがとうございました!」
「ああ、お元気で!」
馬車はそのままUターンして来た道を引き返していく。御者が手を振ってくれていたので、私も手を振りかえした。
「さて……」
商店街の門を潜る。人気は無いし、お店の扉は固く閉ざされていて中も真っ暗だ。
「誰かいないかしら……」
どうしようか。ここはすみません! と言って誰か呼ぶのがいいのだろうか。でも、こんな時間に大きな声を出すのは迷惑だし……。
「わっ」
右側の路地裏から急に人影が現れた……かと思った時にはぶつかってその場に倒れ込んでいた。
「いたた……」
「大丈夫ですか?」
その人物の顔には……どこか見覚えがあった。ここまでの美しさを持つ金髪碧眼の主はこの国には片手で数えるくらいしかない。今まで遠目でしか見た事が無いのに、名前はすらっと出てきていた。
「……ギルテット様?」
「……あなたは、アイリクス家の」
「!」
嘘でしょ、私を知っている?
「しっ! しーーっ!」
「っ! わ、わかりました。詳しい話は建物で聞きましょうか」
「お願いします。その方が助かります」
私は立ち上がろうとするが、右足に力が入らない。これは捻挫?
(挫いた?)
「怪我でもされました?」
「すみません……挫いたみたいで」
「それなら患部を動かさないでください。俺が背負って案内します」
ギルテット様はそう言うや否や私をひょいっと持ち上げてお姫様抱っこする。
「えっ」
そして路地裏に入ると右側にある小さな扉を開いたのだった。
「ようこそ俺の診療所……秘密基地へ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます