これは転生元勇者と癖者パーティーメンバーとの現代スローライフである〜魔王討伐も果たして日本に戻った俺だが、何故かパーティーメンバーがついて来ちゃった件〜
@Sakamina525
第1話 元勇者、今は営業戦士
どこまで続く広い平原に、五人が不思議にある光る物を見つめていた。
「じゃあみんな……またいつの日か!」
「おうよ!いつでも俺はお前を待ってる!」
「気をつけてね……私たちの事……忘れないでね!」
「全く……今度会ったら酒奢りな! アタイは気が短いんだぞ!」
「どうか貴方に、女神のご加護があらんことを……僕たちはいつでも、貴方を待っています!」
他の四人に手を振り、少し名残り惜しそうな表情を浮かべる。
そうして男は、白い光の中へ一歩踏み出した。
***
いつものけたたましいアラームの音に叩き起こされ、ベットから出る。
側に置いてあったスマホを見ると充電が13パーセントで、昨日さした筈のタイプ-Cの充電コードは抜けていた。
モバイルバッテリーは先月、超安物のネットで買った物を使っていたら、案の定発火して家を焦がされかけたので、もう二度と買わん。
俺は出勤前に少しでも充電を済ませようと、それを改めてスマホに差し込む。
俺は朝は絶対的なパン派なのだが、あいにくきらしていた。
それどころか、冷蔵庫を見てみてもおろしニンニクぐらいしかなかった。
ちなみになぜか冷蔵庫の卵スペースに、三日前から消息不明だったテレビのリモコンが入っていて、キンキンに冷やされていた。
冷蔵庫で〝物〟を冷やすといえば、ビールジョッキとか保冷剤とかならよく聞くが、リモコンを冷やしたのは俺が初めてなのではなかろうか。
そんな勝手に一人脳内記録を打ち立てた所で、とりあえず顔を洗いに洗面所へと向かった。
熱さまシートや運動後の筋肉に使うひんやりスプレーなど、なんというか急にヒヤッとするのが苦手な俺は、例え夏場であっても顔を洗うのはお湯と決めている。
顔を洗い流し鏡に映ったのは、どこにでもいるような中年の日本人男性。
ちなみに三世代前にどこかでイギリス人が入っているらしいので、[純日本人]ではなく[準日本人]というのだろうか?
俺の名前は笹山勇人、今はどこにでもいるような中年サラリーマンだ。
別に大して稼いでもいない都内の中小企業で部長を勤め、残業代無しの安月給で時代に逆行スタイルで、安アパートのワンルームで、絶賛社畜生活を満喫中です。
ただそんな俺でも、他の人は絶対にしていないであろう経験をしたことがある。
「あれ? ドライヤー壊れてる? はぁ……今月の出費かさむな……今はこれで代用するか、《風の精霊よ我がもとに集いて踊れ、ブリーズ》!」
俺の頭にかざしたてからは、緑に光る粒のようなものが舞い、俺の頭部に心地の良い風を吹かせている。
一瞬俺の事を、五十目前のクセして未だ厨二病患者なんだと思ったそこの君には、新品の消しゴムの角を確実に他人に使われる呪いをかけてあげよう。
まあそんなことは置いておいて、俺は俗に言う魔法が使える。
俺の肉体の全盛期である十六歳の夏に、俺はトラックに轢かれ死んだ。
だけど俺は死後の世界で、なんと女神と呼ばれる人に会うことができた。
その人からの頼みで、俺はなんと異世界に転生することとなり、勇者として魔王の討伐を任されたのだ。
それから異世界に来た俺は、仲間を集めたり、強敵に挑んだり、ダンジョンを攻略したりして、最終的に魔王の討伐に成功したのだ。
魔法はその時に覚えた。
いやー結構大変だったんだぞ……結構何度か命の危機を迎えて精神的にも追い詰められていた時もあった。
だけどそんな中、俺を信じてくれる4人の仲間がいたからこそ、俺は目標を達成できた。
魔王を討伐した後、俺は女神様との約束でこっちの世界にまた戻されることになっていて、俺は彼らとは別れなければならなかった。
そして目が覚めたら病室のベットの上だった。
あの時、大型トラックに正面衝突されたのにも関わらず、かすり傷一つなかったことを医者に驚かれたのをよく覚えている。
一度はあの世界での出来事は全部夢だったんじゃないかと思ったこともある。
だけど、これのおかげであれが現実だと分かった。
「《女神の加護を受けし聖剣よ!我がもとに今顕現せん!出よ!エ◯スカリバー!!》」
ものすご〜く安易な名前で光とともに俺の掲げた右手に呼び出されたのは、金色の豪華な装飾が施された、いかにもな勇者の剣。
ちなみにこれは、この剣の名付け親の女神像様に聞いた話なのだが、この剣の名前の候補として《マ◯ターソード》《◯トの剣》《モ◯ド》が挙がっていたらしい。
ゲームの武器の名前を……しかもそれを女神がなんの躊躇もなくそのまま使うんじゃありません!
俺が一回異世界でも死んで、女神特権で生き返らせてもらった時に言われたセリフも「おおササヤマよ、死んでしまうとは情け無い」だったし。
その時女神様の隣にあった机の上には、食パンの袋を留めるあれが3DSにくっついてたし……
あの人って実は、いわゆるゲーム廃人……いや、ゲーム廃神なのだろうか。
まあかく言う俺も、うちには缶切りと包丁がないのでその代わりにつかったり、実家の山の手入れとしてこれで気持ちよく一振りで木を伐採したりしている。
あちらの世界じゃあ人類の希望だったこの剣も、銃刀法違反だのが施行されたこの国じゃ、便利グッズに降格だ。
俺はそんなエ◯スカリバーをベッドに放り投げ、ワイシャツを着てズボンを履き、ネクタイを締めブレザーを羽織り、いざ異世界の勇者から現代の営業戦士にジョブチェンジ。
火の元と電気を確認してから扉を開け、37パーセントしか充電できていないスマホを持ち、鍵を閉めていざ会社へ出勤だ。
***
「営業……ですか?」
「そう。秋葉原にある会社と今度商談を結んでみようと思ってね。君はそこへ挨拶に行って来てくれ。なんでも社長さんは気難しい人らしいから、失礼だけは絶対ないように」
という訳で、やってきました秋葉原。
アニメや漫画などの聖地であるこの街では、コスプレをしている人も多い。
異世界で暮らしていた俺にとって、異世界感漂う人たちと、時代の最先端を行くこの街が合わさって独特の雰囲気を醸し出している。
今日はイベントでもあるのか、いつもよりもコスプレイヤーが多い気がする。
若い頃、冒険者の格好でエ◯スカリバーを持って歩いてみたが、違和感はゼロで多くの人に撮影を迫られた覚えがある。
コスプレとは一口に言っても、色々種類がある。
歩いている人々を見てみても。
「赤髪と青髪のメイド姉妹、赤緑のMとL、眼帯爆裂娘……それに魔王スライムか……」
それにしても今日は人が多い。
「案外この中に、あいつらが混ざっていたりし……て……」
俺は見てしまった。
かつてのパーティーメンバーの一人であった、シスターにそっくりのコスプレをした人を。
俺は不思議とその娘を追いかけていた。
あいつらがここにいるわけがない。
だけど……確認しておきたかった。
「あれ? 一体どこに……」
「いやああああああああああああ!」
その娘を見失って辺りを見回していると、突如アキバの街に悲鳴が響く。
──そして、俺はあるデジャヴ経験した。
俺がトラックに轢かれたのは、ただ単にボケっとしていたからじゃない。
俺はよくある展開としてその時、道路に飛び出していった女子高生を助けようとした時の、名誉の死なのだ。
そして今俺は、同じような光景を目にしている。
不思議と体が動き、そこへ向かって走り出してしまった。
シワも増えて肩には爆弾を抱えてはいるが、心は今も変わっていないようで安心したよ。
「間に合えっ!!」
俺は女子高生をダイブで歩道に突き飛ばし、なんとか救助には成功したみたいだ。
「よし、これで──」
これで二度目になるか……
俺の目の前には、もうすぐそこまでトラックのタイヤが迫っていた。
流石に自分が死んだ姿は見たくないので、目を閉じる。
ああ……魔王討伐も果たした勇者の最後がこれかよ……
来世じゃ童貞は卒業したいな……
それともまた異世界転生でもしたりして。
それとも──
「《フローティング!オペレーション!》」
ふと幻聴が聞こえる。
これは異世界にあった、確か「物を浮かせる魔法」だったかな。
「……じょう…」
確かにそれが使えればこの状況を切り出せるが、あいにく俺はこの魔法の適正はなかった。
「……いじょうぶ…」
確かウチのメンバーに使える奴がいたが、あいつがここにいてくれたら助かったのかな。
「だいじょうぶ……?」
そういえば俺はいつになったら轢かれるんだ?
死ぬ直前は思考が早くなるって経験してるけど、それにしても長い。
とりあえず……開けてみるか?
俺が目を開けると、そこに見えたのは別になんともなっていない自分の体、頭上を見上げる人々。
そして──
「だいじょうぶ……?ユウト……?」
宙に浮かんだトラックと、その真下で俺に駆け寄り優しげな碧い瞳でこちらを見つめる、シスターの格好をした少女。
「エレミア……なのか……?」
俺が問いかけると、彼女はにっこりと笑い──
「うん……!そうだよ、ユウト……!」
これは……まいったな……
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