第4話 星滅眩暈/奮戦レベル2
―――きれい……。
仰向けになった
ベーミン爆散に伴って散った輝きが、真っ暗な空を満天の星空に変えている。
吹けば飛ぶほどに小さく、儚い。まさに星屑。そこに手を差し入れながら、ぼんやりと幻視するのは、先ほどまぶたの裏に見えたあの人。
―――初めて見た時も、同じように思ったっけ。
周りが暗くなり、あの人が放つ光以外、何も見えなくなるような。他のすべてが意識に入らなくなって、その人のことしか考えられなくなってしまって。
文字通りの、無我夢中。
憧れだった。ただひたすらに、手を伸ばしていた。
でも、失った。
星屑は、握りしめると消えてしまう。同時に、
「ターンエンド!」
妹の力強い声に、靄のかかった思考を断ち切られ、
ターン開始のドロー。手札は合計で6枚。自分の場にはレリックが3つ、レギオンは壊滅。
いつの間にか、こちらのハザードカウンターは折り返し。なのに
「……強くなったね」
「へっ?」
偽らざる本音に、
―――ダメだ、今は使えないカードばっかり。これじゃ、勝てない。
ならばやるしかない。鍵玻璃は腕を真横に伸ばし、そこに現れたドット絵のドクロを鷲掴みにする。それの隣に続く数字は11。条件は満たしている。
ドクロを振り上げようと力を込めたその瞬間、全身が粟立った。先のヴィジョン、憧れの人が死神に殺される風景が蘇る。同じように首を狩られる自分のイメージがその後に続く。
「…………っ!」
ぎしっ、と骨が嫌な音を立てた。恐怖が体中を縛り付け、動けなくさせる。
耳元に忍び寄った怯懦が囁きかけて来た。
いいのか? あの人と同じになるのか?
アイドルが首を狩られる風景が、しつこくフラッシュバックする。
嫌だ、あんな風にはなりたくない。拒絶と同時に、
「じゃア、このマま、負けテくれるよネ? 言うこト聞イて、くれるヨね?」
面を上げる幼い
片方は、首無し死体が手招きする道。もう片方は、妹の皮を被った何かがハグを求めてくる道。
―――嫌だ。
鍵玻璃はがちがちと歯の根を鳴らした。どっちも選びたくない、怖い。
しかし、踵を返せない。全身を巡る抑えがたい何かが、鎖でつながれた狂犬のように荒れ狂っている。待ちわびた岐路が選択を迫る。動け、動けと体が叫ぶ。
腕に、足に力が籠もる。鍵玻璃はぎこちない動きでドクロを頭上に振り上げた。
半ば引っ張られるように手を伸ばしたのは、敗北を拒絶する道。
「
“×11”の数字を引き連れたドクロが床に叩きつけられ、ピコピコと悲鳴を上げる。ステージに広がっていく光の波紋。
奮戦レベル。ゲーム開始時には1で、最大3まで上げられる。逆境を跳ね返すため、エデンが進化を遂げるのだ。エデンズブリンガー本人も含めて。
波紋の速度が上がっていき、怒り顔になったドクロが閃光を放った。
ひと回り膨れ上がって、超新星の如き光と轟音を解き放つ。
地球誕生のイメージ映像にも似た光景が、眩い光の中で始まる。
次々と空中に現れてはステージに組み込まれていく無数のブロック。より華やかに、より煌びやかに、より大きく舞台が改築される。
「う―――っ!」
轟音が去った後、そこには一回り大きく、豪華になったライブステージが浮遊していた。その中央に立つ鍵玻璃の服も、ゴシックパンクな私服から変化していた。
星明かりのような銀の髪。星型のカットアウトを散らしたキャミソール。プリーツスカートは黒から青に。手足に巻いた長いリボンはアーチを描き、羽衣のよう。
一等星、そうとしか表現できない理想のアイドル。それが
顔を庇った腕を下ろして、
―――綺麗。これがお姉ちゃんの変身かぁ……初めて見た。
―――あれ、初めて……?
降って湧いた疑念を己自身に問うより早く、鍵玻璃の溜め息が聞こえて来た。
姉は自分の姿を、悲哀とも怯懦ともつかない顔で眺めると、喉を鳴らした。
―――来る!
疑問を蹴飛ばし、気を引き締めると、鍵玻璃の前に横一列のカードリストが展開される。鍵玻璃はそこから2枚を選び、手札に加えた。
レベルアップボーナス。奮戦レベルが2に上がったので、同レベルのカードを2枚持ってくることができる。
そして盤面は一気に動いた。
「誓願成就、“スカイハイ・タッチ”を2枚! 奮戦レベル1のレギオンを場に出し、パワー+2000! 呼ぶのは“幼天狼アカマル”、“導かれし未来・デネブ”!」
「ならこっちも、メェプルシロップと“想いの水瓶”のスキル! パワーアップ!」
―――やっぱり、奮戦レベル2のカードをいっぱい持ってるんだ!
カードには、それぞれレベルがつけられている。奮戦レベルよりも高いレベルのカードは使用不可できない。
しかし、姉のくびきは今、解き放たれた。
「“ベビーゲイザー・カノープス”、“インゴットデュプリケーター・メレク”を召喚! アカマルとカノープスのスキルでそれぞれカードを手札に加え、レリック配置、“フェクダの王冠”!」
怒涛の展開を見せながら、
―――だからお薬飲んでって言ってるのに!
心の中で叫んでいると、白い望遠鏡が姿を現した。
「“憧憬の望遠鏡”のレリックスキル。デネブのパワーをカノープスにコピーする。バトル、デネブとカノープスでメェプルシロップを攻撃!」
黄金剣を手にした少女が斬りかかり、プラネタリウムの欠片を被った子竜が口から光の弾丸を吐き出した。身構えるメェプルシロップに、神秘の石碑が力を授ける。
“羊赦のメェプルシロップ”:パワー3500
“導かれし未来・デネブ”:パワー4000
“ベビーゲイザー・カノープス”:パワー4000
両腕を交叉したメェプルシロップの前にバリアが開く。星座のような障壁はカノープスが吐いた光を受け止め、拮抗したのちに砕かれた。衝撃を殺しきれず、仰け反ったメェプルシロップをデネブが斬り捨てた。
ぼふん、と羊毛のような煙をまき散らして爆散するメェプルシロップ。ウールウールが甲高い悲鳴を上げる中、
レギオンが減ったため、“誓いの記念碑”と“永久の絆”が力を失う。
「くぅ……っ!」
「メレクでウールウールを攻撃!」
黒髪のフィールドワーカーが、わんわんと鳴く羊娘に向けて指を鳴らした。
ウールウールを真っ黒な影が覆い隠す。一瞬涙を止めた羊娘は、悲鳴を上げて手足をばたつかせた。影の正体は、落下してくる大きなブロックだ。
“インゴットデュプリケーター・メレク”:パワー1500
“羊涙娘ウールウール”:パワー1000
ズズン、と鉱石ブロックがウールウールを圧し潰す。これで
「アカマルでダイレクトアタック!」
「うぇっ!? だっ!」
気づいた時には、
凄まじい速度で体当たりしたアカマルがステージの上に着地する。子犬ほどの大きさのそれは、バウと一声吼えると身を翻して
解恵:ハザードカウンター0→7
「ううっ、いてて……。よっと!」
勢いをつけ、ぴょんと起き上がる
手痛い一撃をもらってしまった。形勢は逆転し、奮戦レベルを上げられない程度のダメージを喰らう。だが、まだ負けはない。
己を鼓舞する解恵は、口元を押さえ、体を折り曲げる
笑っているのかと希望を抱いたが、大きく背を逸らせて喉を鳴らす様を見て、違うのだと気づかされた。鍵玻璃は咳をしながら告げる。
「んくっ、はぁ……っ。ターン、エンド……! “満杯の宝棚”のレリックスキル」
キコキコと車椅子の音がする。あの妹の皮を被った何かが近づいてきた。
お姉ちゃん、と呼びかけてくるそれを、直視できない。だが、逃れることも出来なかった。
時間が逆流する。ステージの上に倒れる解恵が首だけなんとか動かして、痛い、痛いと泣いている。四肢をあらぬ方向に折り曲げて。
鍵玻璃は腕を真横に凪いで、妹の皮を被った何かを振り払おうとした。
「黙れっ! 邪魔しないで……話しかけてこないで!」
上擦ったヒステリックな絶叫を耳にして、慌てたのはふぁんぐの方だ。
撮影用のディスプレイを操り、できる限り
対戦に関係ない音声は、配信には乗らない設定。ふぁんぐは冷や汗を掻きつつも、笑顔で実況を続けていく。
「さてさて奮戦レベル2になってから一転攻勢やねえ!
喋りながら、流す映像を取捨選択。
―――まあ、生で見てる勢には隠せへんけど……。
ふぁんぐは舌と両目を同時に回す。
現在地は
新入生、およびその保護者たちはざわついていた。遠目から見ても、鍵玻璃の様子は明らかにおかしく映るのだ。
ふぁんぐは、事情も大して聞かずに対戦を仕切ったことを、後悔し始めていた。だが、配信を止めるわけにも行かず、トークとリアルタイム編集でどうにか誤魔化す。
「レギオンの展開力では
不意に、ふぁんぐの視界端に音声通話のコールマークが現れた。
通話相手の名は“
「ちょおっとごめんな、レイちゃんから電話や。もしも~し!」
「もしも~し、じゃないんですよ!」
別のウィンドウが開き、ビデオ通話が始まった。
相手は琥珀色の髪に緑のメッシュを入れた、真面目そうな顔つきの少女。ふぁんぐの友人にして、
彼女は画面にくっつくほどに顔を近づけ、怒鳴り声を浴びせてくる。
「一体何やってるんですかぁ! 式の受付が滞ってるんですよ! 外にいる子たちがそっちの対戦に夢中になってるし入口は塞がってるし!」
「あはは~。ま、いい感じの対戦やしね。ウチもなんやかんや見惚れとるし~」
「笑いごとじゃありませんっ!」
怒っている以上に、焦っている。
レイの心境を察したふぁんぐは、ばつが悪くなって目を泳がせた。
口笛でも吹いて誤魔化すつもりだったが、レイはそれを許さず噛みついてくる。
「式の開始まであと三十分切ってるんですよ!? なのにあと何人着席させないといけないと思ってるんですか! 挙句、誘導役の人たちも配信チラチラ見てますし! 信じられません!」
「ま、ま~ま~、こういう配信なんて、いつものことやないかぁ~」
「今日は禁止だって言ったじゃないですか! っていうか今対戦してる子! 新入生代表になるはずだった子でしょう!? なんでそこにいるんですか!?」
「あ、バレてもーた。あはは~」
ふぁんぐは愛想笑いを浮かべつつも、顔を背ける。
全科目で成績トップ。試験科目の対戦においては、プロを相手に圧勝したという中学生。文句なしの首席入学者、なのに新入生代表の座は頑なに辞退し続ける。
そんな少女が入学早々対戦するなど、絶対に盛り上がるシチュエーションだ。インフルエンサー魂に火が点いたふぁんぐは、配信禁止令を迷わず破ったのである。今や、裏目に出かかってるが。
「けどま、やっても~たし、しゃーないわ。“
「もう! 言っておきますけど、新入生代表って言葉は使わないでくださいね? 代わりになった子の立場もあります」
「おけおけ。ほな、そろそろ配信に戻るから後でな~!」
「あっ、ちょ!」
レイの通話は適当に切断し、ふぁんぐは何食わぬ顔で配信に戻る。
マイクのミュート機能を解除。余った袖を振って誤魔化し笑いを浮かべた。
「ごめんな~、ちょっと業務連絡来てしもうてん。ほな、実況実況。熱ぅなってきたねぇ~!」
途中で切ったこと、後でレイに怒られるんかな……などと考えつつも、ふぁんぐは対戦に向き直る。
エデンでは、
⁂ ⁂ ⁂
“星見の作業台”
レリック:奮戦レベル1
スキル:このカードが場に出た時、または自分のターン開始時のドロー後、“煌めく服飾”1枚を手札に加える。
師匠の作業場。師匠はここで夜空を見ながら作業をするのが好きなんだって。
僕もいつか、ここで師匠と並んで素敵なものを作りたいんだ!
―――クラフトアプレンティス・ポラリスのメモ
“煌めく服飾”
誓願:奮戦レベル1
スキルタイミング:いつでも
誓願成就:自分のレギオンを1体選び、パワーを+1000する(永続)。
匠の手により作り出された衣装一式。
昼間に着ると眩しすぎるが、夜空の下では着用者を誰より美しく彩ってくれる。
これを着るのが、世の少女たちの憧れである。
⁂ ⁂ ⁂
ジョークやふたりへの賞賛を挟みながら、戦局を語るふぁんぐ。
流れるコメント。緊張感を煽るBGM。
奔放なチームメイトの配信を睨んだレイは入学式の会場内にある生徒会控室で肩を落とした。
「ああんもう、ふぁんぐったら……!」
「まあ、仕方ないんじゃない?」
赤く染めた髪を逆立てた、ボーイッシュな雰囲気の少女がレイの肩を叩く。
「一応想定の範囲内なんだし、マニュアル通りに行けば平気だって。むしろ、さっきのレイの声が聞こえてないかが心配で……ん?」
レイをなだめていた赤髪の少女は、ふと背後を振り返った。
扉の開く音が聞こえた気がしたのだが、扉は閉じられたままだ。
首を傾げつつ外れた視線をレイに戻すと、生徒会長はやけになったように拳を突き上げた。
「あ~~~~~~もうっ! ぐずぐずしてられません、行きますよ! 新入生も係も動かさないといけないんですから!」
「なんだかんだ、うちらもちょっと見入ってたしね。急ごうか」
ふたりは関係者各所に連絡を入れながら生徒会控室から廊下へと出る。
足早に駆けていく彼女たちは、背後の曲がり角に隠れた者に、気づけなかった。
「新入生代表……?」
走り去るふたりを陰から見送り、銀髪の少女が小さく呟く。
その視線は、すぐに手元の配信ディスプレイに向いた。アイドル衣装を纏った鍵玻璃と、その妹の横顔に。
「わたくしは……彼女の代わり……?」
暗がりで、黄金色の瞳に火が
彼女は制服の胸元から羽根ペン型の
配信画面に表示されたふたりのデュエリストの名をしたためて、対戦模様を注視する。
ギリ、と奥歯のこすれ合う音が影の中に染み渡り、指から力を注がれたペン先が震える。
少女は食い入るように画面を見つめて、冷酷さの漂う無表情で戦局を見守った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます