第74話 大食の侵襲


「並榎、お前は本当に理解していて、それでも戦うという判断なんだな?」

 そうだ、鴻巣。そのとおりだ。僕は理解した上で、戦う判断をしている。

「僕たちが1頭ずつ蒼貂熊を殺すたびに蒼貂熊アオクズリはその手を学び、情報を共有して賢くなっていってる。今は、偶発的に山の中や畑で駆除されたり、街中で単発で人を襲って駆除されたりしていたときとは桁違いに人間の情報を得ているはずだ。きっと、現在進行形で日本中でものすごい量の情報が集っているに違いない」

 そう言いながら僕は、縛り上げられた鴻巣の目を覗き込んで続けた。


「で……。

 僕たちが偶然と幸運に頼って戦っている間はいい。だけど、明確な作戦に沿って戦うのはダメだ。

 鴻巣、お前はそう考えているんだろう?」

 僕の問いに、鴻巣はなにか言いたげだった。だけど、僕の言っていることを否定しようという表情ではない。だから僕はさらに続けた。このまま、論理で鴻巣を寄り切るためだ。


「つまり、僕たちが蒼貂熊の生理生態に気がつき、それを利用した戦術とか戦略に踏み込んで戦いだしたら?

 きっと、その僕たちの思考方法も蒼貂熊に学ばれて、奪われる。そして、異世界で蒼貂熊を使役している存在にもその知識は流れてしまう。そう言いたいんだろ?」

「そうだ。

 そのせいで、おそらくは核とかまで含めて考えられている人類の対抗作戦は破綻する。だから、この辺りで他校の生徒と同じように僕たちも死んで、人類のために蒼貂熊に情報を渡さない方がいい。でなければ、俺たちは結果として家族を殺すことになる」

 くっそ、鴻巣、やっぱりお前はそれを考えていたんだな。


 鴻巣は、ここでいきなり大きな声をあげた。

「並榎っ!

 お前はそこまでわかっていて、なぜ死を決意しない?

 そこまで考えられない連中を上手く道連れにして、この学校の全部を片付けてしまえばいい。そうすれば、日本という社会の生体内に入り込み、恒常性を乱し、最後は生命にも関わる侵襲を防ぐことができる。それに、こちらから異世界への先制攻撃が可能になるし、そのための最大の障壁である人道という人類が人類を受動的立場に追い詰める悪癖もなくなるんだぞ。だから、俺たちが死んでも無駄にはならない。人類は敵に情報を渡さないまま、団結して一気に反攻作戦を始められる。

 異世界への出入り口を開き、蒼貂熊を送り込んできた異世界の存在に対し、人類は優位に立っているジャンルが1つもない。こうなると、核の先制連撃で一瞬で異世界のすべてを焼き尽くす以外、敵を倒すすべはない。俺たちは、その決断のために必要な犠牲なんだ」

「わかっている。僕もそこまで考えたよ、鴻巣」

 そう答えて気がつく。僕の声、こんなだったっけ?

 自分で聞いてもしゃがれていて、疲労感で満ち満ちているようだ。


「じゃあ並榎、わかっているなら、オマエはなんで戦うんだ?

 もう弓を降ろせ。オマエのやっていることは、無駄どころか人類の未来にとっては悪にしかならない」

 ……そうか。

 鴻巣はもう、そういう決断を、考え直す余地のない決断を、あえて座して蒼貂熊に喰われる決断してしまったのか。




あとがき

第75話 人類の未来のために……

に続きます。

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