ギルド酒場の三人

代々木夜々一

一杯目 待ち合わせ

「この酒場もすっかり人気がねぇな。客も店員もまばらだわ」

「あら、いらっしゃい戦士ダンさん」

「おぅ、マダム。入口で武器をあずけるんだったな」

「左様でございますよ」

「んじゃ、ちょっと待ってくれ。革帯かわおびごとはずすからよ」




「待たせたな。ほい、おれっちの剣」

「たしかに。『冒険者組合ギルド』いちの戦士の剣、おあずかり」

「おいおい、お世辞ふりまいても、なんにもでねぇぞ」

「お世辞じゃありませんのよ。真実でしょ」

「いやいや。こんな田舎いなかの街じゃ、ギルドというより、ただの仕事斡旋所しごとあっせんじょだ」

「それでも、そのギルドいち。この街で『戦士ダン』といえば……」

「おぅ、おれのうわさがあるのか?」

「はいな。『泣く子も余計に泣く』というこわおもて」

「ひでぇな、ふつうは『泣く子もだまる』だろう」

「あら、そうでしたっけ」

「だは。ひさしぶりにのぞいたからって、イヤミ言うなヨ!」

「あら、イヤミってわかりまして?」

「わかるわい!」

「でもまえよりいさましく見えましてよ」

「おぅ、そらめ言葉だな。おめぇさんこそ、ずいぶんと豊満ほうまんになって」

「いやですワ。そんな目で見て。厨房ちゅうぼうの主人にわたくしが怒られます」

「へへ。さて、剣はあずけたからな。あとはおれのれがふたり、くるはずだ。ひとりは、アオイくんっつう若い男なんだがな」

「ダンさん、こっちっス!」

「おぅ、アオイ!」




「アオイ、早いじゃねぇか。ひとりか?」

「はい。霧島社長はまだです。しかしここ、小汚こぎたない店ですね」

「そう言うな。むかしは繁盛してたんだぜ。ギルドのすぐよこにある酒場だからな」

「それがいまでは、ですか。二十席はあるのに、お客さん五組ですよ」

「この店が悪いってわけじゃねぇ」

「小汚いのが原因じゃないっスか。ばあちゃんちの納屋なやを思いだします」

「納屋かい。せめてペンションとか言えヨ!」

「あぁ、壁の丸太づくりなんかはペンションとも言えるか」 

「さびれたのはな、むこうの通りに、ビールがバカみてえに安い酒場ができたからだ」

「ビールって、こっちの世界じゃエールでしょ」

「どっちでも通じらぁな。おい、マダム、ビールふたつ!」




「くぅ。この仕事あがりの、一杯目が一番!」

「そうっスね。しかもここのエール、うまいじゃないですか。陶器のジョッキもいいし」

「おっ、おめぇも、酒の味がわかってきたな」

「今年で二十歳ハタチになりましたからね」

「ハタチか。そりゃ、めでてぇ!」

「ええ。ハタチまで生きてこられたのも、ふたりのおかげ」

「んなこたぁ、ねぇよ」

「んなことあるっスよ。異世界にきた三人が、偶然会うなんて奇跡っスよ」

「まぁそうだな。アオイは最初からこの街だったか?」

「ちがいますよ。師匠にれられて、この街に」

「おめぇが働く鍛冶屋かじやの師匠といっしょにか?」

「そうっス。あのころはまだ見習いだったなぁ」

「おお、ってぇことは見習い卒業か!」

「はい」

「そら、かさねて、めでてぇ。おい、マダム、ビールもうふたつ!」

「お祝いがビール一杯……」

「おめぇ、いまケチだと思っただろう」

「まぁ、すこし」

「こちとら女房と子持ちだからな!」

「それは知ってますけど」

「霧島のやつにもらえ。あいつは、なんとか商会の会長だろうが」

「アーネスト商会でしょ。すごいっスよね。異世界の成功者だ」

「けっ。だからあの金持ちに祝いをもらえヨ」

「もう、もらったっスよ。工房にきてくれて、これを」




「なんでい、大事そうにポケットからだしたと思えば、ただの石ころじゃねぇか」

「そうです。石です」

「ってこれ灰色の石に見えて、だんだん茶色に変わってきやがったぞ!」

「はい。時間とともに色が変わりますから」

「それって、おめぇ!」

「はい、賢者の石です」

「うそだろ、こんなデケぇ賢者の石か!」

「デケぇって、おおげさな。直径でいえば親指の爪ぐらいですよ?」

「賢者の石だと、じゅうぶん大きいわ。これでいくらすると思ってんだ!」

「ぼくは鍛冶職人なんで、そういう商売のことわかんないっスよ」

「バカ野郎。商売のことじゃなくて、ジョーシキ、一般常識だ。これ一個で十万ゴールドはするぞ!」

「えっ。じゃあ元の世界だと一千万。こんな小さな石が!」

「あったりめぇだ。賢者の石だぞ!」

「ダンさん、どうしよ!」

「なにが?」

「ぼくこれ、四つも霧島社長からもらいました!」

「ぐふぉ。最後のひとくち、思いっきり、ふきだしたじゃねえか。おーい、マダム、すまねぇがぬの切れをくれ。あとビールまだか!」


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