第2話 画竜点睛/何が何でもあなたとともに

 一か月後。電車の扉が開くなり、解恵かなえは姉の手を引いて、駅の外に飛び出した。


 春の日差しと風が、姉妹を暖かく出迎える。都会の真っ只中と見紛う駅前広場。空に浮かぶディスプレイ。それらに書かれた、入学おめでとうの文字。


 桜が舞い散る空の下、 解恵は、春の風を浴びながら、両手を空に突き上げた。


「ん~~~~~っ、着いたぁ――――――っ!」


 大声が周囲の者の視線を集める。


 いるのはそのほとんどが、シルバーホワイトの……界雷かいづちマテリア総合学院の制服を着た少年少女だ。


 彼らと同じ服に袖を通した解恵かなえの声に、鍵玻璃きはりが鬱屈した表情をした。


 投げ捨てるように繋いだ手を切る鍵玻璃きはりは私服。


 といっても、白いブラウスにネクタイ、黒いプリーツスカートという出で立ちなので、さほど悪目立ちはしない。他校の制服と言っても通じるかもしれない。


 姉は、緩慢にまばたきをしながら首を振る。しかしすぐにまた手をつかまれ、引き寄せられた。


「お姉ちゃん、ほら行こ! 入学式始まっちゃうよ!」


「……もう帰らせて」


「だーめ! ちゃんと式にも出るの!」


 ぱんぱんになったリュックを揺らし、解恵かなえは姉を引きずりながら案内に従って進んでいく。


 今日別れたら、なかなか会えなくなってしまうから……そんな母の説得と、解恵の泣き落としによって、なんとかここまで連れて来た。


 鍵玻璃きはりは何度もふらつき、立ち止まり、帰ると言い出すために苦労した。顔色は悪く、処刑台に上がる病の死刑囚のような顔をしている。薬を勧めても拒否される。


 思うところはあるものの、後はリュックに詰め込んだものを渡すだけ。


 やがて差し掛かったのは、桜が連なる大通り。


 樹の足元には、様々な映像がが流されている。学部学科、部活の紹介。OB、OGからの祝辞。学院を運営する企業のCM。有名インフルエンサーによる案内。


 理事長のバストアップが別の少女に切り替わったところで、解恵は鍵玻璃を抱き寄せた。


「お姉ちゃんお姉ちゃん、見て見て! あれ、今映ってる人! 屏風ヶ浦びょうぶがうらふぁんぐさんだ! ここに通ってたら会えるのかなあ? もしかしたら今日、ゲリラ配信とかあるのかなあ!? 入学式だし!」


「離し、て……っ!」


 鍵玻璃きはり解恵かなえを突き飛ばし、足を速めた。


 顔を半分手で隠し、先行する姉の背中を切なげに見つめながらも、後を追う。


 広い並木道を歩いていくと、プロスポーツで使われるようなアリーナに辿り着く。


 案内役の生徒たちに促され、長蛇の列に並んで入ると、受付にはたくさんの機械が鎮座していた。チケット販売のマシンを流用し、新入生名簿と照会するようだ。


 列がスムーズに進む中、解恵はドキドキしながら鍵玻璃の手を強めに握る。


 いよいよ作戦は最終フェーズ。ふたりの番が近くなる。


 前に立つ派手なツインテールの少女が、チョーカーにつけたハチの巣型のアクセサリーを外して硝子ガラスの台座にセットするのが見えた。


 スキャンの光に撫でられるそれは、飾りではない。D・AR・Tダアトという名の、最新ウェアラブルデバイスだ。同様のものを、解恵たちも持っている。形は大きく異なるが。


 前の少女が認証を終え、受付を離れる。その際、彼女と一瞬目が合う。微笑みかけられ、解恵の胸はますます弾んだ。上手くやっていけそうな気がする。


「何してるの? 早くすれば」


「あ、わわっ!」


 鍵玻璃きはりに背を押され、解恵かなえは受付の前に立つ。


 額に引っかけたゴーグル型のD・AR・Tダアトをスキャン台にセット。滞りなく認証が終わり、機械音声が歓迎の言葉を発した。


“認証成功。ようこそ、肌理咲きめざき解恵かなえさん。入学を心より歓迎いたします”


「よしっ!」


 思わずガッツポーズをしてしまう。これで登録完了だ。晴れて解恵は、界雷かいづちマテリア総合学院の生徒として認められたことになる。


 すぐ後ろの姉が、何も言わずに踵を返す。解恵はすぐに振り向き、鍵玻璃きはりの額からゴーグル型のD・AR・Tダアトを奪った。


 鍵玻璃は泡を食ってD・AR・Tがあった場所に触れるが、遅い。


 彼女が反応する前に、デバイスは機械の台座に置かれ、スキャンに晒された。


解恵かなえっ、ちょっと、何して……!」


 振り返った鍵玻璃きはりが抗議の声を上げかける。


 だが、言葉よりも早くスキャンが終わる。女性の機械音声が、柔らかな口調でテンプレートな祝辞を告げた。


“認証成功。ようこそ、肌理咲きめざき鍵玻璃きはりさん。入学を心より歓迎いたします”


「やった!」


「――――――!?」


 鍵玻璃きはりは絶句し、目を見開く。


 そんな姉とは裏腹に、解恵かなえは体内で花火が上がったような心地に酔った。


 作戦は大成功だ。液晶画面に華やいだ自分の笑顔が映り込む。


 これでふたりそろって入学確定。だがその喜びを、冬の如き声音が凍り付かせた。


「……どういうこと?」


 解恵かなえが姉の方を向くと同時に、肩と背中に衝撃が走った。


 リュックサックが、受付マシンに打ち付けられる。派手な音も痛みもない。しかし突然の暴行に、マシンは警報音を鳴らした。


 鍵玻璃きはりはそんなもの聞こえていないかのように、俯いて肩を震わせている。解恵が唇を動かすものの、姉の言葉が先んじた。


 表情は、一切見えない。


「ねえ解恵。今の……何?」


 指が鎖骨に食い込んだ。


 痛みが臆病風を呼び起こし、解恵かなえの膝を震わせる。


 しかし、解恵は力尽くで笑顔を作った。


 ここで退くわけにはいかない。


「み、見たまんまだよ! お姉ちゃんはあたしと一緒に、ここに通うの!」


「……は?」


 ごく短い疑問の言葉が、解恵かなえの首を絞めた気がした。


 計画の始まりは、中二の冬に遡る。進路もろくに決めていないが、界雷かいづちには通わない。そんなことを言う姉を、解恵は説得し続けた。


 記念受験でいいから、受けて欲しい。最終的にその要求で妥協させ、ふたりで合格した後は、親に頼んで入学手続きをしてもらう。


 あとは学院まで鍵玻璃きはりを引きずって来ればいい。


 突発的な異変に、近くの人々がどよめき始める。騒ぎを聞きつけた案内役の生徒が来るより早く、鍵玻璃は解恵を投げ倒した。


 そして、何もかもから目を逸らすように背を向ける。


「―――帰る!」


「えっ? ちょ、待って、待ってよお姉ちゃん!」


 騒ぎを聞きつけてきた生徒たちを振り払い、解恵かなえは慌てて立ち上がり、姉の後を追う。


 入学式にそぐわない雰囲気に気付いた他の新入生や、その保護者が振り返る中、鍵玻璃きはりの歩みは加速する。


 逃げるように人の流れを逆行していく姉。彼女がスタジアムから出た瞬間、解恵の右手が彼女を捕らえた。


「待ってってば! これから入学式あるんだよ!?」


「だったら何よ!」


 鍵玻璃きはり解恵かなえを振り払って、押しのける。


 数歩よろめいた解恵は、心臓がなくなったような感覚に戸惑いながら、姉を見つめた。


 鍵玻璃は決して目を合わせない。地面に敵がいるかのように、足元めがけて叫びを浴びせる。


「入るつもりはないって言ったでしょ! なのにこんな、私を騙して……っ! お母さんとお父さんも一緒になって、こんな……ッ!」


「だ、だって……!」


「だってじゃない! 私はもうあんたとはいられないのよ! あんた、あんたとは、あんたと、は……っ!」


 手袋に包まれた指と指の間から、カラーコンタクトを着けた姉の瞳が見え隠れする。激しく揺らぎ、焦点の合わなくなった銀の瞳が。


 解恵かなえを見ているようで、見ていない。顔がみるみるうちに血の気を失い、呼吸が荒くなり始める。


 鍵玻璃きはりは自分の肩を抱き、打ち震え始めた。その姿は怒っているというよりも、何かを強く恐れているように思えた。


 ぶつぶつと何かを呟いているが、聞き取れない。解恵が一歩踏み出すと、鍵玻璃は体を固くし、背を向けてきた。


 小さく、弱々しく、頼りない背中だった。


「帰る……私は帰る、私は……!」


「お姉ちゃん!」


「はーい、はいはい! そこまで、そこまで~」


 解恵かなえが姉に飛びつこうとしたその時、拍手と間延びした声が姉妹喧嘩に割り込んできた。


 からん、ころんという下駄の足音が静まり返った桜並木に波紋を広げる。


 振り返る解恵の隣を、誰かがすり抜ける。ひとりの少女が、鍵玻璃きはりの背中をポンと叩いた。


 腕章付きの制服に、茶髪のショートボブ。足には漆塗りの下駄。両のこめかみあたりにひとつずつ、虎の形の髪飾り。


 ―――誰? いや、あたし知ってる! あの人、もしかして……!


 解恵かなえは視線を真横にずらした。


 道の端に浮かぶディスプレイの、プロモーションビデオが切り替わる。画面の中には、鍵玻璃の傍に立つ少女と全く同じ顔が映されていた。


 解恵は脳がすっぽ抜けるような衝撃を受けて、少女を指差す。


「あ、あーっ! 屏風ヶ浦びょうぶがうらふぁんぐさん!? 本物!?」


「本物やで~。毎度おおきに、いつもはアイドルブリンガー、今は入学式の運営委員。屏風ヶ浦ふぁんぐやで。よろしゅうねぇ~」


 はんなりとした笑顔を浮かべたふぁんぐが解恵かなえに手を振る。


 解恵は直面した問題も忘れ、あんぐりと口を開いた。


 エデンズで自己表現して舞い踊る。それがアイドルブリンガー。エデンズフォーム・ディザスターズがもたらした、新世代のアイドルである。


 ふぁんぐは、その中でもかなり根強い人気を誇る者のひとりだ。突発的なゲリラ配信、対戦イベントを行うことでかなり有名。


 そんな少女は、鍵玻璃きはりをまじまじと見つめている。過剰な拒否反応を示す鍵玻璃に対し小首を傾げ、マイペースに諭しにかかった。


「ふむふむ。受付でトラブッたのはおふたりさんで間違いないな? あかんで~、暴力は。せっかくのおめでたい日やっちゅうのに、うちらが出動してもーたらな。トラブル仲介役なんて、暇でなんぼや。せやろ?」


 やんわりと咎められた鍵玻璃きはりは、誰にも顔を見られないように数歩下がると、その場を立ち去ろうとする。


 ふぁんぐは慌ててそれを引き留めるが、乱暴に振り払われた。


「触るなっ! 近づかないで……!」


「うおっ!? なんや、そないハリネズミにならんでも……え~と? おふたりさんの名前が……」


 そう言ってふぁんぐがパチンと指を鳴らすと、虎の髪飾り……の、ような形のD・AR・Tダアトが口を開け、主の目元をディスプレイで覆い隠した。


 一体何を見たのだろう。ふぁんぐは、何やら目を丸くして感嘆の声を上げかけたものの、すぐに咳払いをして誤魔化した。


「ごほん。鍵玻璃きはりちゃんに解恵かなえちゃん。ええか、うちらはおふたりさんの揉め事に深入りはせん。けどな、うちは生徒会所属の先輩として教えんといかんことがあるさかい、ちゃんと聞いてってや」


「私には関係ない……」


「待てっちゅ~に! ああもう、せっかちやなぁ。しゃーない!」


 横をすり抜けようとする鍵玻璃きはりを捕まえ、再度指を鳴らした。


 新たに呼び出したディスプレイに何事か入力すると、桜並木の映像全てがふぁんぐの顔一色となる。


 それらは画面に向かって手を振るふぁんぐの動きとシンクロし、全く同じ映像と音声を発する。左上にはLIVEの四文字。彼女の持ち味、突発的な生配信が始まったのだ。


 ファンがいるのだろう、人垣の中から待ってましたとばかりの歓声。ふぁんぐはそれに答えつつ、画面にウィンクをくれた。


「屏風の虎が会いに来た~! さては我が友? イエス、屏風ヶ浦ふぁんぐやで~! 界雷かいづち限定、突発生放送~! いぇいいぇ~い~!」


 広大な敷地内にいる者すべてに声が浸透していく。


 遠くから風に乗ってやってくるどよめきや歓声。何事かと辺りを見回す鍵玻璃きはりを、いくつもの撮影ディスプレイが取り囲む。


「新入生の皆さ~ん、式まだやけど入学おめでとさ~ん! ぴかぴかの一年生のみんなにぃ~、うちが界雷かいづちの流儀っちゅーもんを教えたる~。ゲストは新入生の、このふたり~!」


「っ!」


「へ?」


 鍵玻璃きはり解恵かなえが、配信画面に映る。


 数秒経って、解恵は状況を飲み込んだ。


 チャンスだ。直感的にそう思い、後ずさる鍵玻璃にしがみつく。


 姉の顔に頬をくっつけ、撮影ディスプレイに笑顔を向ける。


「お姉ちゃん、ほら、笑顔笑顔! あとカメラ目線!」


「……!」


 解恵かなえは反射的に目元を隠した鍵玻璃きはりを抱きしめる。


 腕の中で体を強張らせる姉を、決して逃がさない。


 鍵玻璃が藻掻いたり何か言うより早く、ふぁんぐが画面に割り込んだ。


「覚えて帰って界雷かいづち流儀~! “トラブルは話し合いで解決すべし。それが不可能である場合、生徒会の立会いの下、エデンズで決着をつけるべし”! おやおや、ここにちょうどトラブッちゃったおふたりさんと、生徒会のうちがおるやん?」


 わざとらしくそう言って、ふぁんぐは双子をまとめて抱き寄せる。


 有名人のハグを受けた鍵玻璃きはりは、それですべてを察したらしい。ぐっ、と苦しそうに喉を鳴らすと、つっかえつっかえ問いかけた。


「まさか……戦えっていうの? 今、ここで?」


「せやで~。揉め事はエデンズで解決するのが一番や。勝ちと負けでキッチリ決める。それ以降は恨みっこなし。オーケー?」


「い……」


「いいよ!」


 姉の言葉を遮り、解恵かなえは強い口調で言い切った。


 入学拒否は予想していた。だからこそ、家では伝えずここまで黙って連れて来た。登録まで済んだ今、鍵玻璃は正式に界雷かいづちの生徒である。


 生徒なら、校則に従わねばならない。


 ふぁんぐはパチンと指を鳴らした。


「ん~、いいお返事! 決まりやね!」


 ギリッと歯軋りをする鍵玻璃きはりを解放し、ふぁんぐと解恵は距離を取る。


 深い皺のできた眉間を左目ごと手で覆い隠す姉と、真っ向から向き合う解恵かなえ。騙した罪悪感はもちろんあるが、この際飲み込む。先に約束を破ろうとしたのは姉なのだから。


 鍵玻璃は僅かに顔を上げ、解恵の方を見た。唇が小さく動いているが、何を言っているのかは聞こえてこない。解恵に対する恨み節か、それとも。


 ふぁんぐは鍵玻璃の様子を気にしつつ、進行の方を優先した。


「ではでは~、屏風ヶ浦びょうぶがうらふぁんぐの名において~、対戦を承認するで~! 解恵かなえちゃん、勝ったらどないしてほしい~?」


 問われて、ふう、と息を吐く。


 自分の立てた計画の、ここが最後の正念場。


 要求は既に確定していた。


 解恵かなえは撮影ディスプレイとカメラ映りをやや気にしながら、半身になって鍵玻璃きはりを指差す。


「あたしが勝ったら? もちろん、あたしの言うこと聞いてもらうよ! そういうことでいいんだよね?」


「そういうことでえ~んやで~。話早くて助かるわぁ」


 のほほんと返すふぁんぐとは逆に、鍵玻璃きはりは髪を逆立たせる。


 顔に当てた手をゆっくりと引き離しながら、脅し文句を口にする。


 その姿はまるで、追い詰められた獣が、最後の力で威嚇するかのようだった。


「……本気? 入試ギリギリって言ってたけど、エデンズでも苦労したんでしょ、あんた。第一、私に勝てたことないし……それでもやる気?」


「やる!」


 解恵かなえはノータイムで首肯した。


 確かに、姉に勝てたためしはない。けれどそれは何年も前の話だ。


 ゴーグル型のD・AR・Tダアトを身に着け、エデンズ起動。対戦申請を叩きつけると、鍵玻璃の前にそれを示すウィンドウが現れた。


「勝負だ、お姉ちゃん! もう逃がさないよ!」


「あんた……私を、そんなに……。わかってる、わかってる、けど……っ!」


 改めて宣告すると、鍵玻璃きはりは苦しそうに顔を歪めた。


 何か強い葛藤に苛まれている表情。しかし、その葛藤がなんなのか、解恵かなえは知らない。ここ数年、姉が心のうちを語ってくれたことは一度もなかった。


 けれど。ちらりとふぁんぐの方を見る。若くして名を馳せるアイドル兼エデンズブリンガーの先達。ふぁんぐ以外にも、既に引退した者、未だ現役の者を問わず、彼女たちは解恵の憧れであり続けている。


 そしてそれをくれたのは、他ならぬ鍵玻璃きはりであった。


 ―――覚えてるよね、一緒にアイドルごっこしてた時のこと。


 ―――歌も踊りもお姉ちゃんの方がずっと上手で。


 ―――あたしはへたっぴだったけど、お姉ちゃんは根気よく教えてくれてさ。


 ―――みんなから笑われてたのに、一緒にアイドルになろうって言ってくれた。


 解恵かなえは大きく呼吸をしながら、必死に自分を落ち着けようとする姉を見据えた。鍵玻璃きはりは苦しそうだ。汗もひどく、しきりに独り言を繰り返している。


 ある日突然、彼女はそうなった。解恵を拒絶するようになり、見えない何かと言い争う。


 その理由を、解恵は知らない。何度聞いても、教えてくれない。


 解恵はぎゅっと両手を握り、瞳に強い力を込めた。


 ふたりは既に円形の人垣で囲まれていた。居合わせた誰もが事態を見つめ、戦いの予感に息を呑む。


 キリキリと張り詰める沈黙の中、歯の音を震わせていた鍵玻璃は、きつく目をつぶってD・AR・Tダアトを装着。


 やり場のない感情をぶつけるように、殴打で対戦申し込み受諾すると、引き裂くように自分の首を掻き毟る。


 解恵に向けられた顔は凄絶だった。そうとしか言いようがない表情に、解恵はたじろぎかける。しかし足の指を丸め、地面を踏みしめて相対した。


「おっと、気合充分やな。ほな、行こか~!」


 対戦受諾と鍵玻璃きはりの咆哮を聞いたふぁんぐが片手を振り上げる。


 振り下ろされる手刀を合図に、今度は姉妹が片手を空に突き上げる。


 一瞬で暗くなる空。きらりと輝く一番星を握りしめるようにして、それぞれD・AR・Tダアトに浮かんだ祝詞を紡ぐ。


 それは己の世界、己の戦場、己のエデンを紡ぐ詩。決闘開始の宣誓である。


 鍵玻璃きはりはためらいがちに息を吸い、震える声で詠唱をした。


「夢のカタチ、星のカタチ、光のカタチ……一番星はこの手の中に」


「双角、双刃、番いの光芒! 描き出せ、あたしたちの未来のサイン!」


 解恵かなえが続けて詠唱すると、空に瞬く光芒が強くなり、レーザーのように落ちてきた。


 強まる輝きを見上げたふたりは、同時に叫ぶ。


「「ジェネレーション・マイ・ディザスター!!」」


 ふたつの光が、それぞれ姉妹を飲み込んだ。


 捩じれ、膨らみ、嵐となった光の柱は融合し、ドーム状に拡大していく。


 その内側は、無限の暗黒。その中に浮いた双子の周囲が光り輝く。


 鍵玻璃きはりの足元に浮き上がるのは、ネオンライトのようなブロック。


 次々と現れた立方体が連結して作り上げた足場にアンクルブーツの足が降り立つ。左右に大型スピーカー、背後で組み立てられる巨大なモニター。


 サンドボックスゲームのような、独特の雰囲気を持つライブステージ。


 一方で、解恵かなえの方には無数の星屑が集まっていた。


 全方位からひとりの少女に収束していく流星群。暖色の煌めきが大きな塊を作り出し、波紋を広げるように足場を生成。変形した光の塊が、夜明けの海を思わせるツートーンの舞台を生み出す。


 対峙する、違った形のライブステージ。それこそ、彼女たちの理想郷エデン。ブリンガーの心が作る、ふたりだけの戦場だった。


 闇に浮かぶ舞台の上で、鍵玻璃はガクンと背中を丸め、肩を抱く。


 二の腕を、頭を、首を掻き毟りながら、彼女はぶつぶつと独り言を呟き始めた。


「夢……夢じゃない……私のエデン、私の……。でも、解恵かなえ……っ、解恵は……うっ、く……っ!」


 たじろぐ解恵の前で、鍵玻璃きはりがこめかみに爪を立てる。


 解恵かなえの方だ。自分の心臓をすり下ろされるような乾いた苦痛を感じた。


 底知れない恐怖と狂気の気配に、解恵は生唾を飲み込む。来歴わからぬそれが、双子を引き裂こうとしている。


 気付かないふりを続けて来た。


 ふたりの間に隔たりがあると受け入れてしまったら、姉は本当にいなくなってしまう気がして。それだけは、絶対に耐えられなくて。


 ―――でも、だからこそ、だよね。


 解恵は胸に当てて深呼吸し、力強く言い放った。


「行くよお姉ちゃん。あたしは……負けないっ!」


 火蓋が切って落とされる。


 先攻は、鍵玻璃きはり。彼女はふらつきながら腕を振り、手札をそろえた。


 そして始まる。鍵玻璃の闘い、そして……悪夢が。

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