気をつけてお降りください
これは今から2年前のこと、
Fさんという五十代の男性が、当時同居していた父親が亡くなった日に体験した話である。
Fさんは仕事帰りの夜11時、
雨上がりの土臭い道路を運転していた。
彼は土の臭いが苦手であったが、暖かくなり始めた春先で、汗が滲むと窓を開けていた。
そろそろ自宅に着くという頃に、
Fさんは後続車がいることに気がついた。
バッグミラーに映っているのは、社名が書かれた表示灯を掲げる黒いタクシーで、賃走の文字を光らせている。
最初こそ、気にも止めていなかったが、家に近づくにつれて、Fさんは違和感を覚えた。
もう道は住宅街の細い一通に入っている。
明らかにタクシーは自分の車の後を追ってきているのだ。
今日は来客予定があったのかなと思ったが、
妻からは何も聞いていない。
とうとう家の前に着いた時、
タクシーが同じように停まった。
そして、ドアが開く。
開けていた車の窓から機械音声のような
低い男の声が聞こえてきた。
『気をつけてお降りください。』
開いたドアから出てきたのは、
顔も服装も分からない真っ黒い人影。
それは、そのまま自分の家に入っていく。
不吉な予感がして慌てて車から飛び出ると、
先程までバッグミラーに映っていたはずの
タクシーは忽然と姿を消していた。
唖然として立ちすくむFさん。
突然、玄関の戸が開いて
青ざめた妻が飛びついてきた。
「車どけて!救急車呼んだから!
おじいちゃ…、お義父さんが!」
要領を得ない言葉でも、何が起きたか分かったFさんは、頭の中がまっ白になった。
父親は、搬送先の病院で亡くなったという。
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