呪滅のチェンソー

セクシー・サキュバス

1

 ――世界の西に空前絶後の大国があった。

 数々の国家を蹂躙(じゅうりん)し、数々の人民を支配し、ついには世界の頂点(いただき)でさえ手中におさめてしまう。

 しかし、たった今――大国は終焉をむかえようとしていた。



 会議室にながれる重苦しい空気が、ワシの腹を刺激する。

 とてつもないほどのストレスだ。

 しかし、参謀総長はそんなことも意にかいさずに戦況を説明してくる。


「総統閣下。敵軍は防衛ラインを突破し、首都を蹂躙しております。官邸(ここ)への攻撃がはじまるのも時間の問題でしょう……」

「お、おい、軍はどうした? 首都をまもれるぐらいはいたはずだろう?」


 ワシの言葉に、将軍たちはざわめきだす。

 そして、参謀総長が顔を青くしながらワシにいってきた。


「軍の兵力はいちじるしく不足しており、首都の防衛も不可能です……」


 頭のなかが真っ白になった。

――まさに、悪夢だ。

 気がついたときには、自分の眼鏡を参謀総長になげつけていた。


「このアンポンタンどもッ! キサマらを信用したワシの判断力がたらんかったッ!」


 突如、青かった参謀総長の顔が赤く変色する。

「もとは閣下がはじめた戦争です。軍はまきこまれただけで……」

「もういいッ! キサマらなんて大嫌いだバーカッ!」


 そんな捨て台詞をのこして、その場をあとにした。

 ワシがさった会議室から、絶望をうったえる声や嘆息がきこえてくるのだった。



 ガチャ。

 ノブをまわす音とともに、扉がひらかれた。

 自室にはいって、一歩二歩すすんだところで足をとめる。


「おい、おまえ?」


 ソファのうえで妻がよこたわっていたのだ。

 このこめかみからはドバドバと赤い液体があふれている。


「おい、おまえ、返事をしろ。おまえッ!?」


 返事がない。ただ死体のようだ。

 体をさすってみると手からなにかをおとした。


 ひろって見てみると、それは拳銃だった。

 きっとこれで自分を撃ったのだろう。


「……どうしてこうなった」


 ワシは生涯この国につくしてきたはずだ。

 壊滅寸前の経済だって回復させたし、領土だってひろげた。

 ついにはこの国を空前絶後の大国にまで成長させた。


 今回の戦争だってこの国をさらに繁栄させるため。

 それなのに、こんなの……こんなの……。


あぁ、もう――「畜生めぇぇぇ!」


 銃を自分のこめかみにつける。

 そして、そっと瞼(まぶた)をとじた。


 ――バンッ!



 混沌とした意識のなか、視界には不思議な光景がひろがっていた。

 真っ白な空間に本が一冊うかんでいる。


 本の表紙には東洋の言葉と、デフォルメされた人物の絵がかかれている。

 どうやら、漫画みたいだ。


 漫画のページがペラペラとひらかれる。


『呪いがある世界で、チェンソー片手に悪とたたかうヒーローの物語』


 そこにかかれてある内容は、はなはだ奇妙だった。

 けれども、とてもおもしろかった。


 もし死後があるのなら、天国や地獄にはいきたくない。

 そのかわり、漫画のような楽しい世界にいきたい。


 そう思った。

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